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三秒前と、お別れしよう  作者: 優衣羽
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ヒーロー

誰だってヒーローになれる


僕だけのヒーロー



幼い頃憧れた日曜朝のヒーロー達は、いつだって誰かを助けてきた。

男の子なら一度でも憧れたはず。『ヒーローになりたい』。


けれど現実は残酷だ。

日曜朝のヒーローはただの人間だったし、特別な力も何も持っていない。

自分自身は誰かを助けるほどの力を持ち合わせていない。

敵は襲い掛かってこないし、変身する術もない。


でも、私は誰だってヒーローになれると思っている。


特別な力はなくとも。弱くとも。顔も名前も知らなくとも。

皆、誰かのヒーローになれる。



私のヒーローは小さい頃から隣にいた。

でも、ヒーローだと気が付くのは随分後の事だったと思う。


一つ違いの兄がいる。小さい頃からずっと一緒にいた、双子のようでちゃんとしたお兄ちゃん。

幼い頃から彼の後を追いかけていた。


彼は優しくてしっかり者で頭が良くてモテて、まさに少女漫画に出てくるようなそんな人だと思う。

一つ違いの妹は、彼の背中をずっと眺めていた。

幼稚園の時、彼が家にいなくて泣きじゃくった。幼稚園に入ってからも、馴染めない妹の隣に兄は必ずいた。お迎えのバスが着て、二人で手を繋いで向かおうとしたら妹が転んで兄も巻き添えを食らい、二人して転んだ。泣きじゃくる妹に、妹より泣き虫なはずの兄はその手を離さず我慢して『大丈夫だよ』と言ったらしい。そのまま家に着くまで、その手はずっと繋がれたままだったらしい。


そんな話を、母から聞いた事がある。


思えばいつも隣にいてそれが当たり前になっていた。


けれど優秀で人気者の彼は、色気づいた女の子にとても注目されていた。

何度だって比較されて、何度だって卑下された。


私は兄が嫌いだった。


彼が悪いわけではない。むしろ、非はこちらにあるのかもしれない。

けれど比べられる事に、いつも自分が惨めな立場にいる事に耐えられなくて彼に冷たく当たった。


けれど18歳の誕生日、彼はやっぱりヒーローだったのだと思い知らされた。


18歳の誕生日、平日だったはずの学校が休みになった。

突然の事で予定も入れていない私は一人、昼過ぎに起きて一人で好きな所に行った。

電車に乗って行った事のない土地へ、足を運んだ。


友達がいないわけじゃない。仲の良い子だって沢山いる。

けれど休日になった誕生日を当日に祝ってくれるレベルの友達はいなかった。


それで良いと言い聞かせた。寂しい思いを我慢して、自分は好きな事をするのだ、誕生日に貰った一万円札を握りしめて。


一万円で行ける世界は限られていた。結局私は午後6時過ぎに家に帰ったのを憶えている。


家に帰っても、その中は自分が出て行った時のままだった。


たまたま。偶然が重なってだと思う。両親も兄弟もまだ帰ってはいなかった。

真っ暗の部屋に電気をつけて、ただテレビで流れるとりとめのないニュースを眺める。



自分が欲しかったのは、物でも現金でも何でもない。


ただ、おめでとうと面と向かって言ってくれる。今日だけは愛をくれる。

そう、ただそれだけが欲しかったのだ。


所詮自分はこんなものだと思った。きっとこの先何年も同じ事を繰り返すのだろう。

人のいない空間で、画面の向こうで言われたおめでとうにありがとうとだけ返して。

ただ、テレビを眺めていつもと同じ生活をするのだろうと。


虚しかった。悲しかった。産まれた日くらい祝福されても良かったはずなのに。


涙が出かけた時、玄関が開く音がした。

そこにはいつも9時過ぎに帰ってくる兄の姿があったのだ。


私は驚いた。『どうして?何でここにいるの?』、と。

でも彼はただ一言、『お前今日誕生日だろ』。そう言っておめでとうと言った。


一人で食べるはずの夕食は、いつも手伝えと小言を言っていたはずの兄の手で注がれた。

一人で座るはずの食卓は、隣に当たり前のように座る彼のおかげで二人になった。

普段と変わらない料理は、彼のプレゼントで少しだけ豪華になった。


『ありがとう』。


そう言えば彼はこう言うのだ。『当たり前だろ』。


違う。

少なくとも数秒前の私はそれが当たり前でなかった。

彼が当たり前に変えたのだ。


そして再確認する。

幼い頃から憧れたヒーローは、こんな近くにいたのだと。


ヒーローは誰かを救う、憧れの存在だ。

私もこんな風に、当たり前に隣にいて誰かの心を救えるようになりたいと思った。


ヒーローは近くにいる。

私達が気付いていないだけで。

沢山救われた。欲しい時に欲しい言葉をくれた人。

折れる寸前の心を、支えてくれた人。


誰だってヒーローになれる。もしかしたらたまたま読んだ本や漫画の台詞に救われるかもしれないし、話した事のない人に救われるかもしれない。果ては芸能人や架空の人物の一言かもしれない。

もしかしたら自分も、誰かのヒーローでありヴィランかもしれない。


創作上の凄いヒーローが好きだ。格好いい。憧れる。

でも、自分のヒーローは身近にいる。

例え特別な力を持っていなくとも。


自分にとってのヒーローは、きっと誰かにとってもヒーローだと思う。


いつか、自分もそうなりたいと願った。


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