お姫様。悪女を知る。2
本当に長く空いてしまいすみません。
甘い匂いがする。むせるほど濃いのに嫌悪感は無く、それよりもっと吸いたくなって。私は息を吸い込んだ。
「っけほ・・・」
だけど私の口に入って来たのはカビ臭い埃っぽい空気で咳き込んでしまった。反射的に瞼を開け、ると知らない簡素な天井が見える。王妃の間じゃない・・・私はいつ寝たのかしら。私はまだぼんやりとする頭を起こそうと瞬きをして、起き上がろうとしてついた肘が痛くて小さく悲鳴をあげた。もう片方の腕でどうにか上体を上げ、ベッドに座ることが出来た。
あれ、さっきまで私はリーリス夫人に詰め寄っていて・・それから?怖い事があった気がするけれど頭がはっきりしない。どうしてか、全身に軽い打撲がいくつかあるみたい。どこで打ったのかな。
「おや、おはようお姫様」
「ひゃあ!」
ここに居るのは私1人だと思っていたから不意に声が聞こえ驚いて悲鳴をあげてしまった。
ベッドの反対側、といっても小さな石造りの牢屋だからすぐ近くに椅子があり、男が座っていた。
そして男の顔を見て私は今度は渾身の悲鳴をあげる。
だって男は30歳かそこら、貴族風の服を着た美丈夫、けれど美しい顔の半分は酷い火傷で崩れている。まるで牢屋で拷問を受けた亡者みたいにしか見えないもの。
「お、おばけぇぇえ!!!いゃぁー!」
「いや、生きてるから。勝手に殺さないでくれよ」
男は姿の異様さに反して親しみやすい雰囲気で私をなだめる。
予想していたおどろおどろしい声ではなく、なかなかの美声に私の恐怖は多少薄れ悲鳴を飲み込んだ。確かめなきゃ。深呼吸して男の足を見れば確かに男には足はあったし、透けているということも無い。どうやら生きている人間らしい。けれど、そうなるとこの男、貴族とはいえ私は王族なのにフレンドリー過ぎじゃないのかしら。私は渾身の威厳を出して男を睨見上げる。
「何故私はここに居るの?貴方はどなた?」
「あんたは王妃暗殺の嫌疑で投獄中。俺はガイに頼まれてあんたのお守り」
「暗殺⁈わ、私はただリーリス夫人に用があって・・・」
「例えそうだとしても、無理矢理王妃の居住空間へ侵入したなら同じことだな」
「そ、そんなぁ!」
男の言葉にぼんやりしていた頭がさっと晴れると共に頭が冷たくなっていく。今更ながら自分のしでかした事が思った以上に危ない事のように思えてくる。肌寒く感じた私は自分を抱きしめた。さっきまでの出来事が猛スピードで思い出される。この世界は私に優しい私のための世界じゃないの?!なんでこんな事になってるの?な、何かあっても私をイケメンが助けてくれるんじゃないの?・・・・・イケメン?
私は怖くて見ないようにしていた男の顔を恐る恐る見て見る。あ、あれどっかで見覚えのあるようなーーー。
「あぁ!貴方はジェイク・ウェイバーね!」
「わ!急に叫ぶなよ。ってかよく俺の名前知ってたな」
知ってるに決まってる。だって攻略対象だし。私が主人公の乙女ゲームでは焼けた顔半分には仮面を付けていたから、ミステリアスな美丈夫で覚えている。今、対面している彼はずいぶん印象が違って親しみやすい・・というか親戚のお兄さんって感じだけど。姫然とした私にはもっと紳士的な話し方だった気がするけど。とにかく彼が居るということはやっぱり主人公の私はちゃんと助かるように出来てるって事ね。体の肌寒さか和らぐ。攻略対象なら愛想よくしといた方が良いわね。地元じゃ落ちない者はいない私の上目遣いを添えて、私は彼に手を差し出した。
「さっきはごめんなさい。私を助けに来てくれたのね・・・私も目を覚ましたしここを出ましょう」
「いや、出さねぇけど」
ジェイクはきょとんとした顔で私の差し出した手を軽くはたき落とした。
私もきょとんとしてジェイクを見返す。え、何で?
