4 補佐
その後もまだ話題が尽きないらしく、ご婦人方の会話は続いた。
大勢が集まる場所、舞踏会では聖獣は出さないことが決まりだが、自分の体に入れてしまえばいいのに、何故ドレスのスカートにポケットを付けてまで連れているのか。
シルヴィオ家に養女として迎えられる以前、どこの出身なのかという事が一切分からないこと。
養女となって数日後には騎士のセオドール様がシルヴィオ家に養子に入る形で結婚したこと。
現在、女性でありながらマギ課で働いているという事。
次から次へとよくそれだけの疑問が続くなぁと聞き耳を立ててエマは感心していると、急に話題が流行のドレスや装飾品へと変わった。
どうしたんだろうと思って、固まっているご婦人たちを見ると、踊り終わった話題の人物がそろってこちらへと歩んで来ている姿が見えた。
セオドール様と呼ばれていた男性は、背が高く、引き締まった体形にダークブラウンの短髪、藍色の瞳をしたとても凛々しい体貌をしている。ゆったりと歩く服装は襟元、袖などに藍色で刺繍のアクセントされた黒の燕尾服で、その騎士にエスコートされているホノカ様と呼ばれていた噂の女性は、藍色のドレスに黒のレースをふんだんに使い、浅縹色のコサージュが幾つも縫い付けられている。誰が見ても一目でお揃いで作られたと分かる正装だ。
エマは自分が噂話をしていた訳でもなく、聞いていただけなのにいけないことを事をしていたかのように感じてしまい、不自然にならない様二人からは目を逸らした。
どうしてこちらへと向かってくるのだろうと思っていたら、エマが立っているすぐ傍にある別室に用意されている飲み物の部屋へと歩いてきているみたいだった。
大勢ではないが、それなりの人数がエマの周りにもいたのに、2人がこちらへと進んでくると何か恐怖でも感じているかのように歩みに合わせて人の波が引いていった。
二人は周りの行動を見て何かしら感情を感じていると思うけど、表面上は何事もなさそうに和やかに会話をしながら別室の入り口まで近づいてきた所で、1人の男性が足早に2人の背に近づき呼び止めた。
「セオドール、ホノカ」
名前を呼ばれた二人は後ろを振り向こうとしたが、ホノカと呼ばれた女性が動きにバランスを崩してしまい小さな声をあげながら体が傾いた。
「きゃっ」
すぐ目の前で起きてしまった出来事にエマも驚いてしまい、横へと体をずらそうとした弾みでヒールが床で滑り、自分まで体が横向きに傾いだ。
床に倒れ込む痛みを予測し、目を瞑って痛みに備えたエマだったが、誰かに助けられて痛みを受けることは無かった。
「っと、危ない」
深みある男の人の声と背中に人の腕の感触を感じながら、目を恐る恐る開いてみれば、助けてくれた見知らぬ男性の顔が至近距離にあってまた驚いてしまい、エマは立ち上がろうとしていた足をもう一度滑らせた。
「きゃっ」
「おっと」
その男性はエマがまた倒れる前に片腕で簡単に受け止めてくれた。
「申し訳ない、驚かせるつもりは無かったんだが。ああ、慌てなくていい、立ち上がるのはゆっくりでいいから」
「は、はい」
エマは背中を助けてくれた男性に支えて貰いながら立ち上がろうとすると、目の前には男性の反対の手が差し出されていた。
片手で後ろから揺れることなくしっかりと背中を支えて貰いながら、エマは予想外の出来事に震えそうになる足を踏ん張り、恐縮しながら差し出された手に捕まってなんとか立つことが出来た。
「お礼を申し上げます。有難うございました」
捕まらせてもらっていた手を離し、丁寧に礼を述べた。
助けて貰わなかったら、きっとまだ立ち上がることが出来ずに見っとも無く倒れたままだったと思う。初の舞踏会で悪目立ちしなくて良かったと胸を撫で下ろした。
エマは立ち上がってみると、助けてくれた男性は随分と上を見上げる程背が高い事に気づいた。年は30才程だろうか。長く伸ばしている錆びた色の金髪を後ろでしばり、琥珀色の瞳をしている。肌の色は少し色黒で、黒い燕尾服がとてもよく似合い、剛健という言葉が浮かんだ。
「いや。驚かせてしまったこちらが悪かったのだから。それより怪我や痛みは?」
琥珀の瞳は私の事を気遣う様子が浮かんでいる。
「大丈夫です」
「危ないでしょ、もー。レナート兄さんってば」
そう答えた私の声と、多少の怒りを滲ませた若い女性の声とが被った。文句を言っているのは、噂されていたホノカ様だった。彼女の後ろには夫である騎士が控えている。
「セオドールが助けてくれたから良かったものの、急に後ろから声を掛けないでよ」
「何だよ、俺のせいかよ」
「他に誰のせいだと言うの。ごめんなさい、私がよろけたせいで貴方まで巻き沿いにするところでした。怪我はしなかったですか?」
ホノカ様とお兄さんと呼ばれている人とポンポン言い合いをしていたかと思うと、今度は私の事を心配そうに尋ねて来た。
「だ、大丈夫です」
なんともないと答えながら、かなり周りから注目を浴びていることに気づき、青くなった。
エマは早々にこの場を離れなければと思い、後ろに一歩下がった。
「痛っ」
とっさに動かしてしまったのは痛みを抱える左足だった為に、重心を取れずに体が後ろへと倒れていった。
「!」
(今度こそ倒れるっ)
「危ないっ」




