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夢の中だけで恋をした  作者: サワヤ
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第5章(幸成)トンボの季節

 夢の世界。3度目の砂漠と石の塔達が幸成の目の前に広がっていた。


 幸成はくるりと周りを見渡したが、やはり以前の夢と変わらない光景。幸成は次第に夢の記憶を思い出す。


 やっぱり。起きている間はこの世界のことを忘れている。もちろん紗里と会っていたことも。けれども、こうしてここに来ると全てを思い出す。


 確か前回この夢を見たのは、1週間くらい前だっただろうか。時間が進むのは起きている時なのに、しかし起きている時には夢の記憶がなくなっている。何日前に夢を見たのかすら、どうにも定かではない。


 例によって、幸成は森へと向かって歩き出した。走ることはなく、ゆっくりと。今回はそれほど急ぐ必要はない、幸成はそう思ったのだ。それが何故かはわからなかったのだが。


 やがて幸成は森に着き、木々を抜けて池に着いた。しかし。


 そこに紗里の姿はなかった。



「紗里?」


 幸成は彼女の名を呼んだ。けれども池はしん、と静まっている。小鳥が3羽、飛んでいった。



 すると突然、幸成の視界が真っ黒に。


「だーれだ?」


「……ああ、びっくりした」


 彼女が幸成の目を覆っていた手を離すと、幸成は振り返る。そこには笑顔の紗里が立っていた。


「いないと思った?」


「こんにちは」


「夢の中だから、こんばんはじゃない?」


「こんばんは、にしようか」


 紗里はすぐ横にあった倒木に座る。そしてとんとん、とその倒木を叩いた。隣に座ったらどうか、という意味なのだろう。


 幸成は紗里に勧められるがままに、そこへと座った。すると紗里が言った。


「もう、会えないのかと思ってた」


「どうして?」と幸成。


「前も言ったけれど、やっぱり私だけがこの夢を毎晩見ているみたい」


「それはつまり……」


「そう。幸成君が来ない時、私はずっとここに1人なんだ」


「それじゃ、もうここにも飽きただろうね」


「飽き飽きだよ。ここに来る度、いつも思うんだ。幸成君が来てくれないかな、そうしたらお話できるのに、って」


「俺が前にここに来たのは確か1週間くらい前だったかな」


「そうだね。ちょうど1週間前。ほら、これ見て」


 紗里はそう言うと、倒木の横に転がっている高さ1m程の岩を指差した。その岩の側面には、正の字が刻まれていた。


「これは……、日数?」


「そう。この夢を見るようになって何日目なのか、わからなくなりそうだったから。意味があるのかはわからないけれど、この世界に来る度、石で線を刻むことにしたの」


「この夢の世界に来ると、混乱しそうになるよ。突然紗里のことを思い出すから」


「私も。でも私は毎回幸成君のことを思い出すのに、幸成君はたまにしか来てくれない」


「どうして紗里は毎晩で、俺は時々なんだろう?」


「本当にね」


 紗里はそう言うと、すっ、と右手の人差し指を宙に立てる。すぐにトンボがその指にとまり、紗里は慣れたようにトンボを見つめていた。


「すごい」


「この子達とこうしてよく一緒にいるからね。仲良しになったのかもしれない」


 幸成もまた、紗里と同じようにそのトンボを見つめる。


 よく見ると、見たことのないトンボだ。ギンヤンマくらいしか見たことはないけれど、それよりも少し細長いような。


 そもそも、この世界には季節があるのだろうか。トンボは秋にたくさん飛んでいるようなイメージがあるけれど。いや、よそう。考えてもわかりはしない。


 そして幸成はふと気になっていたことを思い出して、言った。


「あのさ、なんだか今回はこの世界にいる時間が長いような気がする。気のせいかな」


「気のせいじゃないよ。今回はそれなりに長いと思う。なんとなくわかる」


「長かったり、短かったりするの?」


「そう。長い時は本当に長いんだ。幸成君と会った時は、どっちもすごく短かかった」


「……そうなんだ」


 この夢のことを、起きても覚えていられたらいいのに。そうしたら現実でも紗里と会えるだろうし、連絡だってできる。この不思議な体験を、2人で分かち合うことができるのに。


 理屈で考えれば結局。俺の目の前にいる紗里は、夢の中だけにいる俺の妄想、ということになってしまう。そうではないと思いたいし、きっと紗里もまた夢を見てここに来ているのだと思ってはいるけれど。


