第15章(幸成)プレゼント
インターホンが鳴った。幸成はベッドの上に座っていたが、それを聞いて冷房の電源を消し、トートバッグを持って玄関へと向かう。歩きながら携帯の画面を見ると、ちょうど13時だった。
幸成はゆっくりと玄関の扉を開ける。そこにはなつきが立っていた。
「よう」となつきは言った。
「こんにちは」幸成は赤いスニーカーを履きながらそう言った。
なつきは幸成の靴をちらと見て口を開く。
「いつもその靴履いてるな」
「他になくて」
「今日買ったらどうだ。いろいろあるだろうし」
「そうしようかな」
幸成はそのまま玄関の外へ出ると、扉を閉めて鍵を閉めた。なつきは幸成を待たずして外階段を下り始めている。
「お台場って、初めて行くかもしれない」と幸成。
「そんなに遠くないだろ」背中を向けたままのなつきが言う。
「用事もないから……。そもそも、家かバイト先のコンビニか大学くらいしかいる場所がない」そう言って幸成はなつきを追いかける。なつきは既に階段を下りていた。
階段の下でなつきは振り返る。そして幸成を見上げて笑った。
「よかったな、私にお誘いをもらえて」
「う、うん」
幸成はなつきの笑顔に、階段を下りる足が一瞬止まる。この人は一体なんなのだろう、と幸成は思った。
お台場に何をしに行くのかすらわからない。勿論、なつきさんがどうして俺を誘ったのかもわからない。理由をなつきさんにきいてみればいいのだろうが、なんとなくそれはしない方がいいような気がする。
幸成もまた外階段を下りると、幸成となつきは歩いて大学へと向かった。大学直結のモノレールの駅があり、そこから乗り継いでお台場に行く為に。
やがて5分ほど歩いて駅に着くと、2人は改札を抜け、ホームでモノレールがやってくるのを待った。ホームには学生らしき男女が数人いた。
「なつきさんは、夏休みはどんなことをしているの?」幸成はなつきを見ずにそう言った。
「ほとんどがアルバイト。あの古本屋だろ。それと居酒屋」
「2つも?」
「ああ、仕送りなんてものは私にはないからな」
両親がいない。なつきさんは以前そう言っていた。酔っ払っていたけれど、それは本当のことだったのだ。ただ、両親がこの世にいないのか、あるいは『この世にはいるけれどなつきさんにとってはいない』ということなのかまではわからない。
するとモノレールが駅のホームへと入ってきた。停車し、扉が開く。なつきがモノレールの中へと入ると、幸成もそれに続いた。席は空いていたが、なつきは座らなかった。幸成はそれを見て、やはり座ることはしなかった。モノレールが動き出す。地面から10mほどの高さの空の道を走る。なつきは窓の外の景色をじっと見るだけで、口を開くことはなかった。幸成もまた、なつきに話しかけることはしなかった。
やがて立川駅に着くと、中央線に乗り換えて新宿へと向かった。立川駅から新宿駅までは40分ほどかかった。今度はなつきも幸成も隣の席に座ったが、やはりなつきは何も言わなかった。彼女は時々スマートフォンを取り出したが、数十秒何かを見るとすぐにしまって、ほとんどはただ座っていた。
新宿駅に着き、人混みに流されながら電車を降りた。するとなつきが口を開いた。
「埼京線に乗り換える」
幸成はその言葉にただ頷く。2人は人に溢れた新宿駅を歩き、そして新木場行きの埼京線へと乗った。車内はそれほど混んでいなかった。なつきは入ってすぐの席に座り、幸成もその隣に座る。20分ほど経っただろうか、東京テレポート駅に着くというアナウンスが流れると、おもむろになつきは立ち上がった。
「ここだ。行くぞ幸成」
徐々に速度を落としていたが、まだ電車は止まっていなかった。しかしなつきはドアの前に立ち、窓の外を見ている。幸成はまだ座ったまま、なつきの横顔を見た。心なしか彼女の瞳は輝いているように見えた。
電車が停車し、幸成となつきは降りた。改札を出て、なつきは少し早歩きになる。幸成はなつきの背中を追って歩いた。途中、大きな観覧車が見えた。5分ほど歩くと、目の前に大きな商業施設が現れた。小洒落たショッピングモールのようだったが、ここにいる人達はカップルや若者だけでなく家族連れも多いようだった。
なつきはその施設の中へと入っていった。幸成もそれに続く。施設の中は広く、明るかった。随分と天井が高かったが、それでもその建物は6階まであるようだった。雑貨屋、キャラクターショップ、ドーナツ店、ファッションなど様々なテナントが出店されていた。
しかしなつきはそれらの店には目もくれず、どんどんと奥に進んでいく。やがてフードコートへと着いた。
なつきさんはご飯でも食べにきたのだろうか。もう15時になるし、もしお昼を食べていないならお腹がすいているのかもしれない。
しかしなつきの足は止まらなかった。そのままフードコートを突き抜け、やがて施設の反対側の出入り口からなつきと幸成は外に出た。
外に出ると、広場があった。そして。
そこには巨大なロボットが立っていた。周りにはたくさんの人達がいてそのロボットを見たり、写真を撮ったりしている。深緑のカラーリングに包まれ、20mほどの身長を持つであろう「彼」はどっしりとそこで遠くを見ていた。
ようやくなつきは立ち止まった。そしてそのロボットをただぼんやりと見上げている。幸成はなつきの隣に立って、それを一緒に見上げた。
「……人型決戦兵器ランドム」なつきはそう呟いた。
「大きいね。お台場にこんなのがあるなんて知らなかった」と幸成は言った。
