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夢の中だけで恋をした  作者: サワヤ
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第19章(幸成)ジェットコースター

 秋風がすっと透き通る。空はからりと晴れ渡り、わずかなうろこ雲がそこにいた。幸成は大学から部屋に帰ろうと、正門を出ようとしているところだった。



「……なつきさん?」


 幸成はそう言った。彼女は正門のすぐ横に立っていた。グレーのロングスカートに、ショート丈のデニムジャケットを合わせている。


「幸成。久しぶり」となつきは言った。


「そうだね、お台場に行った時以来かな。どうしてここに?」


「幸成の部屋に行こうか迷ってたところだ」


「ああ。よかったらどうぞ。相変わらず何もないけれど」


「よく似合ってるよ」


「何が?」


「そのかっこいいブーツ」


「ありがとう」


「あれ、幸成、今日は自転車じゃないのか?」


「なつきさんこそ」


「なんとなく歩こうかなと思って」


「奇遇だね。朝、俺もそう思ったんだ」



 幸成となつきは並んで歩き出した。近くには何人か学生が歩いていたが、車は走っていない。建物もほとんどなく、雑草の生い茂った空き地ばかりであった。


「幸成はこの後何かある?」となつきは言った。


「いや、何もないよ」


「そうか。しばらくいさせてくれ。夜になったらコンビニでお酒を買おう」


「ん? 勿論それは構わないけれど、なつきさんも何も予定がないの?」


「ああ。シフトも入ってない」


「珍しいね。また飲み会までの時間潰しかと思ってたよ」


「最近、あまり飲み会には行かないんだ」


「またどうして」


「歯止めがきかないから。お酒は好きだけれど、自分が自分でなくなるのは嫌だ」


 幸成はよほど酔った挙句に部屋にやってきた時のなつきを思い出した。


 なるほど。自分で決める権利がある。あの状態はその権利を行使できていないと言えば、確かにそうだ。



 やがて幸成となつきはアパートに着いた。なつきは幸成よりも先に、軽々と階段を上っていく。ただ階段を上っているだけなのに、幸成は彼女に見とれて足を止めた。その所作の後ろ姿は美しかった。足をどう使えばいいのか、腰の使い方はどうすればいいのか、そういったことをしっかりと把握していて、そしてそれを実践しているように見えた。


「なつきさんは、何かスポーツをしているの?」


「いや、してない」


「じゃあ、何か経験がある?」


「ないよ。自分の身体を大切にしているだけ」


 なつきは部屋の玄関の前で待っている。幸成は階段を上りながら、なつきの言葉の意味について考えていた。


 自分の身体を大切にしている。それはつまり、スポーツはしないけれど筋肉やらの使い方をしっかりと意識している、という意味だろうか。あるいは、身体を大切にしているからスポーツはしない、ということだろうか。以前どこかで聞いたことがある。運動は体に良いが、しかし競技レベルになるとほとんどのスポーツは体に悪いのだと。


 それはそうだろうな。たとえばマラソンなんて、心肺も足も痛めつけて、自分の限界と勝負しているのだろうから。常に適切なトレーニングをすることは難しいから、関節や筋には大きなダメージが蓄積されているに違いない。


 いずれにしろ、なつきさんには何らかのこだわりがあるようだ。どちらの意味にせよ、そこは大した問題ではない。


 幸成は階段を上がると、部屋の鍵を開けた。なつきが扉を開き、そして中へと入った。幸成が履きなれないブーツを脱ごうと四苦八苦している時、なつきは既にベッドで寝転がっていた。



