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夢の中だけで恋をした  作者: サワヤ
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第18章(紗里)蛙飛び込む

 学園祭。快晴の下、横浜のキャンパスが賑わっていた。サークルやゼミ、有志団体などによる出店がずらりと並び、野外ステージではバンド演奏やダンス、演劇などが行われている。出店の掛け声、楽器演奏の音がうねり合い、キャンパス全体が騒がしく踊っていた。


「あー、あれはきっと高校生だ」加奈は前方を歩く男女の集団を見ながらそう言った。


「そうかもね。かわいいもん。私服でもわかっちゃう」と紗里。


 紗里と加奈はよくわからない味のタピオカ入りジュースを飲みながら、キャンパスを歩いていた。


「ところで紗里、彰君と付き合い始めてからもう1ヶ月くらい経つよね」


「そうだね。あ、でも2ヶ月くらいかもしれない」


「そんなに経ったんだ」


「実感はないよ。特に何かがあるわけでもないし」と紗里は言った。


「特に何かがあるわけでもない? それはつまり、してない、ってこと?」


「そう」


「彰君は何もしてこないの?」


「うん。私がそういうことに興味がないってわかっているみたい」


「でも、彰君はそうじゃないかもしれないでしょう?」


「そうだね。加奈の言う通りだと思う。やっぱり私はそういうことはしたくないけれど、でも彰君と話してみる」


「物分かりが良すぎる。紗里は話が早くていいよ。おかげでガールズトークがすぐに終わる」


「それは皮肉?」紗里は笑いながらそう言った。


「半分半分かな」


「残りの半分は?」


「尊敬」と加奈は言った。


「尊敬されるようなことじゃない。私の加奈に対する素直さは、むしろ私から加奈へのリスペクトなの。お返しみたいなもの。加奈はいつも、私に素直でいてくれるから」


 加奈は不思議そうな表情を浮かべて紗里を見る。そして口を開いた。


「いつだかもそんなこと言ってたよね。私にはよくわからないけれど」


「親しき仲にも礼儀あり、ってこと」


「ふうん」


 紗里は空になったプラスチックカップをゴミ入れに捨てながら、もしもの可能性を考えていた。


 もし加奈が男の子で、彰君が女の子だったなら。私は加奈と付き合って、彰君と親友になるんだろうな。加奈と彰君はなんだかそっくりだ。何が似ているのかはよくわからないけれど。


 そういえば彰君って少し女の子らしいところがあるなあ。かっこいいタイプではあるのに、言動はどこか可愛らしいというか。遠くから見たらドーベルマンなのに、近くでよく見たらトイプードルだった、みたいな。いや、それはむしろ男の子らしいと言えるのかな。男の子って基本的には子供だし、女の子より繊細だったりロマンチストだったりするし。でももしかすると彰君は、男っぽい女の子と相性が良いかもしれない。根拠はないけれど、なんとなくそんな気がする。


 私はどうだろう。そうだな、どちらかといえば男っぽいと思う。小さなことではあまり悩まないし、人間関係がどうのとかも気にしないから。うん、だからきっと私と彰君はうまくいく。大丈夫だ。


「我らがたこ焼き店は商売繁盛しているかな?」と紗里は言った。


「大丈夫だと思うよ。初日の昨日は売上目標届いてたし。きっとすごい黒字だ」と加奈。


「加奈はまだこっちのサークルに来たばかりなのに、流石だよ」


「何が?」


「その社交性が羨ましいって話」


「紗里は魅力があるから、皆が勝手に寄ってくる。紗里はそれでいいんだよ」


「そ、そんなのないよ」


「紗里は私の憧れなのだから。それらしく堂々としててよね」


「何そのプレッシャー」


「あはは」


 加奈は笑うと、おもむろにキャンパスの大きな階段に座った。近くには同じように座っている人達が何人もいた。彼らは何かを食べたり飲んだりしながら、その先にある野外ステージを見ている。そのステージではダンスサークルが見事なダンスを披露していた。


