死人花の守人(#魔女集会で会いましょう)
Twitterに投稿していた分です。
Twitterでは文庫ページメーカーを使っていました。
こんな感じです→https://twitter.com/minatosetukasa/status/963808323018539008
「おいで」
低い声に呼ばれて、子供は怯えたようにそちらを見た。美しい子供だった。哀れなほどに美しい子供だった。まるで人形のように整った容姿は、白銀の髪に血色の瞳という色彩のせいで、ますます人間離れして見えた。色の白い肌も含めて、その姿は浮世離れしているのだ。
「おいで、子供」
彼を呼ぶのは、長いローブに身を包んだ人物だった。フードに隠された顔は見えず、掠れた声は男女のどちらであるのかすら解らない。けれど、それが女性であることを、子供は知っていた。知ってしまっていた。
――魔女。
眼前の相手がそう呼ばれる存在であることを、彼は知っている。知っていて、逃げるように後退る。例え全てに見捨てられても、戻る場所がもはや存在しなくとも。それでもやはり、人に良く似て人と異なる、魔女のその手を取ることは、出来なかった。
けれど。
「お前に拒否権など無いよ、子供。お前は妾に捧げられた贄。贄をどうするのかを決めるのは妾だ。おいで」
「……ッ!」
低い魔女の声。次の瞬間、彼の身体は彼の意思を無視して動き出す。魔女の元へと歩み寄る彼を、魔女は見ている。フードの奥から覗く瞳が、自分と同じ、まるで血のように真っ赤な色をしていると気づいた瞬間、彼の意識はぷつりと途切れた。
そして、魔女の贄として捧げられた子供は。
どさり、とその場に倒れ伏す人々を、美しい面差しの青年が見下ろしている。人形のように美しい顔立ちには、何の感情も浮かんでいなかった。白銀の髪、白い肌。血のように赤い瞳と、それよりやや薄いながらも赤みを刻んだ唇が何とも言えず美しい。けれどだからこそ、ただ、恐ろしかった。
「この先は、我が主の花園。立ち入ることは、決して許さぬ」
「お、お前、お前は、魔女の下僕か!」
「いいや。私は主の守人。この先の花園を守ることを命じられただけの身」
そうして告げて、唇にうっそりと笑みを浮かべる青年。ゾッとしたのか、男達が身じろぎして逃げようとするのに対して、今度こそ彼は、明確な笑みを浮かべた。瞳が笑わぬままの、実に美しい、柔らかく見える、恐ろしげな微笑であった。
青年の手にした杖が弧を描く。次の瞬間、そこから放たれた炎が、男達を焼き尽くす。けれどその炎は地面を焼かず、ただ、招かれざる侵入者達だけを、焼き殺した。
仕事を終えた青年は、ゆるり、ゆるりと花園へと向かう。彼の主、彼の愛しい人、彼の救い主の待つ、花園へ。そこは、一面の白い死人花が咲き乱れる、とても美しい花園だった。
「……主、今日もまた愚か者がやってきましたが、全て、滅ぼしましたよ」
咲き乱れる花の中央に、石造りの祭壇がある。その上に、魔女は横たわっていた。長いローブを身に纏い、フードの下から覗くのは口元だけ。胸の上で手を組んで、魔女は静かに眠っていた。
「……主」
青年は泣きそうな声で呟いた。どうして、と唇からこぼれ落ちた声は、迷子の子供のそれだった。置き去りにされた孤独な魂が、ただ、哀しみにくれるだけの、声だった。
……魔女は、贄として捧げられた子供を、育てた。厳しく育てた。一般常識から武芸、魔法に及ぶまで、ありとあらゆることを叩き込んで育てた。その意味を子供が考える余裕などないままに月日は過ぎ去り、そして。
――贄を喰らわなかった魔女は、青年を残して、永遠の眠りについた。
お前は同じ目をしていたから。魔女が贄を喰わなかった理由は、それだった。己と同じ色の瞳をした子供を、魔女は慈しんだ。だから子供の代わりに、自分が死ぬことを、選んだ。自分の死後、自分の愛したこの花園を護り継いでくれることを願って。
この花園は、この地の楔。この地を守るための守護者だった魔女が、いつしかその事実を忘れられた悲しい現実。けれど青年にはそんなことより、何より、ただ、魔女が生きていることが、喜びだったというのに。
美しい死人花の花園には、世にも恐ろしく美しい守人が、今も佇んでいる。
FIN
たまには雰囲気シリアスやってみた。(/・ω・)/
魔女と子供で無限に広がる可能性は楽しいです。
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