43 別腹
「はい、これがウエディングケーキの代わりのシフォンケーキ。新作だよー。エマさんいっぱい食べてねー」
驚くほど所せましと用意されていたはずの料理が無くなると、暫くどこかへと姿を消していたホノカさんはにこにことしながら慎重な手つきで奥の部屋から大皿を運んできた。お手洗いにでも行っているのかと思っていたが、どうやらお菓子を取りに行っていたらしい。
シフォンケーキという名のお菓子は、ボードワン様の所ではなく、何故かエマの前に置かれた。入籍をしたから主賓扱いされているのかもしれない。
「有難うございます。あの、ところでシフォンケーキって一体なんでしょう?」
ホノカさんが両手で持つ皿には、直径25cm程の円形をした形で、真ん中が空洞になったものが乗せられていた。菓子の一種だとは思うが、焼き菓子にしてはエマの知っている形とは全然違う。今朝貰ったシュークリームと、プリンともまた違う。
それにしても、巨大だ。彼女の後ろから使用人がワゴンを押して食べ物らしい何かを運んできた姿も見えた。
「私の住んでいたところではね、結婚式にウエディングケーキが付き物なの。本当はこんなに小さなものではなくてもっともっと大きくて、新郎新婦のケーキ入刀もやりたかったんだけど、諦めるわ。時間も無くて今回は私の代わりにシェフに作ってもらったんだけど、今度は私が作るからね?」
「ええーっと、有難うございます」
どうやらホノカさんの国では、ウエディングケーキを使って新郎新婦が何かをするらしい。
目の前のお菓子が小さいとホノカさんは言った。エマはこの大きさでも十分だと思うのだけれど。一体ホノカさんの住んでいたところは、どれほど大きなケーキが作られていたのだろうか。それに種類の多さ。今まで食べたこともない目新しいものばかりだ。ホノカさんが居た国とは一体どこなのだろう。
「お腹がいっぱいのエマさんには、小さくしておくね」
ホノカさんは慣れた手つきで小さくシフォンケーキをカットし、横に寝かせた状態で取り皿に乗せると、ワゴンの上に並べられている入れ物の中からスプーンを使い、やや白っぽい何かをクルリと丸い形で取り出すとケーキの横に添えた。次に袋状のものを両手で持つと先端から白いものを絞り出された。その上にとろりとした赤いジャムをかけようやく完成らしい。手が込んでいる。
「さ、どうぞ」
祝いの食事だから沢山用意されるのも分かるのだけれど、エマのお腹はもういっぱいだった。でも、せっかく用意してもらったのだからとフォークで丸い形のものを一口掬い口へと運んだ。
「!?」
入れた途端、舌の上で溶け始めたものの温度は、思っていたものと全然違っていて、冷たいと感じる程の温度で吃驚してしまった。エマは慌てて口を手で押さえた。
「それはアイスと言って、冷たい食べ物なの。味はどう?好き?嫌い?」
口に入れたものが溶けてしまったので、エマは飲み込んでから答えた。
「・・・多分、好き、だと思います。冷たいものとは思いもしなかったので、かなり吃驚しましたけど」
後味がまだ残っている口の甘さは嫌な感じは全くなく、どちらかと言えばお腹がいっぱいなはずなのにもう一口食べようかという気にさせられた。
「そう、それならよかった」
ほっとしたように微笑むホノカさんを見て、エマはケーキと白いクリーム状のものも一緒に食べてみることにした。
フォークで切った時に感じたが、手から伝わった感触ではとても柔らかな感じなのだろう思った。パクリと食べてみた。今度は冷たい温度でなく、常温だった。
「ふわふわ」
アイスよりは確実に噛み応えがあったが、それでも口の中でしゅるっと溶けたように感じた。
「美味しい」
エマの感想を聞いて、嬉しそうにしたホノカさんは他の人達の分を取り分け始めた。その様子をなんとなく見ているうちにエマのお皿に盛られたお菓子は綺麗に無くなっていた。
「無くなっちゃいました。お腹がいっぱいだった筈なのに・・・」
信じられなくて、ぽつりとエマは呟いたつもりだったが、給仕をしていたホノカさんの耳に届いてしまったらしい。
「そうそう、甘いもの好きはつい食べちゃうのよね。ほら、甘いものは別腹っていうじゃない?」
「・・・初めて聞きました」
エマは聞いたことが無かった。
「私も知りません。初めて聞きました」
セオドール様も聞いたことが無いと言ってくれたので、知らないのはエマだけではなかったらしい。周りを見ればレナート様やシルヴィオ夫妻も知らなさそうに見えた。
「えっ?そう?こっちでは別腹って言わないのかな?お腹がいっぱいだと思っていても、その人が好きな食べ物を出されると、美味しそうと感じた脳が食べるぞーと胃袋に指令を出すでしょ?すると指令を受けた胃が動いて上部に空洞を作るからまた食べれるようになることから、その空洞のことを別腹って言うんだけど。こっちでは違う言い方をするのかな?」
エマは初めて聞く内容に理解が出来なかった。
脳からの指令って何?胃袋が動いて空洞って?さっぱり意味が分からない。
変わらなかったのはエマだけでなく、ホノカさん以外の皆が同じようにぽかんとしていた。
「えっ、えーっっっと・・・。あれ?もしかして、全員が知らない?」
何か拙いことを言ったらしいと自覚を持ったホノカさんは、挙動不審になっていた。




