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助けてくれたのはまたしても同じ人だった。

 エマの左足は昔の怪我が元で歩くたびに痛みが伴う。分かっているのに今回は無意識に左足から踏み出してしまった。結果、短い時間に同じ人に三度も助けられるという失態を犯した。


 エマは実の父親にも抱き上げられ甘やかされた記憶はない。

 私を転ぶことから助ける為とは言え、見目好い男の人の広くて逞しい胸に引き寄せる様にされているこの現状に混乱し、恐れ多くなんてことをと血の気が引くやら、相手の爽やかな香水の香りにクラクラして頭に血が上るやら、とても平静では居られなくなった。


「す、すみません、何度も助けて頂いて」

 エマはゆっくりと立ち上がられてもらいながら、赤面した。

 普段は歩くことに十分すぎる程気を付けているのに、履きなれていないヒールと、硬質な床材のせいでどうにも歩きづらい。こう何度も転びそうになったのは、怪我をした当時10才頃以来だ。


「貴方はもしかして怪我をしたのを我慢しているんじゃないか?捻って捻挫でもした?」

 とっさに痛いと言ってしまった私の声が聞こえたのだろう。微かに眉を寄せたまま、私を支えてくれてくれている腕を離そうとしない。

「違います。怪我はしてません」

「でも、今痛いって言ったのを確かに聞いた」

 エマはぐっと答えに詰まったが、今怪我をしたわけではないことは自分が一番分かっている。

「本当に怪我をしたわけではないのです。私の顔を見て頂ければ分かるように、以前に大怪我をしたことがあるのですが、その時に足に障害が残ったので、少し傷みを感じただけですから。みっともない私と一緒にいると、貴方様まで他の方から冷たい視線にさらされますから、どうぞ離して下さい」

 お願いだから離して欲しい。

 異性とは勿論だが、亡くなった母以外に人とこうして触れ合うこと自体が殆どない自分には、許容限度を超えていてどうしていいのか分からなくて、距離を取りたくて仕方がない。

 実に困ってしまい、涙が浮かんできそうだ。


「あー、レナート兄さん、女の子を泣かそうとしてるー」

「なっ、人聞きの悪い事を言うな」

 私の事を心配してくれていたホノカ様は、今度は兄をからかい始めた。ころころと変わる喜怒哀楽が実に可愛らしい人だとエマは思った。

 が、はたと気づく。


 レナート兄さん?


 レナート兄さんと呼ばれているだから、当然ホノカ様のお兄さんという訳で。という事は、何度も助けて貰った人は・・・。

「あの有名なレナート・シルヴィオ様ですか!?」

 人付き合いが少なく、世間知らずだとは自分でも十分自覚はしていたが、ここまで鈍いとは思っていなかった。さっきから周りにいたご婦人方が散々噂をしていたのだから、もっと早くに気づこうよ自分!

 そうは思っても今更どうにもならないことは承知している。

「有名かどうかまでは知らないが、その通りです」

 少し前まで国一番の魔法使い手と謳われていた超有名人だと今頃になって理解し、注目されている視線が痛いと感じているのは勘違いではないことが分かった。

 じとりと変な汗が噴き出てきた。そして、会場入りしてから時々当てられていた同情の痛みや蔑みの視線は、いつの間にか変化していたことにようやく気づいた。

 私って相当鈍いのかしら・・・。


 特に適齢期の女性からの視線が怖い。恐怖だ。睨まれていると言っても過言ではないだろう。

「改めまして。私はボードワン・シルヴィオ子爵の三男レナート・シルヴィオです。城のマギ課室長を務めております」

 胸元に軽く片手を置き、腰を曲げた状態で改めた口調でエマは挨拶を受けた。

(・・・レナート・シルヴィオ様)

 そんな有名な方が自分の目の前にいるのに、まだ信じられない部分があった。


「私はセオドール・シルヴィオと申します。シルヴィオ子爵様の養女のホノカ・シルヴィオの夫であり、近衛騎士団第一部隊に所属しております」

 続いてホノカ様の後ろに控えていた男性からの挨拶も受けた。


 周りからの視線がどうあれ、呆然と佇むわけにはいかない。ましてや逃げだすことなんて許されることではない。

 エマは勇気を奮い起こしエマは背筋を伸ばした。スカートの端を少し摘んで自分の名前を名乗った。

「私はバシリー・マクレーン男爵の嫡女、エマ・マクレーンです。私の事はエマとお呼びください」

「エマさん、ですね。では、私の事はどうぞ、レナートと呼んでください」

 ひぃっ。何故、自分はこんな羽目に陥っているのか。

 殺気が瞬時に増したのを全身で感じ取ったエマは身を強張らせた。

「せめて様付で。恐れながらレナート様と呼ばせていただきます」

 逃げたい。この場から直ぐにでも逃げ出したいっ。


 先程まで思っていたのとは違う意味で、この会場から本気で帰りたいと願ったエマだった。

 逃げ腰になっているエマのそんな思いを打ち消してくれたのは、また自己紹介を受けてないホノカ様からのお誘いの言葉だった。


「初めまして、私はホノカ・シルヴィオです。えーと、レナート兄さんと同じくマギ課で働いてます。私の事はホノカと呼んでくださいね。で、エマさん早速相談なんですが、ここを移動して医務室に行きましょう。まずは足が本当に怪我をしていないか確かめさせてください」

 ホノカさんはにっこりと笑い、私の手を握った。

 ええーっと。こういう時はどうすれば・・・。

 突然手を握られエマは戸惑った。対処の仕方が分からず途方に暮れた。

「でも、本当に私怪我はしていないので」

 この場で足を見せることが出来れば一番いいのだろうが、家族でもない人前で足を見せることははしたない行為だ。大勢が集うこの場では出来ない。それに足にも怪我の傷跡があるので出来れば誰にも見せたくない事情もある。


「それでも実際に見せて頂きたいのです。そうしないと私も兄も納得出来ませんから。で、その後で一緒に美味しいお茶とお菓子を食べましょう、ね?ね?私、エマさんといっぱいお話したいなぁ」

 駄目?とホノカさんに可愛く首を傾げて強請られた。余りにも可愛いおねだりを受けたエマは悶えそうになった。

 

 お受けしたいっ、ホノカさんとのお茶、是非ご一緒したい。お話もしてみたい。

 同じ年頃の友達なんていないエマには魅力的なお誘いだった。(この時エマの頭の中からはレナートとセオドールの事は綺麗さっぱり忘れられている)


「えっと、父からこの場から移動するなと言われているので、離れたくないのです。それに、あの本当にこんな私と一緒にいるとホノカさん達まで他の方から変な目で見られてしまいますから」

 思わず頷いてしまいそうになったのをぐっと堪えた。

 エマの顔や体には傷が残っている。ドレスを着ているが、肌が露出している部分にも傷跡が見えているので痛ましそうに見られたり、露骨に拒絶を含む視線にさらされることが多い。

 そんな私といれば更に陰でどんなことを言われてしまうのか。


「え、なんで?エマさんすごく可愛いのに。ねえ、レナート兄さん?」

「ああ、そうだな。とても可愛らしい女性だと思う」

 きょとんとしたホノカさんは私を褒め、レナート様にまで褒められた。

 ・・・あの、私何の拷問を受けてるんでしょうか。

 社交辞令と分かっていても、頬が熱くなるのを止められなかった。

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