36 機先
城の応接室には広さ、質ともに遠く及ばない、マクレーン家の応接室にエマ達は入った。全体的に統一感がちぐはぐな印象を受ける室内は、全員が座れる座席数は一応満たされていた。
二つある長ソファの片方に父、義母、オルガが。もう片方にはレナート様、ホノカさん、そして人数の関係でエマが座ることになった。
「どうそ、お座りください」
「レナート、先にこれを」
父からソファを勧められレナート様が座ろうとしていたところへ、横からセオドール様が丁寧に包装された四角い箱を差し出した。どうやら玄関先で手渡しそびれた手土産らしい。
箱を受け取ったレナート様は父に向き直った。
「マクレーン男爵、これは今朝の朝食にも出したシルヴィオ家の料理人が作ったもので、菓子とパンです。宜しければご家族の方と一緒に食べてください」
「それはそれは。有難うございます。今朝食べたとき、余りにも美味しくて沢山お代わりしましたからなぁ」
センターテーブル越しに手土産を受け取りながら、父はほくほくと顔を綻ばせていた。
「実は今、城でも人気があるものなのですよ。菓子はプリンとシュークリームと言ってとても崩れやすいです。そのまま傾けたりしないようお願いします。後、日持ちがしないものですから、今日中に食べてください。パンのほうは二、三日なら日持ちします」
菓子といえば焼き菓子と想像するが、土産として持ってきた中身はプリン、シュークリーム、パンだ。扱いを知らなければ傾けられてしまい、せっかくの菓子の形が崩れ、食べられなくなってしまう。レナート様は注意点を説明してくれた。
「まあ、城で人気があるお菓子ですか。そんな貴重なものを有難うございます」
父が受け取った手土産は義母へと手渡された。予想していたより、ずしりとした重みに少し目を見開き驚いたみたいだが、人気がある菓子と聞き嬉しいらしく目が輝いていた。
義母はドレスや装飾品は勿論そうだが、噂話やこうした流行りものも大好きだ。マクレーン家へ嫁いできた当初からずっと自分の身なりにも気をつけ、美容に力を入れている。ただし、父と同じように食事をとっているからか、昔はメリハリがあった体形はやや崩れてウエストと腰の差が無くなってきている。娘のオルガも嫁に行ったロージーも遺伝なのか、年頃の割にふっくらしている。
そんな義母が珍しいものを手に入れ、尚且つ目の前には大変見目の良いレナート様がいる条件に浮かれないわけがない。
父が傍にいるというのに、義母は年甲斐もなく上目遣いでレナート様を熱心に見つめている。横に居るオルガも義母と同じような仕草をしているのを見てエマの心はひやっとした。オルガは義母以上に面食いなきらいがある。熱心というより狙いを定めたような視線をしているように見えた。
父はそんな二人には全く気付いていない。手土産を貰ったことが余程嬉しいらしく視線は土産の箱に注がれていた。きっと、中身の菓子を食べるところでも想像しているのだろう。
「喜んでいただけたようで、何よりです。実はその菓子やパンを最初に作ったのはホノカでして。中にはレシピも入っています」
「まあ、レシピまで。宜しいのですか?だって人気があるものなら普通は出せないと思うのですが」
「はい。正式に城から許可が出ているレシピですから、問題ありません」
義母とオルガの不躾ともいえる視線に気が付いている筈なのに、レナート様のマクレーン家へ着いてからずっと笑みを浮かべている顔に変化は現れなかった。
対照的にエマは馬車から降りてから、ずっと硬い表情をしたままだ。
「ああ、それと婦人と娘さんには紹介が遅れてしましたが、もう一人紹介させてください。私の後ろにいます、セオドール・シルヴィオです」
「初めまして、セオドール・シルヴィオと申します」
上衣は青、下衣は白の騎士服を着たセオドール様はソファの後ろで丁寧に礼をとった。
「まあ!後ろに立っていらっしゃるから、てっきり護衛の方だとばかり。あの、是非こちらのソファを使ってください」
レナート様とはまた違うタイプの新たな美男を前に、義母とオルガはまた目を輝かせた。レナート様より若い分、オルガは強く興味を持ったようだ。
「いえ、私はこの場で結構ですので。どうぞお気を使わずに」
「そういうわけには。丁度オルガの横のソファが空いておりますから」
丁寧に断りを入れるセオドール様に義母は食い下がった。
シルヴィオ家の身内と知ったからには無下に扱うわけにもいかないというより、かちりと違う目的を定めたかのように感じたのはエマの気のせいだろうか。
「セオドールは近衛騎士団第一部隊に所属しています。彼はホノカの夫であり、私の義弟でもありますが、今日は護衛としてきていますので、お気になさらず」
レナート様がセオドール様を後押しした。
「あら、そうですか・・・」
ホノカさんの夫と聞き、あからさまに勢いを無くしたところを見ると、やはりエマが感じたようにあわよくばオルガにとでも思ったのだろう。機先を制するためにレナート様は言ったわけではないだろうが、セオドール様が狙われずに済んだことに内心ほっとした。
オルガはどうかと思えば、夫と聞いてやはり同じように興味を無くしたかのように見えた。




