お姫様。寝かしつけられる。
間がだいぶ空いてしまいました;
私はグレイの持ってきてくれたミルクを少しずつ味わうように飲む。ミルクだけではない甘みとほんのり大人のお酒の香りに思わず唇を舐める。きっと寝つきがいいようにと持ってきてくれたんだろうけど、私は寝つきがわるいんでなくて眠りたくないのに。彼の無言の圧力に負けて今日もミルクに口をつけてしまう。最初はただ怖かった彼の女性の様な話し方に慣れ、いや気が緩んでいるのかも。カップを置くとほうとため息が出た。
「私はこれからどうしたらいいのかしら」
何にも深く考えないで言った言葉だったけれど、あんまり情けなくて唇を引き結ぶ。私は仇の国の人に何を言ってるのかしら。彼の雰囲気が独特だったから、勝手に彼がなんの理屈でも超えた存在に思えたのか。けど、自立心の無さをわざわざ見せて彼が優しくしてくれるとでも?そうだだたとしてそれは本心から?いいようにされるだけなんじゃないかしら。
先ほどの発言を無かったことにして欲しいと、口をひらこうとした時だった。
「そうね。悪女にでもなったらいかがかしら」
耳触りの良い低い声が聞こえた。優しい声音だったから、内容を頭が理解した時に私は眉を寄せた。グレイの馴れ馴れしい話し方のせいで私の淑女もつい剥がれてしまう。
「私をからかってらっしゃるの?」
私の顔を見てグレイは張り付いた笑顔のまま、喉で笑う。
「姫様がここに連れてこられた理由は父王に変わり女王になってもらって、この国が傀儡として良いように使う為でしょう。姫様のように利発な方なら分かりきったことでしょうけれど。よくまぁ抵抗もなく恥知らずにも敵国の城までついて来たもよね。ええ、もちろん演技なのでしょう?淑やかに勧めらるままの道を歩き、いつ潰されてもおかしくないような人畜無害のそれはか弱い淑女を装って。これを機に敵国の懐に潜り込み、素直なふりをして味方につけ自国に戻り、いつかはこの国さえも乗っとるようなそれはそれは素晴らしい野望をお持ちなのでしょうねぇ。・・・でなければ、本当の阿呆でなくって?」
「うっ・・・」
容赦ないグレイの言いようにムッとしない訳では無いが、事実何も考えず惰性で私はここに来た様なものだ。来たはいいけれど、どうしていいか分からなくて途方にくれている。
「貴方は私にこの国をあざむけとおっしゃるの?そ、そんなの出来ないわよ稀代の悪女リーリス夫人でもないと無理よ・・」
「あら、彼女をご存知でしたの。では彼女が何をしたか知ってらっしゃる?」
私は彼のいう通り何にも出来ない人なんだと、そう印象付けたくてこの国の悪女と噂を聞いた女性の名前を出した。自国の女性を馬鹿にされてグレイが怒ってこの話が終わればいいと思ったのに。グレイは嬉しそうに私に問いかける。
「え、えっと。子供達を王族や有力者の縁者と結婚させ、裏でこの国を操っているとか・・・」
「クククク・・・まぁ、噂なんてそんなものね。彼女がどんな人なのか本当に知っている人は少ないわ」
「そうなの?本当の彼女はどんな方なのかしら?貴方はご存知なの
?」
噂でしか聞いたことのない女性だったからお伽話みたいに遠い人だと思っていた。けれど、お城に居るグレイは知ってるんだろう。話が自分から逸れたのもありがたかったし、何より彼女に興味がある。
悪女って言われるなんてどんな人なのかしら。
「そんなに気になるなら教えてあげましょう。でもベッドに横になって、お話が終わったら大人しく寝ること」
「まだ眠くないわ」
「ベッドに入らなければお話は無し。私は下がるけど?」
グレイに脅されて私は仕方なくベッドに入る。久しぶりにこんなに他人とお話しした気がする。もっと誰かの声を聞いていたい。
グレイはベッドの横に椅子を持って来て座ると私の髪をすいて整える。そんなことお母様と乳母にしかされた事ないけど、あんまり自然にするものだから違和感も感じなかった。いつも見て思うけどグレイって綺麗な手をしてる。
「さあ、お姫様。私にご命令下さいな」
「命令するの?」
「そうよ。これは国家機密ですもの。でも私の様な下々が王族の方にご命令されたら仕方ありませんからね」
私にはよく分からない理屈だけれど、グレイは命令されたいみたい。
「グレイ話して。命令よ」
グレイは貼り付けた笑顔を更に歪めてまたあの笑顔になった。たぶん本当に嬉しい時の彼の顔なんだろう。
グレイは今まで以上の猫なで声で話し始めた。
「喜んで。私の可愛いお姫様」
甘い声、皮肉な言葉、優しい指先。姿は全然似ていないのに誰かに似ている。私はグレイの話を聞くために目を閉じた。
お話がまだ出てこないです。
次回からは!