34 追加
友達と一緒に眠るという夢のような時間を過ごした次の日。やや早い時間にホノカさんとともにエマが侍女のバディアさんに起こされた後、服を持ってきていないエマはまたホノカさんから服を借りて着替えた。今度は一斤染(紅花で染めたやや淡い紅色)色のドレスだった。
今まで身に着けたことのない色だったから抵抗があったのだが、鏡の前で絶対にお勧めですと言われバディアさんにドレスを当てられると、すっごく似合ってますと力強く褒められた。
そうかな・・・とエマは心細く呟くと、私が保証します。ときっぱり言ってもらえたのと、後ろでエマを見ていたホノカさんもうんうんと、何度も頷いているのが鏡越しに見えた。二人がそこまで言ってくれるのならばとようやく袖を通すことに決めた。
レナート様やセオドール様は、もうすでにダイニングへと着いているらしい。
明るい色のドレスを見て何か言われるだろうか。小心者のエマは不安な気持ちを持ちながらホノカさんと一緒にダイニングルームへと向かった。
窓が大きいので随分と明るいダイニングは、とても広かった。白のテーブルクロスがかけられたテーブルは、ゆうに二十人は使えそうな程大きい。中央には何色ものプリムラが活けられており華を添えている。
テーブルには、ボードワン様、アンナ様、父までも既に席に着いていた。どうやら自分たちが遅れたようだ。何をしているんだと父から向けられている目が痛い。
エマ達が入り口から姿を現してすぐ、座っていたレナート様とセオドール様は立ち上がると、エマはレナート様、ホノカさんはセオドール様によって手を取られた。エマが驚く暇もなくごく自然にそれぞれ席へとエスコートをしてくれた。その間、父からの視線を遮ってくれたのは偶然だろうか。
「お早うございます、エマさん。そのドレスよくお似合いです」
「お早うございます、レナート様。有難うございます。ホノカさんのドレスをお借りしました」
思い切って着て良かった。似合っていると褒められて、お世辞だろうがなんだろうが嬉しくてエマは笑みを浮かべた。
案内されたのは父の横。エマは表情を硬くして父へお早うございますと声をかければ、一応、頷くだけの返しはされた。ゆっくりと席に座り、誰にも気づかれないよう息を吐いた。そんなエマに、父とは反対の空いている席にレナート様が座ってくれた。
全員集まったことにより、一時中断されていた食事が静かに再開された。
暖かなスープに、新鮮なサラダ。そして見たことがない形をしたパンがエマの前へと並べられた。
「昨日話していた柔らかなパンっていうのがそれなの」
丁度対面にいるホノカさんから説明を受けた。エマはパンを一つ手に取ってみた。おすすめのふわふわパンは今まで食べたことがない柔らかさで、指で触るだけで潰れてしまうほどの弾力だった。ロールパンという名前がついているらしいコロンとした形は、エマの手のひらに乗るほどの大きさをしていた。
「いただきます」
早めの朝食時間だったから、あまり食べれないかもとなんてとんでもない杞憂だった。中に何も入っていないパンは香りもよく、焼き立てなのかほんのりと暖かい。一口大にしたパンは噛めば噛むほど甘みが感じられて美味しかった。
「美味しいです」
あっという間に一つ目を食べ終えてしまった。
「良かった。エマさんも気に入ってくれて」
にこにこ笑顔を浮かべたホノカさんは、同じようにパンを食べ始めた。
昨夜は結局菓子しか食べていないエマは、いつになく沢山の食事を食べていた。それは父も同じだったようで、エマがパンを小さくちぎりながら食べる横で、あっという間に自分の分を食べ終えたらしい父の皿には追加のパンが投入された。見ればスープもほぼカラの状態だ。遅れてスープも追加された。
自宅でもないのに夢中になって食事する父がエマは恥ずかしかった。ホノカさんから服を借りたエマとは違い、父は昨日着ていた夜会用のフォーマル姿のままだ。ただでさえきつそうな腹回りが限界を超え、今にもボタンが飛んでしまいそうに見えた。
今度は心の底から嘆きのため息が知らず漏れていた。だが運よく父には聞こえなかったらしい。上機嫌で食事を楽しんでいた。
「エマさん、食事が終わって準備が出来次第マクレーン家へ出発する予定だけど。いい?」
食後にもう一度食べたいなと思っていたプリンが出された。エマは喜んでちょっとずつ味わっていると、横にいるレナート様から出発の確認をされた。
「はい、大丈夫です」
どうせ持っていくものも何もないのだから。すぐに出発準備が整ってしまう。
「昨日ホノカが言っていたように、ホノカも一緒に行くことになったから。後行くのは、シルヴィオ家専属の護衛三人とセオドール」
実は昨日、レナートはアルベルトと話をしている時に、仕事の段取りをつけて今日一日休みにしてもらった。序にホノカも行くことになるのは分かり切っていたのて、セオドールも休みにしてもらえるよう手配を頼んでおいたのだ。
「セオドールさんも?」
「ああ、セオドールはホノカの護衛を兼ねてるから、馬車には乗らないけど」
きっと騎士のお仕事をされているからなんだろう。とにかくエマが城の新年祝賀行事に来るときの憂鬱さとは全く違い、今回はホノカさん、レナート様も一緒に同行して家に一度帰れるのだ。嬉しくないわけがない。ウキウキする心が止まらなかった。
こうしてエマ達は馬車に乗り、イレーネのお土産を沢山携えてマクレーン家へと向かったのだった。




