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夢の中だけで恋をした  作者: サワヤ
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第11章(幸成)そういう性分

 幸成は大学からアパートの部屋に帰ってくると、ベランダに干していた洗濯物を部屋の中へと取り込む。角ハンガーにわらわらとぶら下がるタオルをその洗濯ばさみから引き抜いては、洗面所のタオル置き場に投げた。


 そうして洗濯物を片付け終えると、幸成はいつものようにベッドに腰掛けた。床に落ちていたリモコンを拾ってテレビを点ける。画面には夕方のニュースが映り、佐賀県で起きた強盗殺人事件を報じていた。幸成はろくにそのニュースも見ずに、テレビを消した。



 幸成はトートバッグの中からクリアファイルを取り出して、そこに入っていたゼミ生募集のレジュメを眺めた。


 結局、もうゼミの募集期間は過ぎてしまった。でも、仕方ない。俺は別に何かを研究したかったわけじゃない。ただ、人と繋がりたかっただけなのだから。そんな動機で興味もないことをしていたら、教授にもゼミ生にも失礼だ。


 幸成はベッドに寝転がると、次第にその意識を落としていくのだった。



 幸成が目を覚ました時、目覚まし時計は23時48分を示していた。部屋の外は真夜中の静寂。そして幸成の部屋の中もまた、しん、と静まり返っていた。目をこすりながら幸成は起き上がる。


 寝てしまった。とりあえず洗濯物だけは先に入れておいてよかったけれど。


 最近、不思議な感覚がある。それは特に朝に訪れてくる。自分の全てが満たされているような感覚。そのようなものをぼんやりと感じる。そしてその感覚を覚える度、もっと堂々と生きていいのではなかろうか、と考える。


 なつきさんも言っていた。自分が何者か、それを決める権利がある。大学生活で何を手に入れたいか、と神に質問されたなら、自分の権利を使いたい、と答えようと幸成は思った。



 するとその時、何かがぶつかったような大きな音がした。玄関からだった。がん、がん、と2回音がした後、幸成の部屋は再び静寂に包まれた。


 幸成は不審に思い、ベッドから立ち上がる。なるべく足音を立てないように玄関へ向かった。何かが落ちた様子はない。普段通りの玄関だった。


 とすれば、外だろうか。


 幸成は玄関のドアを張り付き、そしてドアスコープを覗く。しかしそこには何もなく、そして誰もいなかった。


 あれ。おかしいな。あの音は明らかにこのドアに何かがぶつかった音だったのだが。


 錆びたドアチェーンを外し、鍵を開けて、幸成は玄関のドアを開いた。いや、開こうとした。


 開かない。違うな、少し開くけれど、やたらドアが重い。何かがつっかえているのだろうか。


「……うう。痛いな。なんだよ……」


 小さな声だった。僅かに開いたドアの隙間から、ようやくのことで幸成の耳にそれは届いた。


 突然、ドアの重みが無くなった。幸成はドアを開ける。するとそこにはなつきが座っていた。


「なつきさん!?」


「ああ? 幸成。なんでいんだよ」


「俺の部屋だし……」


「あれ、そうだったか」


 なつきは明らかに酔っていた。顔色は悪くないが、耳が真っ赤に染まっている。なつきの発する言葉はまったりとしていて、小さかった。


「それじゃ帰れないでしょ。とりあえず入ったら? ベッド使っていいから」と幸成は言った。


「それもいいな」


「ほら、立てる?」


 そう言って幸成はなつきの手を取る。なつきの手は小さかった。なつきが印象と比べて随分と小柄なことに幸成は気がついた。堂々としていて、背筋を伸ばしているなつき。幸成はなつきに対してあまり小さなイメージは持っていなかったが、しかし実際には150cm程度しか身長がないようだ。


「立てるわ」


 そう言いながらもなつきは立ち上がる素振りを見せない。ぐったりと座り込んだままだった。


「仕方ないな」


 幸成はなつきの腕を肩にかけ、なつきの体重を支えるようにして部屋へと入れた。なつきは自分で靴を脱ぎ、しかしやっとのことで歩いている。数十秒かけてようやくベッドにたどり着くと、なつきはうつ伏せに倒れ込んだ。


