お姫様。悪女を知る。5
グレイの居城の一室ら青い光の中に一緒にして人が2人現れそれと共に光は消えた。
グレイは疲れたと言わんばかりに深いため息をつく。
フリードはその様子に咎めるような鋭い声を出した。
「お疲れなら延期なされば良かったのに。それに俺の事を勝手にあんな頭の緩い男に預けないで下さい!」
「おば様の葬儀には出れないので1度くらい顔を見せなければね。後見人の事はああ言っておけばまたデービットをこちらの駒として使えるでしょう?」
「しかし、後見人だなんて縁起でもない」
「フリード。私も忍びないのですよ・・・あんなマヌケ一家に貴方を預けるなんて」
そこでグレイは言葉を止め、最初は小さくそして徐々に大きく肩を震わせ始めた。
「くふふふふふ!あはははは。しかしあの家族のマヌケなこと!あの馬鹿な姫の部屋の臭いこと臭いこと。鼻が曲がるほど甘ったるい匂い!まさか浴びてから30年も魅了が解けてないなんてね」
確かにあの女はあった時からずっと甘ったるい匂いを放っていた。熟れて腐る前の果実のようなねっとりとした甘い匂いは好きではなかったけれど。
金の髪の姫は触れてはいけない妖精に触れたのだ。嗅いではいけない毒香に犯され、妖精に逆らえなくなったーーー自身が死ぬその時まで。
「まったくアノ人ときたら何処ぞの異界から連れてきた魂をばら撒くだけでなく、1度死にかけてから見目麗しい者を見境なく魅力して・・・前国王が後宮に封じてくれたのが幸いでしたが私が生まれてからどれだけ厄介な『転生者』で苦労したことか!金の姫はド田舎にとばしてからも念には念を入れ監視してきましたけれど、まさか死ぬまでアノ人の『魅力』に気がつきもしないなんて愚鈍な姫だったわ。アノ人みたいな魔力もたいして無いような脆弱な妖精に踊らされてまぁ情けない」
グレイは笑いそう言いつのりながら、どこか彼らに呆れた様な声音で話す。
何様なのかアノ人にあったほんの少しの魔力も無いくせに。
「そのくせ英雄並に『幸運』の強い息子を産むなんて酷い嫌がらせだったわ。おかげでデービットが成功しない様に田舎に閉じ込めるのに画策しなきゃならないし、どこぞの姫とくっつかないように地味で大それたことを考えないような気弱な妻をあてがわなければならなかったし。やっと姫が死んで一安心よ」
母を亡くした哀れなデービット。お前の一番の頼りはこの不幸を心底喜んでいるぞ。
グレイはひとしきり話して満足したのだろう、金の目を歪めにんまりとフリードに笑いかける。
いつもの作り物の様な完璧な笑顔は見るたび背中が寒くなる。
「そうそう、王宮の会議には明日から私が出ます。送り迎えをお願いね。・・・その代わり、フリードにはお姫様に世情の教育をしてもらいましょう」
「何故俺がそんな事・・・。俺では役不足でしたか?」
あんな泣くしか能がないような女の世話をするなんて御免だ。確かに王宮での腹の黒い貴族との会議はうんざりしていたけれど。
そう思い顔顰めたがグレイは笑みを崩さなかった。そして殊更甘ったるい猫なで声で俺ノ耳を汚す。
「貴方はとても役立ってくれている。けれどずっと外でお仕事をしていて疲れたでしょう?たまには家でのんびりなさいな。それにアノ姫様の怠惰具合いには痺れが切れましたわ。嘆くばかりで一月経っても自分の現状を把握してもいないなんて。探知の魔術も知らず、ココが王都じゃ無い事にすら気がついていないのでしょう。このままでは人前に出せないわ」
グレイは皮肉げに口元を歪ませる。彼の中ではフリードが姫の教育係として決定しているのだろう。だとすれば何を言っても無駄だ。
そんなにしょうもない姫なら何故連れて来なければよかったのに。
「何処まで教えますか」
フリードはため息混じりに口をひらく。正直、馬鹿な姫君の教育係なんて本当は御免だ。
グレイはしばらく考える素振りを見せたあと、いつもの貼り付けたような笑顔で口元を更に釣り上げた。
「彼女の国とこの国の簡単な近代史と現状を。せめて自分の置かれた状況への経緯と現状は解らせて差し上げないと可哀想でしょう?」
「承知しました」
フリードの頷きにグレイは喉で笑うと唇に人差し指をあてる。
「ああ、私の事だけは秘密にね」
グレイはフリードの頬を労る様に撫でた。肯くフリードにグレイは喉で笑いながらその頸を辿り、服の中にに仕舞われていた後髪をすくい出す。編まれた黒い髪の毛先は炎の色をしている。
フリードは王宮に上がる時、尻尾も髪も外套に仕舞い込んでいた。それだけで人間に見えるわけではないけれど。どうしてもやめられない。弱い心を見透かされてる気がして、怖くなって俯く。俯く耳に優しい声が吹き込まれる。
その声音はいつものねっとりとした艶めきとは違い、春の風の様にただ優しく儚げな声だ。
「ごめんね、フリード。王宮は人間がたくさんいて怖かったでしょう。それなのに仕事頑張ってくれてありがとう。フリードは『僕』の自慢の息子だよ」
顔をあげて見えたのは卑しい金の目も釣り上がった新月の様な口もない。線のような目口だけれどその顔には愛しかない。俺達だけの『笑顔』。木漏れ日の様な暖かなそれに喉が詰まって、それが見たいのに見たくなくてフリードはグレイのうなじに顔を埋めた。
ーーーーー頭では『兄さん』のように盲目になるのは危険だと分かっている。この肉人形の中身は恐ろしい化物だ。このマントの錆びた臭い。どれだけ血を流してきたか。どれだけの人生を操り狂わせたのか、俺達だってその中の1人にしか・・・使える駒にしか思っていないんだ。
優しい手がフリードの硬い髪を撫でる。何度も何度も小さな子供をあやす様に。
駄目だと分かっているけれども、心はもう戻れない。せめて兄さんやデービットの様にただこの人を信じられたら良かったのに。
「母さん」
吸い込んだ母の香りは春の森を思い起こさせた。
やっと1つ話が終わったー。
プロット通りって難しいです。