表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/57

47 嬉泣

「落ち着いたか?」


 エマの耳に届いたのは、咎めるようなものでなく、こちらを気遣う柔らかなレナート様の声。

 自分のものではない温かさが服越しに感じられ、一瞬自分がどこにいるのか戸惑った。


 濡れて張り付いたように中々開かない目を時間をかけて開けめると、まず目に入ったのはぐっしょりと濡れたシャツ。おずおずと上を見上げれば、声から予想した通りシャツの相手はレナート様だった。どうやら座ったままレナート様に抱き抱えられているらしい。


 私、どうしてここにいるんだっけ?


 エマはぼんやりとしたままレナート様を見上げていた。

 後頭部には何度も往復する大きな手の感触がした。どうやら髪を撫でられているらしい。


 室内の様子から、エマがいるこの場所はレナート様の私室であり、今では自分の部屋でもあるということが分かった。ただいつどうやってここへ来たのか、どうしてレナート様の膝の上に乗せられたままソファにいるのかが分からなかった。

 

「ああ、目が随分と赤くなってるな」


 ただでさえ近かった距離にあったレナート様の顔がさらに近づいてくる間も、ぼうっとしたままだったエマは止めるという考えが浮かばず、動けなかった。あっという間に視界はレナート様の顔でいっぱいになった。

 目を閉じるということもせずにいるエマの目の下を、レナート様の唇が小さな音を立てながら、まだ微かに残っていた涙を吸い取っていった。


「―――!?レ、レナート様!?」

 驚いたエマは触れられた箇所を手で押さえた。唇が離れたのだからそこには熱が残っている筈もないのに、触れられた場所は熱くなっている気がした。

「涙はようやく止まったみたいだな。目が赤くなったエマもウサギみたいで可愛いが」

 目の高さを合わせたレナート様にじっと覗き込まれた。

「かっ、可愛い!?」

 泣き顔を覗き込まれるのも困るが、泣き明かした顔もくしゃくしゃになっている筈だ。泣き顔なんて絶対に可愛くないとエマは思った。

「勿論。俺はどんなエマでもすべて可愛いと思ってるよ。それは昨日までのエマも、今日からのエマも変わらない。俺にとっては違いなんてない」


 どうやら本気でそう思っているレナート様に、目の下に続いて左のこめかみにそっと唇を当てられたことで、ようやくエマは自分が泣いていた理由と、ここにいる理由を思い出した。

 二度目にキスを落とされた場所は、傷跡があったはずの場所だった。


 夕食を終えた後でホノカさんに連れられ部屋に行き、そこで魔法でエマは消えるはずがない傷跡を消してもらったから泣いてしまったのだった。

 こたつという見慣れない暖房器具の場所に座り、ホノカさんに足、腕、顔の順で魔法を掛けられた後、手鏡を見せてもらった時の衝撃はきっと生涯忘れられないだろう。


 目を大きく開けたまま、驚く自分の顔が映る鏡の中には、八年前に怪我をしてから決して消えることがない傷跡が、どこにあったのか探しても見つけられず、綺麗に無くなっていた。

 指であったはずの箇所を触っても、なだらかな肌が感じられるだけだった。


 エマは鏡を手に持ったまま、知らず流し始めた涙は途切れることなく次から次と溢れ出てきてしまい、ホノカさんに「有難う」とたった一言を伝えるためのお礼の言葉すら苦労するほど泣いてしまった。


 涙が止まらないエマの背中を、ホノカさんが宥めてくれたのは薄っすらと覚えている。あまりにも泣き止まないことを心配してホノカさんがレナート様を呼んでくれて、その流れでここへ来たという。


「済みませんでした。レナート様に随分とお手数をおかけました。ホノカさんにもお礼をきちんと言えてないから、後で改めてお礼を言いに行かなくては」

 顔にいくつもキスをされることに恥ずかしさを感じながら、エマは迷惑をかけたことをまず謝った。泣き止まないエマをここに連れてこさせた手間や、シャツの一部を随分と濡れさせてしまったこと。

 痛みや口惜しさで泣いていたのでなく、理由が嬉しさからとはいえ、泣き止まない相手など面倒臭かったに違いない。


「何を言う。どんな理由であれ泣いている妻を放っておけるか。こういうのは寧ろ役得というものだ」

「役得、ですか?」

 エマには何が役得なのかさっぱり分からなかった。柔らかな表情のままなレナート様は嘘を言っているようには見えなかった。


「どんなエマでも可愛いって言っただろう?笑顔が一番好きだが、泣き顔も結構可愛いぞ?でも俺以外には泣き顔は見せないように」

 えっと。

 レナート様に両腕でぎゅうっと抱きしめられてしまった。頬に当たるシャツが濡れていて少し冷たい。

「誰にもですか?」

「誰にも。ホノカにも、だ。・・・出来るものなら俺が傷を治したかった・・・。けど、傷を治すのには光の『涵養』と『治癒』、水の『創成』と『生殖』を使うと言われると、な。風、水、空の魔力を持っている俺では到底出来ない魔法だ。普通は二人かかりで使う魔法なんだがなぁ。ホノカは全くつくづくとこちらの予想を超えるヤツだ」


 ・・・そんな大変な魔法を一人でやってのけてしまうホノカさんって・・・。


「凄いですね」

 そんなありきたりの言葉しかエマは出てこなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