 少なくとも、紗里はそう思ってくれているのだから。だから俺も、この紗里は確かに紗里であると信じよう。そうでなければ、紗里に失礼じゃないか。



「ね。幸成君はさ、彼女とかいるの?」紗里はにやりとして幸成にそう問いかけた。


「まさか。友達すらいないよ。小学生の頃からちっとも変わってないんだ」


「随分かっこよくなったと思うよ?」


「……そうかな」幸成は鼻の頭をかいた。


「そうだよ」


 なんだか少し恥ずかしい。こんなにストレートに褒められることなんてないし、ましてやこんなに可愛い女の子になんて。お世辞だとわかってはいても、嬉しいものなんだな。


 いや、そうじゃないか。紗里の目には、小学生の時の俺が本当にみじめな存在に見えていたのだろうから。紗里の中では、俺はいじめられている男の子、という印象しかなかったはず。それと比べれば、今の俺はいくらかマシに見える、その程度の意味なのだろう。


「紗里は?」


「何が?」


「彼氏だとか、好きな人だとか」


「なーんにもないんだ。そういえばこの前、バイト先の生徒にもきかれたよ。先生は彼氏いるんですか、って」


「なにもない?」


「なんにもない。モテないわけじゃないんだけどね。でも興味がないというか、なんというか……。私にもよくわからないんだ」


「そういうこともあるんだね」


「幸成君は、モテないんだ?」


「モテないにも程があるくらいに」


「ふふっ。いい人が見つかるといいね。あ、そうだ。幸成君はこれまで、どんなことをしてきたの?」


 幸成はこれまでの身の上話をした。もういじめられることはなかったこと、中学に上がってからはバスケ部に入ったこと、高校でもバスケを続けたこと、大学受験が大変だったこと。


「……それで、今に至るってところかな。特に面白いことはないよ」と幸成。


「そっか、バスケかあ。意外だったな」


「あんまり上手ではないんだけれど。それじゃ、今度は紗里の番だ」


「私、5年生の時に転校したでしょう? 結局、あれが最後の転校だった。それでも4回も転校したんだ。お父さんが転勤族でね、単身赴任はお父さん寂しがるからさ」


「大変だったんだね」


「そうでもないよ。慣れっこだったから。それからずっと横浜に住んでて、近くの中学校、近くの高校、それで指定校推薦で近くの大学に。それだけなんだ」


「部活とかは何かやってたの?」


「中学の時はソフトテニス、高校は何も入ってなくて、今はのんびりした自由なサークルに入ってるんだ。皆で遊んだり、部室に集まったりするくらい。元々は文学研究のサークルだったらしいんだけど、でも本を好きな人なんてもはやいないけれど」


「そういうのってあるよね。俺もバスケのサークルに入ったけど、でもバスケよりも飲み会の方が好きなサークルだったよ」


 そうして会話をしていると、紗里は何かを思い出したようで。


「幸成君。小人って見たことある?」


「小人?」


「そう。人間の形をしているんだけれど私の膝くらいまでの身長しかなくて、宇宙人みたいに頭が大きいの」


「……いや、見たことない。それに、そんな生き物がいたらニュースになるんじゃないかな」


「そ、そうだよね……。ごめん、何でもないんだ。忘れてくれる?」


「言われなくても、夢から覚めたら忘れちゃうからね」


「そうだった」


 幸成と紗里は顔を見合わせて笑った。そして紗里はふと、日数を刻んだ岩へと目をやると。


「ねえ。幸成君」


「何?」


「私は毎晩、ここに来る。でも幸成君はそうじゃない。最初の夢では一緒だった。次に幸成君が来たのは3日後。そして今回はさらに1週間後。それじゃ……、次は?」


「たまたまだよ。明日も会えるかもしれない」


 でまかせだった。実際のところは、次いつ夢を見るかなどわからないのだから。しかしそれでも、幸成はそう言うしかなかった。


 本当にたまたまなのか。わからない。俺は夢を見る頻度が少なくなっていく傾向にあるのかもしれない。それにしても、俺と紗里はいつまでこの不思議な夢を見続けるのだろう。紗里と会って、話をできるのはとても楽しいことだけれど、しかし紗里は毎晩1人でこの世界にいて。


「私、寂しいよ。こんなこと、言われても困るよね。でも毎晩この世界に来る度、そして今日も幸成君は来ないとわかってしまう度、私は……」


「紗里?」


「ううん、何でもない。これも忘れてね」



 その時、幸成の視界がぐわんと揺れた。夢が終わろうとしているのだ。


「終わり、みたいだ」幸成が言った。


「そうだね」


「また、そのうちに」


「……また」そう言って紗里は笑顔を見せる。


 そうして幸成と紗里は世界の螺旋へと引き込まれ、現実の世界へと戻っていくのだった。

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