37 身侭
「今日私がマクレーン家へ突然伺ったのは、エマさんとの婚姻についてです。マクレーン男爵とエマさん本人にはもう既に承諾を頂いておりますが、他のご家族の方ともお会いしたくてお伺いした次第です」
ソファへと腰を落ち着けたレナート様は、今のやり取りのことなど些細な事と気にも留めずに本来の目的の話へと入った。
ちらりと視線を横に遣ったエマは、ホノカさんがむすっとしている姿が見えた。自分の旦那様がオルガの夫として狙われたことが面白くないのだろう。
狙った側の家族と同じ一員として一括りにされたくない、エマはそう思った。
「あの、先ぶれでそのことはお聞きしましたけど、本当の事なんですか?」
「ラモーナ、やめないか。私が正式に婚姻の承諾を出したのに、何を言い出すつもりだ」
父は義母の発言に焦って止めようとしたが、そんなことでは疑いが解けなかったらしい。ずいと身を乗り出した義母を見て、実力行使として制止しようと手を伸ばした父の手をものともせずに、反対に振り払った。まっすぐに強い視線をして、胸を張り堂々と話しだした。
「どうしてレナート様は、エマと婚姻を望まれたのでしょうか?若い娘をお望みなら、うちにもう一人、オルガもいます。後二か月もすれば成人いたしますのよ。エマはこの通り見た目もですが、魔力も魔法も全然無くて使うことが出来ませんのよ?その点、オルガは火属性の加熱の小さなものしか使えませんが、魔法が使えるんです。この違いは大きいと思うのです。やはりレナート様はマギ課にお勤めで、この国一番の魔法の使い手と謳われるほどのお方。妻となるにはそれなりの外見と、力を持っている女性が望ましいでしょう?」
「ラモーナっ、やめないか!」
父が声高に制止したが、義母は鼻をふんっと鳴らし、そっぽをむいた。
レナート様が両親に結婚報告をしに来たというのに、義理の娘のことを褒めるどころか血の繋がった娘との比較の為に否定材料として扱い、エマと婚姻をあげるより、オルガの方が得だと言い出した。
昔から義母には辛い言葉を投げられたことは数知れずあったし、嫌われていることは重々知っていた。だが、本来なら厳粛な場を求められる筈が、自ら混乱させ、新たな相手としてオルガと婚姻を結ばせようとするなんて、常識がなさすぎる。
だがエマには反論出来るほどの気概は無かった。俯いて抑圧者の姿を視界から消した。すると隣にいるホノカさんの手が自分の手に重ねられた。耐えていた辛い気持ちは温かな体温にゆるゆると溶けていった。
殺伐とした雰囲気の中、レナート様の深いため息が聞こえた。
「はあー・・・」
続いてレナート様はがしがしと頭を掻き、「聞きしに勝るとはこのことだな」と嘆き呟いた。
一呼吸おき、笑みを絶やしていなかった表情はいつの間にか、険しいものになっていた。背筋を正したレナート様は、静かな怒りを感じさせる低い声を響かせた。
「確かに私はマギ課に所属し、若輩者ではありますが室長を拝命しております。ですが、今は国一番の魔法使いでもありませんし、私が妻に一番求めるものは外見や力ではありません。人柄や、敬意を感じることが出来るか、そういったものを望みます。私はエマさんの人柄にまず惹かれましたが、可憐で可愛らしい姿も、照れる仕草も好ましいと思いました。だからこそエマさんを我が妻にと望んだのです」
はっきりと言葉にこそしなかったが、義母が勧めてくる自身の娘はお呼びじゃないと明らかな含みを持たせた言い方をした。
これには流石に義母も言い返すことが出来なかったようで、ずっと浮かべていた笑顔から一転、顔色を変え怒気が現れていた。オルガははっきりと否定されたことがショックなのか茫然としている。
「もう少しはっきりと言いましょうか。今日のこの訪問、ただ家族の顔の確認の為だけに来たのではありません。マクレーン家の噂が本当かどうか、この目で確かめる為に来たのですよ」
「・・・噂?どんな?」
睨みつけている義母の代わりに、父がレナート様へ問いかけた。
突然今回のレナート様の訪問予定が、噂の確認だったと聞かされた方は黙って聞き流すわけにはいかなかったらしい。話の流れからして、良いものではないことはエマにも十分想像できた。
「あなた方に教える必要はありませんね。教える気もないですが。まあ、真実だったということは言っておきましょうか。目的の確認も終わったことですし、あとはエマさんの荷物を引き取ったら我々は失礼しますよ。―――ああ、それと、最後に一つ、これも教えておきましょう」
見下すように口の端に薄っすらとレナート様は笑みを浮かべた。そんなレナート様を見たエマの背中はぞわりと冷えた。
「私がエマさんに求婚したことは、陛下もご存知の事です。陛下は私がようやく結婚したいと思える女性に巡り合えたことを知ると殊の外喜んで頂けて、婚姻届けの保証人欄に署名まで頂いているんですよ。お疑いならご主人に確認を取ってもらって結構。その場にいましたから。陛下の直筆の保証人記入、これがどういうことか、お判りいただけますね、マクレーン婦人?」
王家公認の婚姻を取り消す度胸があるのかと暗に脅しを掛けた。
ゆっくりと義母は父へと顔を向けると、父はその通りだと頷くことで無言の返事を返していた。
「フルメヴィーラ王の直筆の署名・・・」
喘ぐように呟いた義母の顔は青ざめていた。
そのことを知らなかったエマも同じように青ざめていると、ホノカさんが小声で大丈夫、大丈夫と慰めてくれた。




