お姫様。オカマに出会う。
気軽に呼んでいただければ幸いです。
子供達のお話リクエスト頂きありがとうございます!
窓の外、暗くて見えないけれどさらさらと雨の音が聞こえる。灯りは寝室の窓辺に置かれたテーブルの上の小さなランプだけ。
私は侍女が置いていった水をちびりちびり飲みながらぼんやりと窓の外を眺めていた。眠くなくて。眠るのが怖くて、ただ時間が早く過ぎていけばいいのに。
数日前、私の国は近隣諸国に倒された。国王も王子も討たれ、ただ政略結婚のため育てられた王女の私は捕えられ、隣国の王宮に連れてこられた。あまりにも次々と色々な事が過ぎていって実感がわかない。父が兄が亡くなったのに悲しいとも思えなくて、自分はこんなにも薄情な人間だったのかとそればかり考えてしまう。私はただ従順に王女としての役割を果たす為に生きてきたから、祖国が無ければ何も生きている意味がない。この国はそれでも私の血が欲しいらしいけれど、何に使うのか。私は祖国の自尊心のために抗えばいいの?それともこの国に従順になって生きるべきなの?
どれだけそのまま時間が経ったろうか。控えめにドアをノックする音がした。私はびっくりして目を見開く。起きているつもりだったけれど、うとうと眠りかけていたのかもしれない。
「はい。何でしよう?」
「姫様。ホットミルクはいかがですか?」
「・・いただきます」
私が返事をするとドアが開き、お盆を持った男が部屋に入ってくる。女性の部屋に夜分遅くに男性が訪れることは非常識だ。けれど、不思議と彼ならそういうものかと思ってしまう。
この離れに軟禁されてから私が会ったのは3人。身の回りの世話をしてくれる若い侍女が2人、そして日が暮れた頃に時たまやってくる彼。彼は侍女達にグレイ様と敬称で呼ばれていたから、上級使用人なのだろう。夜に来るのももしかしたら日中はお城でお仕事をしているのかもしれない。
ここに来た初日、広間で王様に会った後に彼に引き渡された事は忘れられない。あの時私は敵国に捕まり言われるがままついては来たけれど、本当は心細くて怖くてどうしていいか分からなくて、でも無様な姿は見せられなくてどうにか取り繕って気丈な姫として立っていた。
これからしばらく彼に預けられると、そう紹介されたのがグレイだった。高い背丈に、灰色の髪はおかっぱ頭に切りそろえられ、後ろ毛だけ腰まで届くほど長くリボンで結ばれている。顔を見た時、昔持っていたお人形を思い出した。線で出来た目と口のぼやけた笑顔のお人形さん。小さな時はよく一緒に居たけれど、お兄様に取られてしまって・・・あれはどこえやったかしら。
グレイは頬に片手を当て、そのまま私を上から下まで見る。ここに来てから値踏みされているのは分かっていたけれど、あまりに露骨な仕草に驚いて私はぼんやりと彼を見つめていた。
けれど私の顔に戻ってきた彼の笑顔にすぐに私は総毛立った。
彼は口を釣り上げてにたりと笑っていて、口元に添えられた薬指が唇を撫でていた。薄く開けられた瞼から見えた黄色い瞳が薄暗い部屋の中で輝いて見えて。私はここで彼に食い殺されるんじゃないかとさえ思った。
「あらまぁ、しょぼくれた子猫ちゃんねぇ。私はグレイ。ここでの貴女のお世話は私がするの」
彼の薄い唇が開いて低い猫撫で声に本能的な恐怖心に奥歯を噛み締める。怖かった。半歩だけ退いてしまうくらい怖かった。
「どうぞ召し上がれ」
私はグレイの声に現実に戻される。目の前にはティーカップに入れられたミルク。ほんのりお酒の香りがするから何か果物のリキュールを入れたのかもしれない。彼は毎日違う果物のリキュールを入れてくれるから、少しだけそれが楽しみだったりする。
そういえば侍女のレラとロアはたまにグレイの事を影で『オカマ野郎』と言っているのを聞いたけれど。『オカマ』とはなんのことかしら。グレイに聞きたいけど、なんとなく聞いてはいけない気がする。
お姫様は箱入りなので下々の文化を知らないのです。