「僕らはいつも背中合わせの関係だった」で始まり、「全てを込めて「ありがとう」」で終わる物語
僕らはいつも背中合わせの関係だった。同じ年に生まれ、同じ場所で育ち、同じように未来を定められた。けれど僕らの関係はいつもいつでも背中合わせのものでしかなかった。横並びでも向かい合わせでもない。ただ、背中合わせ。誰より近しいはずなのに、決して互いを見ることがない。それが僕らだ。
とはいえ、それはあくまでも関係性の話であって、実際の日常生活ではきちんと向き合うし、隣を歩く。ただ僕らの関係が、心の位置が、どう足掻いても背中合わせでしかないだけなのだ。手を繋いだとしても互いの顔は見えない。僕らはそんな歪な関係で生きている。生まれた時から、ずっと。
「悪趣味だと思わないかい?」
「別に」
僕が若干の苛立ちを込めて問いかけても、相手は淡々とした返事しかしてくれなかった。まぁ、このやりとりが何度目になるのかと思えば、相手の反応も理解は出来るのだけれど。
それでもやっぱりちょっと納得出来なくて、僕はぐるりと振り返った。
「そもそも僕らに優劣なんて無いはずだろう?なのに何でこんなことになってるのさ」
「そういう星回りだ」
「だから、そういう話じゃなくて」
「諦めろ、兄上」
「……その呼び方は好きじゃない」
何の感情もこもらない呼びかけに、僕は小さく呻いた。僕らの間にそんな呼び名は意味が無い。昔から。
「兄上は兄上だろう?」
からかうように笑うその顔は僕によく似ていた。まるで鏡映しのように同じ顔。違うことといえば、僕の瞳は両目が緑で、彼の瞳は黒だというところだろうか。それでも僕の瞳の緑は濃く深い色合いで、近くで見なければ緑だとは解らない。だから僕らを見分けるのは難しい。
けれど、これほどに良く似た容姿をしていても、僕らの間に血縁関係はなかった。いや、もしかしたらほんの少しぐらいはあるのかもしれないけれど。けれど少なくとも僕らは兄弟じゃないし、いとこやはとこという程度の近しい血のつながりを有しているワケでもない。
それでも僕らは、良く似ていた。
運命の悪戯だ。ただの偶然だ。幼い頃に、背格好の似た子供を側役にと引き合わされた。その頃は気づかなかった。けれど僕らは、成長して行くにつれて良く似ていく。恐ろしいほどに似ていく。まるで、本当に双子の兄弟であるように。
「便利な影武者だろう、兄上?」
「だから、そう呼ぶな」
側役、右腕、護衛、秘書。言い方は色々あるだろう。彼は僕の腹心の部下ということになっている。けれど彼の姿が僕とそっくり同じように成長していくから、周囲の大人達は彼に別の役目を与えてしまった。僕が決して望まない、役目を。
……君を影武者にしようなんて、これっぽっちも思っていないのに。
「こんな面倒な場所、さっさと逃げ出したいよ」
「聞かなかったことにしておこう」
「君はズルイね」
「そうか?」
僕と同じような顔、同じような声。それなのに僕と違って何にも感情を動かされない彼は、いつものように淡々と答える。誰より近く、誰より遠い、僕のたった一人だけの本当の味方。
「君はズルくて、優しい」
「兄上は物好きだ」
「だから兄上って呼ぶないでってば」
「無駄に怒られたくないんだ」
彼が僕を兄と呼ぶのは、対外的に僕らは双子という風になっているからだ。馬鹿馬鹿しい。仮に双子だとしたら、なんで弟が兄の忠実な部下みたいになってるんだ。そんな兄弟は歪だろうに。
僕のために、彼は手を汚す。僕のために、彼は傷つく。僕が前を向くことしか許されないように、彼は僕の背に広がる影だけを見据えることを強いられる。僕らはそんな風に運命付けられて、二人揃って縛られたままだ。本当に、現実は残酷で醜悪だと思う。
そこまでして守らなければいけないのだろうか。
古い家柄というしがらみ。そんなものは僕らにはいらなかったのに。幼かった頃、お前の片翼だといって引き合わされた彼に僕は確かに感謝した。喜んだ。けれど、待ち受ける未来がこれだと知っていたならば、僕は彼を全力でこの家から逃がしただろうに。
「兄上」
「……何?」
「余計なことは考えるな」
「別に、余計なことじゃないよ」
「余計なことだ。俺は今ここにいる。いることを選んだ。それが真実だ」
「……僕のおとーとは男前すぎて困ります」
「それはどうも」
「褒めてないよ」
軽口に紛れて告げたのは紛れもない本音だった。強くて優しくてズルイ僕の片翼は、どこまでも男前だった。
縛られるのは僕だけで良かった筈なのに。側にいると約束してくれた彼は、今も変わらず僕の側にいる。縛られて動けない僕の隣で、同じように縛られてくれる。その優しさが嬉しいのに、何で逃げてくれなかったのと言いたくなるから、不思議だった。
それでも、僕は思う。全てを込めて「ありがとう」




