39 確定
ドンドン、ガチャッ。
レナート様はエマが使っていた部屋から応接室まで戻ってくると、一応ドアを叩きはしたものの、室内から入室許可の返事を待つこともなく廊下側から勝手にドアを開け入室した。
エマはレナート様がそんな行動に出るとは思っていなかったから、ただ吃驚して見ていただけだった。レナート様が部屋の中へ消えて行ってしまったのを見て、慌てて後ろから追いかけた。
レナート様のこの問題行動は、初めて訪れた他家の中でするべきものではない。十分無作法だということは承知している筈だが、腹の虫が治まらないからこそ起こした行動だ。足音も荒々しくどんどん室内へ入ると、待たせていた二人に声をかけた。
「セオドール、ホノカ、帰るぞ」
待たせて済まないの一言もなく、いきなり用件のみを告げたレナート様に室内にいた全員が驚いた。
「ど、どうしたの?レナート兄さん」
エマ達が応接室を退出してから、ホノカさんとセオドールさんは出された紅茶を飲んでいたらしい。カチャリと音を立ててカップを受け皿へと戻していた。
「ああっ!?どうしたもこうしたもあるか!こんなところ、さっさと出るぞ」
不機嫌を通り越し、完全に怒っているレナート様に驚いたのはホノカさんだけではなかった。セオドール様も同じように驚いていた。
ただ、マクレーン家の親子三人はこうなることを予見していたのか、突然開かれたドアの音に憤ることもせず、びくりと肩を竦め、酷く青ざめ下を向いている。
応接室を出て行ったときに放たれたレナート様の殺気など、今と比べれば全然大したことが無かったのだと思わせる程の強い圧迫感と苛立ちの声に、エマも同じように身を震わせた。自分が直接言われているわけではないが、怖った。
「予想していた以上に最悪だった。実の子供を、いや、たとえ誰であろうとあんな小さくて、たいして手入れもされていないような場所に人を住まわせて、よく平気でいられたものだな。陽の光もろくに当たらないような裏庭で、年を取った侍女と二人暮らしをさせる。冬は暖房を入れても、隙間風が入り込んでくるような部屋に生活をさせて、恥を知れ」
何故こんなにもレナート様が怒りを感じたのかをホノカさん達に大まかな説明をした。
勿論エマが侍女と一緒に過ごしていた別邸が怒りの原因だ。
見ればある程度は怒るだろうとは思っていたが、予想以上の激憤だった。まだ別邸の中にいてくれたイレーネとエマが、怖さから思わず手を取り合ってしまうほどに衝撃が強かった。お陰でレナート様にイレーネをちゃんと紹介出来きない有様だった。
一旦怒りを無理やり抑えつけたレナート様から幾つか指示を貰い、エマが望んでいた品がすべて残っているのを確認すると、出された全部の指示をまだこなせていないイレーネを残し、応接室へ戻ったという次第だ。
入ってきて直ぐレナート様から浴びせられた批判に、反論など出来ない両親と義妹は更に身を縮こまらせ、体はエマが気の毒だと思う程に震えていた。
「マクレーン男爵、今日この場を以てしてエマさんと会うことは二度と無いようにしてもらおう。いいか、二度と、だ。今後一切エマさんがここへ来ること、シルヴィオ家に会いに来ることも認めない。もし連絡を取る必要があるとしても私を通してもらう。エマさんとの挙式は暖かい季節になってからと思っていたが、こんな現状を知ったとなってはもう待てない。今日からシルヴィオ家の一人になってもらう。承諾は敢えて貰わない。これは決定事項だ」
一息に宣言したレナート様の言葉を聞いても、喋ることが出来ない両親は下を向いたまま頷いて終わりだった。反対にエマはレナート様の顔から目が離せなくなった。
―――私、今日からシルヴィオ家の一員となるんですか?それって・・・。
入籍を急ぎ、今日中にはエマ・シルヴィオと名前を変えると聞いたエマは、こんな時だというのに嬉しく感じてしまい、感情が表に現れないようにするのに非常な努力を強いられた。
―――どうしよう。嬉しい。
実のところ、まだ入籍をしていないのだからエマはマクレーン家へ置いて行かれることも覚悟していた。普通なら挙式まで実家で過ごすのは当たり前だからだ。
それが今日にも入籍をするという。これは喜ばないでいられるわけがない。引き締めようとしても緩んでしまう顔を見られるわけにはいかないと、エマは誰にも見られないようにと後ろを向いた。
「それと、エマさんの侍女の事だが、今日付けでここを辞めるらしいな?そういう契約ならこのままシルヴィオ家の方で新たな契約を結んでもなんら異論はないな?このまま一緒に連れていく」
「えっ!?」
レナート様の思わぬ言葉に思わずエマは振り返ってしまった。両親も意外なことを言われ、下げていた顔を上げるとぽかんとしてレナート様を見ていた。
宣言をしたレナート様の言葉通り、急いで引っ越し準備を終えたイレーネを含めエマ達は慌ただしくマクレーン家を後にしたのだった。