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夢の中だけで恋をした  作者: サワヤ
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第6章(紗里)私は夢の中だけで

 紗里は池のほとりに座っていた。頭の上にはトンボが止まっている。


 夢の世界に来る度、紗里は殆どの時間をそこで過ごしていた。岩に線を刻み、トンボと戯れて、小鳥の声をきき、それから池に小石を投げ込む。それがいつからか生まれた、紗里のルーティンであった。ルーティンが終われば、あとは気の赴くままに考え事をしたり、あるいは散歩をしてみたりした。しかし歩けども歩けども、この世界にはこの森と、そして無限に広がる砂漠しかなかった。


 今回もルーティンの小石を投げ終わると、紗里は池に広がる波紋をぼんやりと見つめる。


 ああ。この感覚。今回は多分、とても長いな。正確な時間はわからないけれど、きっと現実での6時間くらいはありそうだ。こんなに気が重くなるなら、長いか短いかなんてわかるようにならなくてもよかったのに。



『もしかすると、君は僕達の世界に来たことがあるのかもしれない。迷い込んだら大変だから、気をつけて』


 あの小人は確かにそう言っていた。あれからしばらく小人の姿は見ていないけれど。


 私の身に起きた普通ではない出来事。それはこの夢を見るようになったことと、そしてあの小人。その2つしかない。つまりおそらく、この夢とあの小人は何か関係しているはず。私の気がおかしくなってしまった、という線を除けば。


 私はあの小人を見た。幸成君は見ていない。私は毎晩夢を見る。幸成君は……。



 紗里は正の字を刻まれた岩を見やる。


 22回目か。幸成君はもうずっと来ていない。私だけがここに取り残されて。幸成君さえいてくれたら、この夢だって悪くないのに。ここは寒い、寒いんだ。


 私の脳は病気なのかな。毎晩毎晩こんなに変な夢を見て。長い時間を何度もここで過ごして。それでも起きたら全て忘れていて。


 例え病気だったとしても、夢を見ていることを忘れてしまっては病院に行くこともできない。せめてマジックペンでもあれば、腕に書き留めておけるのだけれど。いや、どうだろう。起きたらその文字も消えていそうな気がする。


 とにかくせめて、もう少しここが暖かければ。それならまだよかったのに。どうしてこの世界はこんなに明るいのにひんやりした空気なの。


 でも、そうだ。幸成君がいる時は少しも寒くない。あれは一体。きっと気温が変わるとか、そういうわけではなくて。



 どうしてだろう。幸成君の声を聞くと、暖かくなる。それは柔らかくて、私を包んでくれる。私はいつも彼を待っている。幸成君がこの池にやって来るのは、だいたい私がルーティンを終えた頃。だからルーティンを終えて、しかしそれでも彼の足音がしなければ、そういうことだ。



 紗里は右手を高く挙げた。木漏れ日がその指をすり抜ける。紗里はその眩しさに少し目を細めた。


 小学生だったあの時。幸成君はこの右手を掴んだ。私は幸成君と一緒に教室を飛び出した。あの時の私もやっぱり安心していて、幸成君の暖かさを感じた。


『赤間先生。恋愛って、なんですか?』


 もしそんなことを今の私に質問する生徒がいたのなら。きっと私はこう答えるだろう。


『恋愛はね、暖かさを求めることだよ』


 紗里はそう言う自分の姿を想像して、小さく笑った。


 そんなことを言ったら生徒の親からクレームが来そうだ。よくわからないことを息子に教えるな、勉強はちゃんとさせているのか、何の為に塾に通わせていると思っているんだ。ああ。塾とか予備校みたいな教育の業界には絶対に就職したくないな。



 いつの間にやら、私はすっかり幸成君のことを好きになっているみたいだ。


 もしかすると皆が意味するところの恋愛感情とは少し違うのかもしれないけれど、それでも私が幸成君に恋い焦がれていることに間違いはない。


 ただし、この世界にいる時だけ。


 起きている時、私にとっての幸成君は。そう、ずっと前のちょっとした初恋相手でしかない。稀に彼の存在を思い出すくらいで、きっと街で彼とすれ違ったとしても、私は気付きやしないだろう。


 彰君と連絡を取り始めたけれど、恋愛感情がどんなものなのか少しもわからない、現実の私。一方で、夢の中の私はこんなにも幸成君を待ちわびている。これではまるで、私が分裂していくみたいだ。


 このまま夢を見続けていたら、私はどんどん分裂していくような気がする。夢の中だけの記憶がどんどん蓄積されて。夢の世界にやって来る度、私の変わる幅が大きくなる。ああ、私、いつかおかしくなってしまうかもしれない。


 とはいえ、私にはどうしようもない。夢を見たくて見ているわけではないのだから。夢を、幸成君のことを、忘れたくて忘れているわけではないのだから。


 だから私は、この肌寒い世界で、ただこうして彼を待つしかないのでしょう。もしかすると、もう二度と彼は現れないのかもしれない。私はいつまでここにいるのだろう。でも、私は。



 この夢の中だけで、彼に恋をしてしまったのだから。

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