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三秒前と、お別れしよう  作者: 優衣羽
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空気の匂い


春の匂いがする










何度も口にしたと思うけれど、春が好きだ。春の始まりが好きだ。まだ寒い空の下、空気の匂いだけが春になっている、あの瞬間が好きだ。春一番が吹く、どうしようもなく恋しくなって、胸が少し締め付けられる。鼻の通りが悪くなる。ちょっと花粉症気味になる。それでもやっぱり、初春が好きなのだ。


昨日から空気の匂いが違っている事に、一体どれほどの人が気付いているのだろう。

冬のツンとする、悲しくなるような空気の匂いではなくて。

胸が締め付けられるような切ない恋をした、そんな春の匂いに変わっているのに、僕らは何も気づく事なく足早に歩いている。今、この瞬間。この空気の匂いを嗅げるのは今しかないのに。少しでも足を止めようとしない。空を眺めようともしない。深呼吸すら出来ない。


僕が思うに、ストレスの解消方法ってこんなちっぽけな事で良いと思うんだ。

日々の疲れを取る方法は人それぞれ違うだろうけれど、ふとした時に立ち止まる事だと思うんだ。

それまではいっぱいいっぱいで気が付かなかった事が沢山溢れている。僕だってそれに気づいた。

長年住んでいた町も、見上げた時に気づく。電線が蜘蛛みたいだとか、見た事ない景色だったとか。それに気づけた事で、少しだけ心に余裕が出来る。四季を愛でる余裕が。


空気の匂いに気が付くと、その時に聞いていた音楽をもう一度聞きたくなる。

少しだけ目を瞑って、その時間に浸ろうとする。そうやって今日も生きて行く。


一年前と変わった事を思い出して、過ぎてしまえばあっという間だったと口にして。

あの時より成長したんだとか、ちょっと頑固になったとか、初心を忘れずにと再び考えたりとか。人はいつ死ぬか分からないから、次の桜が咲くまで生きていれたらいいなとか。

あの入道雲が浮かぶ所をもう一度見たいなとか、舞い散る落ち葉も枯れる木々も、暖かな部屋の中で見た白銀の世界も、もう一度見たいから頑張って生きようかなと思う。所詮人間そんなもん。


死にたい理由はいくらでも思い浮かぶけれど、生きたい理由は中々思いつかない。だから、もう一度桜が見たいからとか、そんな理由でここに立っている。それで良いと思う。

やらなくちゃいけない事は投げ出せる。それはもう簡単に。でも、やりたい事は投げ出せない。だって、心から望んでいるから。それをやりたいと、切望しているから。


正直でありたいなと思う。他人にも自分にも。それでどんな結末が待っていようとも。言えば良かったなんて事、もう二度としたくないから。


もう一度、息を吸って。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 空気の匂いが違っている 次の桜が咲くまで生きていれたらいいな もう一度見たいから頑張って生きようかなと思う 考えたこともありませんでした。そんなこと感じたことなかったです。やっぱり、見て…
2021/08/13 14:41 サットゥー
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