 紗里は加奈の隣に座る。加奈はダンスをぼんやりと見ながら言った。


「紗里には言ってなかったけれど、というより大学の友達には誰も言っていないのだけれど、私もダンスやってたんだよ」


「へえ! かっこいいね。高校生の時?」


「うん。いや、小学生の時からずっと」


「すごい。私にはそういう何かがないから羨ましい。あれ、でも、もうやってないの?」


 しかし加奈はそれには答えず、しばらく黙っていた。紗里は不思議そうに加奈を見る。


 私、もしかして聞いちゃいけないこと聞いたのかな。普通の会話の流れだと思うけれど。


 やがて加奈が口を開いた。


「もう、やめたんだ」


「そっか」と紗里は言った。


「私ね、それなりに上手かったんだ。高校生の時は、大きなダンスコンテストの全国大会まで進んだ。高校生だけの大会だったけれど、地区予選では高い点数をもらえてね」


「本当にすごい!」


「……ダンスがすごく好きだった。昔から憧れのダンサーがいて、その人に少しでも近づけるようにずっと練習した。しっかりと基礎を固めて、自分なりにストイックに反復練習をし続けた。毎日、毎日。少しでも時間を作っては、ひたすら踊り続けた。そうして全国大会に進むことが決まって、私はすごい人なんだって、ようやく自分に自信が持てた」


 私はこんなに加奈と一緒にいるのに、加奈がダンスにのめり込んでいたなんてちっとも知らなかった。ダンスが上手いなんてかっこいいことなのに、どうして今まで話してくれなかったのだろう。大学の友達には誰にも話していないと確かに加奈は言っていた。隠すようなことじゃないのに。


 加奈は続けた。


「地区予選で踊っている他の人達を見ていて、この人達のダンスは全然ダメだと思った。私は圧倒的だと思った。きっと私はここにいる誰よりもダンスのことが好きだし、誰よりもダンスの才能があるんだと思った。憧れのダンサーみたいに、私もダンスでお金をもらって生きていこう、その時はそう思ってた」


「その時は?」


「……そう、地区予選の時はね。地区予選から全国大会までは少し時間があったから、私はそれまで以上にダンスを完璧に仕上げた。優勝だって夢じゃないと思ってた。そうして全国大会の日になって、私は意気揚々と会場に行った。私の出番は後ろの方だった。大会が始まって、他の人達が踊り始めた。私は衝撃を受けたよ。私は所詮、井の中の蛙だったんだ。他の人達はセンスの次元がまるで違った。あるいは私とは桁違いに技術が緻密だった。皆それぞれ、私にはない武器をいくつも持ってた。私は場違いだと思った。皆同じ高校生なのに、私だけが全国大会のレベルに達していなかった」


 加奈はそこまで言うと、空を見上げる。紗里はじっと待っていた。そして加奈は再び話し始める。


「私の番になった。もはや緊張はしなかった。ただただ恥ずかしいと思った。私のダンスが通用するわけがない。私のダンスは茶番だ、って。私は普通の人よりも長くダンスをやっているだけの、地元のちょっとした優等生でしかなかった。本物の才能達に囲まれて、私は息もできなかった。私は特別な人なんかじゃなかった」


「……そんなことがあったんだね」ようやく紗里はそれだけ言った。


 そうか。加奈は挫折をしたんだ。いくら素直な加奈でも、わざわざそんな話をしたくはないのだろう。


「もちろん全国大会の結果は散々だった。精神状態がまともじゃなかったのもあるけれど、私の最大限を発揮できたとしても、結果は変わらなかったと思う。だから私は、たとえ趣味でも、もうダンスはしたくないんだ」


 加奈は話を終えたようだった。加奈は残り少ないタピオカジュースをゆっくりと飲んだ。やがて飲み終えると、力なく笑った。そんな加奈を見て、紗里が口を開く。


「どうして私にそれを話してくれたの?」


「わからない。私を知ってほしかったのかもしれない。たぶん、紗里と親友になりたいから、かな」


「……ありがとう」


「こちらこそ。こんな話を聞いてくれて。さて、そろそろたこ焼きに戻りますか」


 加奈はそう言うと立ち上がった。紗里も頷いて立ち上がり、サークルへと戻るのであった。

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