「すまねえ」なつきは言った。


「飲み会だったの?」


「うん」


「水飲む?」


「飲む」


 幸成は小さな冷蔵庫から2リットルのミネラルウォーターのペットボトル、食器棚からガラスのコップを取り出す。コップの半分ほどまで水を注ぐと、ベッドの枕元にある目覚まし時計置き場にそのコップを置いた。


「ありがとう」


 なつきはそう言ったが、うつ伏せのまま動く気配がない。


「まあ飲める時に飲んだらいい」


「飲みたい時に飲む」


「自分で決める権利がある」


「……よくわかってるじゃん」


 なつきはもぞもぞと体を動かし、そうしてうつ伏せのまま上半身を少し起こした。コップに手を伸ばして、水をぐいと飲み干した。


「また水、入れておこうか?」と幸成。


「いや、いい」


 なつきは再びベッドに体重を預けた。うつ伏せだが顔だけは幸成の方を向いていて、しかしなつきの瞼は閉じられていた。


 なつきさんはどうして俺の部屋に来たのだろう。随分と酔っているようだから、なんとかたどり着いたというような感じを受けるけれど。


 どこの居酒屋にいたにしろ、なつきさんの部屋に帰ることだってできたはず。そこまで距離は離れていないと思うし。まあ今のなつきさんにこの疑問をぶつけたとして、満足な答えが返ってくるとは思えないが。


「暑いかもしれないけれど、毛布かけとくよ」と幸成。


 なつきからの返事はない。


 もう眠ってしまったのかな。相変わらず寝つきのいいことで。


 幸成は薄い毛布をなつきにかける。そして幸成もまたコップを取り出してミネラルウォーターを注いで飲んだ。コップをシンクに入れ、椅子に座ってなつきの寝顔を眺めた。


 まさか2度も彼女の寝顔を見ることになるとは。なつきさんは俺の部屋をなんだと思っているのだろうか。


「なつきさんは、夢を見たことはある? 朝起きて、どんな夢だったかは少しも思い出せない。でも不思議な感覚だけが残っている。それは寂しかったり、暖かかったり、とにかく心が激しく動揺している、そんな朝。なつきさんは好き?」


「嫌い」なつきは目を閉じたまま、そう言った。


「なつきさん起きてたの?」


 なつきの返事はない。幸成は続けた。


「俺もあんまり好きじゃなかった。でも最近、悪くないかなとも思うんだ」


「……自分で決める権利がある。勝手に私の中をしっちゃかめっちゃかにする夢は嫌い」やはりなつきは目を瞑ったままだった。


「なつきさんの地元はどこ?」


「両親がいない。私はこう見えて優秀だから返還義務のない奨学金を貰ってる。友達みたいなやつはたくさんいる。でも、私はいつも1人だ。そうだろ?」


 会話になっていない。


「どうかな。俺には友達みたいな人すらいないからわからない」


「……幸成、ぽんこつ」


「そうだね」


 なつきが寝息を立て始めた。今度こそ本当に眠ったようだった。



 友達。俺が欲しいもの。でも、そうだ。人はものじゃない。では友達とは何だろう。どうしたら友達なのだろう。そして仮に友達がいたとして、それで全てが満たされるのだろうか。


 俺をいじめていた(いじめという表現は好きではない、あれは迫害、あるいは暴力でしかないのだから)人達もこうやって悩んでいるのだろうか。寂しい。自分の価値がわからない。誰か助けてくれ。そんな風に。


 もしそうでないとしたら、こんなに不公平なことはない。どうして人間は平等ではないんだろう。


 生まれながらにして上手く生きていける人間と、そうでない人間に分かれているんだ。広い目で見れば、経済的に豊かな国に生まれていてしかも大学にまで通っている俺だって相当に恵まれている。しかし俺自身がそうではないと思ってしまうのだから、もうどうしようもない。おそらく俺がアイドルのような整った容姿で、いじめられることもなく、とてつもないお金持ちの家に生まれたとして、しかしやはり俺は悩むのだろう。そういう性分なのだ。


 酔っぱらいの戯言かもしれない。それでも、なつきさんはおそらく俺と同じ側の人間なのだろう。俺もなつきさんも、一体どうしたら救われるのか。


「何かが足りない」と幸成は呟いた。


『何かが足りない』とどこかで小人が呟いた。

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