「言ったろお守り。見張り。分かる?お馬鹿姫さんよ」
ジェイクは深いため息をつくとそう言う。
馬鹿にした言い方だけど、馬鹿にしているというより悲しそうな声だったから私は口をつぐんだ。
ジェイクは私の目を見つめ静かに話しだす。
「俺個人的に忠告に来たんだ。あんた自分が空想したガイに惚れてるみたいだけど、独り善がりじゃあいつをものにできないぜ?それにあいつにはもう家族が居るんだし、何故諦めない?・・・あんた殺されかけたろ。アレ、ガイ様はガイ様でもキチガイ様だぜ?」
ジェイクの声音は落ち着いているが、咎めるような響きがある。
お、怒られてる。なによ私だって本当、心底馬鹿じゃない。さっきのガイ様を見て私が思い描いてた未来は来ないんだって分かってた。今考えればリーリス夫妻に部外者もいい所のなんの関係も無かった私が割って入るなんて非常識だったんだ。でも、だからってすぐに諦めるなんて出来なくて。さっきまで怒りで熱くなっていた顔の、目元だけがすごく熱い。視界が歪んで男の顔がよく見えない。
「でも、だって!私、ずっと前から・・っ」
「でもも、だってもねぇよ。無理なもんは無理。諦めた方があんたのためだ。・・・はぁ、昔もガイに心底惚れてる女が居て、どうにか野郎をものにしようとしたけど駄目だった。ガイは生まれた時からセルしか見てねぇ」
男の恐ろしい顔は見えなくて、優しい声だけが残る。余計に涙が出てきた。その私と同じ可哀想な女性にジェイクは深い思入れがあるんだろう。私を見る視線は柔らかく感じる。えと、もしかして。
「その女性は貴方の知り合いだったの?」
「ああ。大事な人だったんだ」
そう言ったジェイクの声があんまり甘くて、私の涙が止まった。恋バナは好き。こんな状況だけど、話の先が気になる。私と同じ恋をした女性はその後どうなったのかしら。第2夫人とか、愛人に収まったのか、違う人と結婚したのか。私もそうなるのかな。
「彼女を俺は止められなくてな。揉め事を起こしちまった」
「そう、その人どうなったの?」
私と同じ様なことをしたのかしら。きっと恋焦がれてどうしようもなかったのね。それだけでその見知らぬ人女性に親近感を持った。可哀想なお仲間はどうなったのか。でもきっと助けてくれる紳士が現れて結ばれたのよね。ドキドキしながらそう聞くとジェイクは懐かしそうに微笑む。
「俺が刺し殺して燃やした」
ドッキドキどころじゃなかったわ。私は即座に立ち上がると石壁でない唯一の場所、廊下に面した鉄格子にしがみついて声を限りに叫んだ。
「いゃぁー!!助けて!ごめんなさい私謝るから殺さないでぇええええーーう、ぐずやだ死にたくないよぉおお」
薄暗い廊下に私の泣き叫ぶ声が響いて。どうしよう看守も居ないし、助けてくれる人、誰も居ない。私も殺されて燃やされるの?怖い。誰でもいいから助けてよ!
声の続く限りに叫んでいるとふと、赤ん坊の笑い声が聞こえた気がして私は叫ぶのをやめた。待っていた人の気配だけれども私の背筋はぞくぞくと何か這いずるような悪寒を感じた。耳を済ませばこつこつと本当に足音が聞こえる。
でも、待って?ここって牢屋だし来るのは兵隊か看守のはずよね・・・なんで赤ん坊の声なんか。も、もしかして本当に化け物!?ーーーーー私は怖くて目を閉じた。
足音が目の前で止まる。
「ジェイク何してるの?」
目を開けると王妃が居た。なんでやねん!私はあまりの拍子抜けに目を見開き、私は動けなかった。
「じぇ!じぇ!」
懐かしいフレーズと共に赤ん坊の笑い声が続く。ぼんやりと王妃の腕の中を見ればあのリーリス夫人の顔をした赤ん坊が居た。あのやたらリーリス夫人にそっくりなどこか不気味な赤ん坊だ。
「ひぃ!」
私は壁に張り付きそのままずるずると床にへたり込む。
赤ん坊はあろう事か鉄格子で唯一空いている食事の配給口から頭を突っ込み、中へ入ろうともがいている。なんかこういうちっちゃいのが襲ってくる映画観た気がするぅ!!
私は恐ろしさに悲鳴も出せない。
来ないで、来ないで来ないで!ホラーか!怖い怖い怖い。
「いや歩いてたらガイにこの嬢ちゃんの見張りを頼まれたんだ。あの野郎、俺ごと牢屋に投げ入れやがって・・・チビ助も連れて来たんだな。おぉ、よしよし引っこ抜いてやるから動くなよ。お前の可愛いお顔に傷が着いたら親父に殺されるから」
ジェイクが赤ん坊を掴んで牢屋内に引き入れる。
やめて、マジ入れるのやめて。
ジェイクは慣れたように赤ん坊を抱き、可愛くて仕方ないといったふうに頬ずりをする。
赤ん坊も嬉しそうな笑い声を上げた。
ひぃ、殺人鬼が赤ん坊を!いや、呪いの赤ん坊だわ!いゃぁああ!