「先週できたばっかりなんだよ。しかもこいつはちゃんと設定通りの大きさ。ランドム、知ってるか?」
「知らない人はいないと思う。あまり詳しくはないけれど、たまに再放送しているよね」
「ああ。25年前の子供向けロボットアニメなのに」
幸成はなつきの横顔を見た。見上げるなつきの瞳は、電車で見た時よりもさらに輝いている。幸成に見られていることなど、全く意に介していないようであった。
「なつきさんは、ランドムが好きなの?」彼女の横顔に、幸成はそう問いかけた。
「……変な女だろ」なつきは言った。
「まさか。珍しいとは思うけれど」
「私はアニメは見ないんだ。というよりドラマも映画もあまり見ないし、もっと言えば音楽だって聴かない。本も読まない。でも、ランドムだけはシリーズ全部のBlu-ray、それとDVDを揃えてある」
「……シリーズ全部? よくわからないけれど、きっとすごくたくさんあるんじゃ」
「昨日数えてみたんだ。92枚あったよ」
「すごいね」
「こいつができたって知って、どうしても見たかったんだ。最初はもちろん、ひとりで見に行こうと思った。でも、どうしてか幸成のことを思い出したんだ」
「ランドムを好きな友達はいないの? ほら、俺と違ってなつきさんはいろんな友達がいるだろうから」
「まさか。ランドムを好きだなんて、誰にも言えやしない。男だろうが女だろうが、私の周りにいる奴らはどいつもこいつもオタクを毛嫌いしてる。まあ、それを明言するような子供な奴はいないけれど、それくらいわかる」そう言ってなつきは力なく笑った。
「そっか。なら、どうして……」
「どうして幸成を誘ったのか、だよな。でもそれは私にもわからないんだよ」
「ランドムを好きなことが、恥ずかしいことなんかじゃないと思う」
「そうかな」
「ほら、こんなにたくさんの人に愛されているんだ」幸成はロボットを見上げている人達を見て言った。
「そうだな。私もそのひとりなだけだ」
「そうだよ」
なつきはようやく幸成を見て、そして彼女は笑った。子供のような笑顔であった。
「ここの6階にさ、ランドムの特別展があるんだ。グッズやらもたくさん売ってる。行くぞ」
「うん」
なつきはくるりと背を向けると、再び商業施設へと入っていった。幸成もまた、なつきについていくのであった。
なつきはTシャツと、ランドムのプラモデルを買った。その後ランドムの原画展や、その施設限定の特別映像を一緒に見た。幸成にとっては何が何だかわからなかったが、なつきの楽しそうな姿を見ていることが楽しかった。
「ありがとう」ナイフとフォークを置くと、なつきはそう言った。
18時を過ぎていた。幸成となつきは5階の店でハンバーグプレートを食べているところであった。
「何が?」と幸成。
「今日付き合ってくれたことだよ」
「ああ、こちらこそありがとう」
「何が?」となつき。
「俺を連れ出してくれて」
「そうだな、感謝しろ」となつきは言って、水を飲んだ。
幸成は笑った。
なつきさんは何故かこんなに偉そうで、全く自分勝手だ。ランドムのことなんてほとんどわからない俺を一日中連れ回して、それで感謝しろと言う。
それなのに。
そうだ、俺はなつきさんのことを好きになっている。
なつきさんの他には女の子の友達なんていないから、構ってくれるなつきさんに惹かれたのだろうか。
違う。もし俺が人並に友達がいたとしても、きっとなつきさんに惹かれていただろう。理由まではわからないけれど。
困ったな。なつきさんは俺に好意を寄せられていると知っても、嫌な顔をするだけだろう。なつきさんは可愛くて、ひねくれていなくて、しっかりと自分を持っている。俺とは格が違うのだ。
でも、なつきさんには俺と近いところがある。なつきさんはそれを認めないかもしれない。しかし俺もなつきさんも、きっと似た生きづらさを感じているのだと思う。
「この後、靴を買いに行く」となつきは言った。
「いいね」
「幸成の靴だよ」
「え?」
「そういう話をしただろ。忘れたか?」
「あ、ああ。そうだった」
やがてハンバーグを食べ終わると、幸成となつきは会計をして靴を見に行った。それは3階にあった。
「これがいいんじゃねえか」そう言ってなつきはローカットのブーツを指差した。落ち着きのある暗い茶色で、本革のものだった。
「確かに格好いいけれど、そんなに高いの買えないよ。それにまだ暑いんだからブーツは……」
「秋になったら履けばいい。値段は気にすんなよ、今日のお礼だ」
「え?」
「だから、私が買ってやるって」
「そんな、悪いよ! だってなつきさんだって一人暮らしで大変なのに」
「いいんだ。買わせろ。サイズは?」
「……26.5くらい」
なつきは幸成を座らせて、いくつかの箱を持ってきた。26、26.5、27のサイズだった。幸成はそれらを順番に履いた。
「どう?」となつきは言った。
「26がいいかな……。でも、本当に?」
「いいって言ってるだろ。何度か部屋も借りてるしな。その代わり、また助けてくれるか?」
「そんなことでよければ」
「決まりだ」
なつきはそのブーツを箱に戻すと、レジへと持って行った。幸成は他のサイズのブーツ達を丁寧に箱に入れ、元の場所へと戻す。それからなつきの元へ行くと、なつきは会計を終えたようで紙袋をその手に持っていた。
「ほら。大切にしろよ」なつきは紙袋を幸成に渡した。
「うん。秋が楽しみだ」
「そうだな」
外に出ると、空が暗くなっていた。幸成となつきは東京テレポートの駅へと戻り、そうしてそれぞれの部屋へと帰るのだった。