「寝る?」と幸成は言った。


「寝ないよ。人の部屋に遊びに来てるのに寝床みたいに使ったら悪いだろ」


 ここに来た時はいつも寝床にしていたくせに、と幸成は思ったが、口には出さなかった。


「まあ、好きにしていいから」


「コーヒーが飲みたい」となつきは呟いた。


「ああ、淹れてあげるよ。コーヒーメーカーがあるんだ」


「え、意外」


「ちゃんとミル機能のついてるやつ。ちょっと待っててね」


 そう言って幸成は棚からコーヒー豆を取り出して、コーヒーメーカーの横に置いた。そうして少しずつコーヒーができていく様を遠目に見ながら、なつきは言った。


「それいいな。私も買おうかな」


「コーヒーが好きなの?」


「うん。でも自分の部屋で挽いてやろうという考えはなかった」


「楽しいよ。美味しいし。豆もいろいろ選べる。ちょっとお金はかかるけどね」


「いくらくらい?」


「コーヒーメーカーは1万5千円くらいかな。豆はいろいろ」


「んー。悩ましいな」


「まあ、とりあえず飲んでみたら?」


 幸成はコーヒーカップを丸テーブルに置いた。湯気が立ち上っている。なつきはベッドから起き上がり、ブラックのまま一口飲んだ。


「美味しい。本当に」となつきは言った。


「でしょ。豆はエチオピア産のやつらしくて、安いけど美味しいんだ」


「でも1万5千円は高い。またここに来て飲む」


「いいよ。いつでもおいで。ブーツ買ってもらってるからね」


 なつきはコーヒーカップをテーブルに置くと、ジャケットのポケットから携帯を出して、それからジャケットを脱いだ。


「ハンガーあるか?」なつきはジャケットを持ったままそう言った。


「ああ、かけとくよ」


 幸成はなつきからジャケットを受け取り、そして洗濯機の横にあるハンガーを持ってきてカーテンレールにかけた。



 幸成が椅子に座ると、なつきは携帯の画面を幸成に見せた。そこにはポーズを決めたランドムがいた。


「見ろ。お台場で買ったやつだ。プラモデルなんて初めて作ったよ。途中で部品を3つも無くして大変だった」


「初めて作った? いや、でもこれ……、まさか全塗装してある?」


「お、よくわかったな」


「お父さんがプラモデルを作るのが趣味だったんだ。だから小さい頃からよく見てた。それにしてもこのクオリティは凄い。初めて作ったとは思えない」


「おそろしく時間がかかったよ。つい昨日できたばっかりなんだ。幸成に見せたくて」そう言うなつきの目は輝いていた。


「塗装のやり方とかはどうやって覚えたの?」


「プラモデル雑誌を4冊買った。スプレーと筆塗装でやったんだ」


 幸成は笑った。プラモデルそのものよりも高いじゃないか、と思った。


「2作目も楽しみにしてるよ。それに、なつきさんをそこまでにさせるランドムになんだか興味が出てきた。俺も見てみようかな」


「お、そうか。92枚あるぞ。全部貸してやろう」


「いや、それはさすがに……。おすすめをいくつかお願い」


「任せろ」なつきは笑顔でそう言った。


 幸成は再びコーヒーを飲み始めたなつきをぼんやりと見ていた。


 俺はなつきさんと関わるようになって、何かが変わってきているような気がする。もちろん、俺はなつきさんのことが好きになってしまったという変化はある。けれども何か、それだけではない何かが変わりつつあるような。



「何だか、最近楽しいんだ」となつきは言った。


「良いことでもあったの?」


「よくわからない。でも、幸成のおかげかもしれない」


「何もしてないよ」


「そうだな。幸成は何もしてない。でもな、うまく言えないけれど、幸成と友達になれてよかったなと思うんだ」


「俺もなつきさんのこと好きだよ」


 なつきは驚いたように幸成をまじまじと見つめる。そうしてようやく幸成は自分がとんでもないことを言ってしまったことに気が付いた。


「あははは。私は幸成を好きだとかは言ってねえよ」なつきは言葉通り腹を抱えて笑っている。


「あ、えっと、いや、そうじゃなくて……」幸成は自分の耳が赤くなっていくのを感じた。


「いや、いい。わかってる。私も幸成を気に入ってるよ。そうじゃなきゃここに来たりしない。お台場にも付き合ってもらってないだろうよ」


「……うん」


「幸成は彼女とか、いたことあるのか? まさか今はいないだろうが」


「もちろん彼女なんてできたことないよ」


「だろうね」


 なつきはそう言ってにやりとした。


「そう言うなつきさんはどうなの」


「関係ないだろ」


「あるよ。俺が言ったんだから」


「……彼氏がいたことなくても悪いことじゃない。そうだよな?」


「そう思う」


 心底ほっとしている自分がいることに、幸成は気付いた。


 ああ、どうしようもないな。なつきさんに彼氏がいないからといって、俺が彼氏になれるわけではないのに。理屈が気持ちに追いつかない。俺は、自分で思っているよりもずっと、なつきさんに惹かれているのかもしれない。



「好きな人ならいたよ」となつきは言った。


「なつきさん、恋とかするの?」


「するに決まってんだろ。私だって女の子だぞ」


「失礼しました。それはいつ?」


「ずっと。もしかしたら、今も」


「ずっと?」


「そうだ。小学生の時からずっと」


 幸成は気分が酷く落ち込んでいくのを感じた。


 なつきさんに好きな人がいるからなんだ。俺が落ち込んでも仕方ないだろう。わかっているのに。だめだ。この感情を表に出してはいけない。普通に会話を続けないと。


「その人は今どこに?」と幸成は言った。


「さあ。横浜の大学にいるって聞いたような気はする。なんせもう何年もそいつとは話していないから」


「そうなんだ」


「馬鹿な女だよ。中学も高校も一緒だったんだ。それなのにちょっとした挨拶すらできなかった。小学生の時に話したのが最後だ。それでも好きだなんて笑っちゃうだろ」


「気持ちはわかるよ。すごく」


「幸成は暗いもんな」


「うるさい」


「あはは。幸成も生意気になってきたなあ」


「え、あ、いや……」


 あれ。なんだか楽しい。勝手にほっとしたり落ち込んだり楽しくなったり、感情がまるでジェットコースターみたいだ。



「まあ、いいや。私の話なんてしても仕方ない。ああ、そうだ。ちょっと自転車貸せ。今からランドムのDVDとってくるから、一緒に見よう」


「おお、いいね。そうしようか」


「最初に見るのにおすすめなやつがあるんだ。きっと楽しいと思うよ」そう言ってなつきは立ち上がった。


 幸成も立ち上がり、ハンガーにかけていたジャケットと、棚の上に置いていた自転車の鍵をなつきに渡した。


「自転車置き場の一番奥に停めてある、青いフレームの自転車」と幸成。


「おっけい。15分くらいで戻ってくる」


 そうしてなつきは部屋を出ていった。

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