怖い怖い怖い。なんで、どうしてこうなったの。私は声を出して泣き出す。もう怖くてどうしようもなくてどうにか涙でも声でも出して恐ろしい世界から遠ざかりたい。
「いゃぁ!こないで!なんで私がこんな目にあうの。ずっと、ずっとこの日ために頑張ってきただけなのに!」
「そうね、割と主人公にはスパルタなシリーズだったわよね」
「そう!ゲームなら開始時の主人公設定ちょっとエグすぎなのよ!活字読むだけならいいのに体験するとかどんだけしんどかった・・・・・・・え?」
私はただこのどうにもならない世界に恨み言を叫んだだけで
、思いがけず返ってきた答えに気づき驚きに口をつぐんだ。顔を上げて声の方を向くと美貌の王妃が同情する様に眉を下げて笑っている。
なんで、どうして私の思っている事が分かったの?
「な、なな何で?」
「貴方を招き入れた衛兵の彼。貴女の幼馴染は本来の話なら5年前に死んでるはずだった」
私は王妃の話に口を引き結ぶ。そう、彼女の言う通り。ゲームのプロローグでは亡くなった幼馴染が居たこの国が忘れられない主人公の描写がある。けど、それは私しか・・・いや、プレイヤーしか知らない『話』のはず!
私の言葉に王妃はため息を着くと、しゃがんで私に視線を合わせた。
「貴女と同じよ。貴女が知っていただいぶ状況が変わってしまったと思うわ」
「え?」
呆ける私に王妃は誰もが見蕩れる様な笑顔を浮かべた。
「はい!という訳て貴女は自分の今後の心配をしなさい」
「そ、そんな。心配って言ってもどうしたらいいのか・・・」
「うーん。実際、貴女が侵入禁止を無視して王妃の侍女にてをあげた事は事実だし。どうしたら庇ってあげられるか・・・」
すがる想いで思案する王妃を見ていると、後ろでからんと軽いものが落ちた音がする。振り返るとジェイクの足元に細い金の腕輪が落ちている。その腕輪には見覚えがあった。慌てて拾うと腕にはめ、ジェイク達から距離をとる。
王妃が『あら』と声をあげた。
「やっぱり貴女の物だったのね。実はその子が拾って遊んでいたから届けに来たのよ」
「コレは・・・トールがくれたの」
「近衛の彼ね。でも彼からのそんなに大事にしてるのに、彼自身はいいの?」
「い、いい子だけど幼馴染だし。命の恩人だから借りを返すって」
「そう。命は命で返してもらうんだ」
王妃の言葉に私は口をぽかんとあけたまま、しばらく彼女のことばが頭に入ってこなくて見つめ返す。
命で返すって、そんなことじゃなくて。ただ私を扉の向こうへ行かせてくれただけよ。・・そう王妃の警備に穴を空けてーーー
私は王妃の顔が見れなくて、床に視線を落とした。そのまま腕の力が抜ける様に汚れた床に顔を埋める。喉が苦しくて息がしずらい。震える声を絞り出す。
「トールは・・どうなるの?」
「そうね、裁判が開かれたら貴族では居られないし実家にも相応の処罰があるわ・・・ただ、ガイの怒りようからすれば拷問として殴り殺されるかもしれないわ」
「っぅ・・・・あの子は私の願いを聞いてくれただけなの。お、お願いします。助けて!」
「・・・貴女が手を引いて、協力してくれるなら」
「や、やるわ!なんでもするから。トールを助けて」
頭上でガチャりと音がした。恐る恐る見上げるとジェイクが牢屋の鉄格子を開け、にいっと笑顔を見せていた。それがあまり嬉しそうな笑顔で。
え、ゲーム絵よりドキドキするんですけど!!
