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三秒前と、お別れしよう  作者: 優衣羽
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君が好きだった


一つの区切りと想いの終わり






一生涯をかけて、やり直したい瞬間がある。多分その瞬間をやり直せるなら死んでもいいくらいには人を傷つけて、その瞬間をやり直してしまえば今の私はここにいない。それがどうしようもなく悲しい。


僕の小さくて大きな後悔の話だ。


三秒前に戻れたならと、何度願った事だろう。時間はいつの間にか、三秒ではなく三年の月日を越してしまった。臆病で怖がりで強がりな僕は、ずっとずっと逃げていた。


それが今日、どこかで終わった気がした。


このエッセイという名を冠した日記で度々言ってきたのだけど、僕には一つの後悔がある。その大きさは計り知れないが、もしかしたら小さじ一杯の重さかも知れないし、惑星と同じくらいの重さかも知れない。僕にはまだよく分からないけれど、三年も後悔し続けているのは、多分大きな方なのだろうな。



僕の学生時代の話をしよう。


僕は基本、プライドが高くて、結果論が全てで、折れる事を知らなくて、強がりで、そして誰よりも臆病で弱音を吐く事を恐れ続けていた。今でこそマシになったものの、元の僕はそんな最低な人間だ。

誰かからの愛がほしいくせに、それを求めるために自分を変えようとしない。そのままの自分を好きになってほしいなんて酷い話だ。だってそのままの僕は最低最悪な奴なのに、そんな奴をどう好きになろうか。



好きという言葉から逃げた。嘘だと疑い続けた。だから、強がって強がって照れ隠しで酷い言葉を放った。


多分怖かったのだ。自分自身に自信なんて一度も持てた試しがなかった。何か一つが特出していないと、人は愛されないものだと思っていた。そんな事をしなくても、幸せになれたはずなのにね。


弱い所を隠すように強がって、虚勢を張った結果が、他人を酷く酷く傷つけた。僕はあの日の君の顔を忘れる事は出来ないだろう。一瞬、固まった後、貼り付けたように笑っていた事を。それをさせたのが、僕だという事も。謝るに謝れなくて、どんどんどんどん離れて行って。一年後に会ったのに話せないままで。今、ここに来てしまった。



僕はこの歳になってようやく、自分の非を認める事が出来るようになった。他の誰かに、後悔の話を泣きも笑いもせず、ただ、穏やかに話せるようになった。そんな事もあったんだよって。意地っ張りだったんだよって。馬鹿みたいだったねって。本当は今すぐにでも会って話したいし、今すぐでもその手を握って謝りたい。許してもらえなくても、一生嫌いなままでも構わない。ただ、君に大きな傷を残したままなのが嫌で嫌でたまらない。



多分一生、この傷痕はついて回るだろう。二度と会えそうにない人を馬鹿みたいに想って、書く事を始めた愚か者の話だ。僕が僕である限り、不意に君の声は聞こえるし、街中でその姿を探してしまうし、どこかで幸せになってくれていれば良いと思うし、もしもがあったならと心の隅で思うかもしれない。



けれど、現実は小説より奇なりで残酷である。もう二度と、会える事はないだろうし、もう二度と、伝えたかった言葉は遮られるだろう。

だから、もしもを願わなくなった。僕はただ、君に謝りたい。ここに書いても届かない事は分かっているけれど、行き場のない想いをしまっておく場所がないから、ここで綴るだけだ。元気でいてくればいい。誰かと楽しくやっていればいい。運命の相手にでも会って、幸せに死んでほしい。



ただ、僕は君が好きだったんだ。今まで生きてきた中で一番、君が大好きだった。


君を起こす事から始まった日課は、いつしか癖になってしまって君がいない事に慣れなかった。

おはようとぶっきらぼうに返すその背中が、目に残り続けたんだ。

背が低い事を気にしている君の隣に背が高い僕が並んでも、君の方が数センチ勝っていてそれだけで何だか嬉しくなったんだ。

僕の愚痴に付き合いながら、ただ隣にいてくれた君にずっと安心していたんだ。

口パクで話した後、嬉しそうに微笑む姿が伝染してしまっていたんだ。

口数は少なくとも、面白い事は言えなくとも、いつだって真摯に僕に向き合ってくれていた事が、嬉しくて泣きそうだったんだ。

君の日常に僕が存在する事がいつしか当たり前になっていったのが何だかくすぐったくて可笑しかったんだ。

寒がりの僕の為にカーディガンを貸してくれた事。

本当は持っていたくせに忘れたふりをした私物。

端正な横顔の目尻に笑い皺が出来る事。

時には強引に引っ張ってくれた事。

大して仲良くなかった時、僕にだけに強要されたハイタッチ。

初めて話した言葉は、売り言葉に買い言葉だった。


僕はその言葉を、未だにずっと憶えているんだ。


あそこまで好きになった人は人生で初めてで、あんなにも傷つけた人は人生で初めてだ。


君が好きだったって言う事を、他の誰かに言えるようになった時、ようやくそこで何かが終わったんだ。



ああ、僕は君が好きだったからあんなにも照れ隠しをしてしまっただけで、僕らはお互いに言葉が足りないから、戻れなかったんだと。


僕の物語はここで幕を閉じる。この先色んな出会いがあるだろう。けれど、もう二度と、泣きたくなるくらいに会いたい人は現れないだろう。だってそうなる前に、僕が会いに行くから。同じ轍を二度も踏みはしない。



君が忘れていて僕を嫌いになっていて、それでも僕だけが君を想い続けているなんて馬鹿みたいだろう。気持ち悪いだろう。自覚はあるんだ。でも、僕がまた前に進むまではこのままでいさせてくれ。


君に会えるはずもないくせに、一縷の望みをかけて出かける僕を許してくれなくてもいい。嘲笑ったって構わない。憶えていなくても構わない。ただ、僕の自己満足だ。君に謝りたい。君の傷を少しでも早く消せればよかった。それが僕の呪いになるなんて、思いもしていなかったって。


もし、奇跡が起きてもう一度があったなら。


僕はまず君に謝ろう。心からの謝罪と、もう二度と会えないだろうからと、渾身のさようならを口にしよう。



けれど君を好きだった気持ちだけは、今更伝えても意味がないからそのまま僕の心の奥底に眠らせよう。いつか僕に伴侶が出来て、子供が出来て、その子供が出来て、命が終わる最期に。



君が好きだったと思い出して笑おう。

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