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三秒前と、お別れしよう  作者: 優衣羽
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最後に掴みたい

最後に掴むもの










沢山の出逢いの中で、沢山の関係を築いてきたはずだ。それは人に誇れるほどのものではないけれど、多くの財産に出来る訳でもないけれど。それでも、歩いてきた。今ここにいる。明日はその先へ、一か月後は、一年後十年後はもっと先へ歩いている。そうだといい。


失うものもあった。幼い頃はお世辞にも裕福とは言えなかった。1LDKのアパートに、まだ4人だった家族で川の字になり寝ていた。裕福ではなかったけれど、不便に思った事も、嘆いた事もなかった。両親が好きな事をさせてくれたから。お金なんて気にしなくていい、お前はお前のやりたい事をやれと、そう言われて育ってきた。本当に感謝している。おかげで沢山の経験を積む事が出来たから。いつか、自分に子供が出来た時、同じようにしてあげたいと思う。

お世辞にも裕福とは言えない世界で、味噌汁の中、星型の麩が入っている事が小さな楽しみだった。まだ幼稚園の幼い兄妹にとって、小さいようで大きな楽しみ。私達は麩が好きだったから、あまり食べ過ぎないようにと母は調節していたらしい。普通の麩より少し高いから、いつも出てくるわけでも無くて。それは確かに楽しみだった。


そして十年以上経った今、生活は潤いに満ち、お金に困る事態は無くなった。実際出費はあるけれど、誰の目から見てもある程度のお金がある家庭になった。困る事は無くなった。けれど一番幸せだった時代はいつかと聞かれれば、私は1LDKにいた当時だと答えるだろう。

ついこの前、母が星型の麩を見つけた。久々に食卓に出てきたそれは、もうずっと昔の懐かしい話で。最初は憶えてもいなかったくらいに。

当時、4、5個しか入っていなかった麩は、珍しく料理に参加した父の手により15個くらいに跳ね上がっていた。どうやら大量投入したらしい。笑いながらそれを食べたが、何だかどうしても切なくなった。


あの頃よりもずっと裕福になったのに、大人になったのに、それなのにどうして悲しくなるのだろう。もう、星型の麩に喜べる歳ではなくなったから。麩の数なんて気にしなくてもいいくらいに生活が潤ったから。違う、変わってしまったありがたみにだ。


もう、あの星型の麩はありがたみもなく大量に入れられるだろう。思い出の中、味噌汁に入っていたそれとは違って。変わってしまった。変わるのが当たり前なのに、それなのに悲しくなった。もう一度、ありがたいと思えない自分になってしまった。純真はこうやって色を変えていくのだろう。


変わっていくのが当然で。けれどそんな世界の中で、変わらないものが欲しいと願った。それはとても難しいと思う。だから最後に掴めるものが、愛する人の手であって欲しい。こんなにも落ちてしまった自分と同じように、純真さを失くした自分と同じように、沢山汚れて落ちたその手を掴みたい。綺麗なままの手なんて掴みたくない。

共に汚れ切ってボロボロになってくれる、変わらない君の隣にいたいと願う。

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