「いい所で余計なフラグたててんじゃないわよ」
ジェイクの笑顔は王妃の怒りのビンタで瞬時に吹き飛んだ。
「なんて事もありましたの」
グレイの話に私はほうと息を吐いた。登場人物がどんどん出てきて、目まぐるしく話が進んで。途中私にはよく分からない所があったけれど。
「ふふふ。喜劇みたい。私、てっきり恐ろしい悪女の話かと思ったわ」
グレイは私の言葉にいつも以上に笑みを深くする。喉で笑う声が聞こえた。
「その後、事態を丸く納めるため『お姫様は幼馴染と添い遂げる為に王妃に直談判した』ということに。華々しい駆け落ち話として巷で盛り上がったのです」
「ふふ、素敵な話ね」
グレイは少し前かがみになると私の布団を整え、無造作に散らばった長い髪をすきながす。慣れた手つきは子供を寝かしつけるようだ。
私はされるがまま彼の顔を見上げる。そこでふと彼と目が合う。グレイは目が細く、弓なりになったその目は睫毛で瞳は見えないけれど私を見ていた。背筋をすっと寒いものがはしる。
「一方で現実は元々小さかった姫の国は王妃を危険に晒した責任を取ってこの国と不利益な条約を結び今では属国扱い。血は流されず丸く治りましたが、姫は一国の王女から辺境の下級貴族に・・・。そのうちリーリス夫人の不興をかったからだと囁かれるようになりました。女王陛下を操って王女を陥れたのだと。貴族でもない彼女が王宮の最深部に居る事に不信感を持つものは多く、噂は瞬く間に広がりました。それ以来彼女は畏怖の対象になっていった・・」
グレイの猫撫で声は甘くて重い。
少し彼が怖いと感じたけれど、彼の声を聞くにつれ瞼が重くなる。眠たいのに抗って口をあけた。
「じゃぁ、リーリス夫人は噂で悪女にされてしまったの?そんなの可愛そうだわ」
グレイは中腰から立ち上がり、私から視線を正面へ向けた。窓べの暗闇を見つめる様に。
「彼女は否定をしなかった、何故なら彼女は弱かったから。貴族でもない彼女に地位と権力などないわ。けれど畏怖の念は彼女や家族を守る盾になる。・・・そして、王家も彼女というカードを野放しにはしたくなかった。彼女はとても危うい存在だから」
「でも弱いってさっきは・・・」
グレイはまた小さく笑うと人差し指を唇に当て、2人しか居ない室で内緒話をするように密かに囁く。
「この世界は人間と魔族で構成されているように見えるけれどリーリス夫人はどちらでも無かった。いえ、肉体は人間だったのでしょうけれどその魂は人でないものだった」
「・・・なんだったの?」
私もつられてそっと囁くように問いかける。
見上げたグレイはまた私を見ていた。けれど先ほどと違ってほんの少しだけ瞳が見える。太陽に透ける琥珀の金色。その色を少し怖いと思う。
「ふふふふ、妖精ですよ。時に助け、時に惑わす。媒介が無ければこの世に実体を持たない幻のようなもの・・・覚えておいて。肉体を得た彼らは気に入った人に憑きまとう。気に入りに富と栄光をもたらすけれど、それが幸福とは限らないの。彼らは喜劇と悲劇を好み、そのためならばいくらでも残忍な手段をとれる。だから彼らに出会ったら容赦なく自分を守る為に殺してしまいなさい」
どうしてかグレイの言葉は甘く耳を通って私の中に染みていく様だった。忘れてはいけない覚えておくべきことなのだと思って。
古い家には屋敷僕妖精憑くのだという。森に住むエルフ達は妖精を神と崇めている。人と魔族の共存する祖国ではそこかしこに妖精の逸話が残っている。子供の時にお伽話を聞いただけで見たことはなくともどれも親しげな印象を受けるけていた。けれどグレイの言う妖精はそれとはまた違うのだろう。彼らと言った、では複数人居るのか。
「そんなに恐ろしいモノなの?」
また話してあげるわとグレイは言った。彼の手が視線を遮る。暗闇に視界を閉ざされる前に見た彼の手は華奢な印象があったのだけれど、長い指は鍛えられ硬そうで手の甲には大きな刺し傷があった。その手は私の瞼をそっと下ろし、寝かしつけるように優しくのせられている。彼の手は武人でもある父に似ていて、でも白い手のほのかな暖かさは母を思い起こさせる。子守唄のように彼は囁く。
「彼らに気をつけて。妖精は生き物を魅了し弄ぶ。その香り、その声、その音色に惑わされないで」
手から伝わる優しさと彼の底知れなさがないまぜとなり深く息を吐くのと同時に、混沌のまま眠りに誘われていく。
「弱いのなら強さを身につけなさい。貴女と貴女の大切なモノを守るのなら悪女になったっていいの」
遠くで可愛らしい鈴の音が聞こえた。
夢の中。私は誰かのひざに乗ってその人の胸で微睡んでいた。誰かが優しく髪を撫でている。
「ん・・かあさま?」
目を開けると木漏れ日と木の葉の緑、そして私をひざに乗せた人の綺麗な長い髪がサラサラと顔をくすぐる。その髪は白っぽいけど少しだけ桃色がかっていて優しい色をしている。これは子供の頃の記憶だと分かった。それっきりその人には会っていないから。顔はぼやけて思い出せないけれど愛おしげに私を見つめてくれた事は覚えている。ああそうだ私にはこの人が居たんだ。どうして忘れていたんだろう・・・わたしはひとりぼっちなんかじゃないーーー
うう、考えたけど明るいコメディ無理でした。
変態の私にはグロと変態要素が無いと書けない。
後半その予定なのでお気をつけ下さい;