32 御揃
手渡された夜着は「パジャマ」と呼ぶらしい。さっそくエマは淡いピンク色のパジャマを広げてみた。ワンピース型とは違い、上下別れている服だった。触ったことがないもこっというか、ふわっとした厚みがある白い生地で作られていて、下衣はズボンで、上衣は見たこともない形をしていた。
なんだろう、服の背中に帽子が付いてる?夜着なのに雨除けコート?
エマの頭の中には疑問符が沢山並んだ。
「可愛いでしょ?ほら、こうしてフードを被れば猫になるのっ。エマさんはウサギ―」
同性どうしだからホノカさんは着替えることが恥ずかしくないのか、部屋着を脱ぎ下着姿になると、あっという間にパジャマに着がえフードを被って見せてくれた。
ホノカさんの頭に耳が生えていた。言われれば確かに猫だった。白猫姿の全身を見せるためにくるりと回ってくれた。短いが、しっぽまで揺れていた。
「王都では、こういうものが流行りなのですか?デザインも変わってますが、生地もふわっとしてます。もしかして特別なものなんでしょうか?」
エマは今までワンピース型の夜着しか着たことがなかったから、かなりの衝撃を受けた。自分が知らないだけで、こういうものが流行りなのだろうか。
手にしているパジャマと、白猫ホノカさんを交互に見た。
「ん?流行ってなんかないない。私しか着てないよ。お義母さんには拒否されたし。だから、着てくれたらエマさんで二人目~。その生地はねパイル地っていって、割と低価だよ。お買い得商品だったから安かったし。私のいた世界、じゃなかった国のものなの」
随分変わっている生地だから、高いだろうと予想したのに、低価だという。手に持ったパジャマの表面を撫でれば柔らかで、いつまでも触っていたい感触がした。
「ホノカさんはどこのご出身なのですか?」
「ええーっとね、かなりっていうか、果てしなく遠いところ。今度その他のこともぜーんぶ詳しく教えるね。エマさんには知ってもらいたいから」
驚くかも知れないけど、とホノカさんは含み笑いをしながら言った。
「楽しみに待ってますね」
お世辞などでなく、本当に楽しみだ。
エマは少し照れながらもお揃いのパジャマを身に着け、長い銀髪を二つに分け緩く縛ってからフードを被った。不思議なことに足や腕の傷をホノカさんにさらしたけれど、嫌な思いはしなかった。早く着て欲しいのがまるわかりなホノカさんのわくわくと期待した表情を見たからだと思う。傷跡を見ても眉をしかめたりせずにいてくれたことが嬉しい。
鏡を見ていないから、おかしくはないかとホノカさんに尋ねたが、可愛い可愛いと太鼓判をもらった。着慣れない形の夜着に戸惑いつつも、お揃いのものを着ているという事実がとてもくすぐったかった。
「まだ早いけど、今日はもう寝ようか」
ホノカさんに早めに寝ようと言われ、エマも頷いた。実は明日は早起きをしなくてはならないからだ。
レイエス男爵が父から聞いた「娘をマクレーン家へ帰さなくていい」という言葉を受け、応接室にいる間、レナート様やアンナ様の好意でシルヴィオ家に泊まらせてもらえることになったエマだが(父も同じくシルヴィオ家で泊まらせてもらうことになっている)、応接室からエマ達が出る前にレナート様から明日にでも正式な婚約の為にエマの家へと向かおうと言われたのだ。父も渋い顔はしていたが一応了解していた。
ホノカさんはシーツの上で遊んでいたスノーベリーとハルジオンの二匹の聖獣を抱き寄せると、枕元にある棚の上の聖獣専用の籠中へと入れた。
「エマさんも、こっちこっち」
寝台は二つ用意されている。ホノカさんが使わない方の寝台へエマが上がろうとするとストップがかかった。せっかくだからと一つのベッドに寝ようとホノカさんが言い出したのだ。二人で寝てもまだ余裕のある広すぎる寝台だ。エマは顔を輝かせながら頷いた。
一緒の寝台に入ると大きな寝台の清潔なシーツの手触りが何とも言えないいい感触で、背中に感じる寝具はふかふかしていた。ホノカさんも一緒だから、中はとても暖かかった。友達と一緒に眠るなんて初めてだ。これから寝なくてはならないというのに、わくわくして困った。眠れるだろうか。
そんなエマにホノカさんからお願いをされた。
「ね、ね、エマさん。グロリオサ、出してもらってもいい?」
子供のような笑顔でここに、ここに、と二人の間のシーツの上をポンポンとホノカさんは叩いた。
「えっ、まさか聖獣と一緒に寝るつもりですか?」
「うんっ!」
エマは吃驚した。一人が寂しいとき、家で聖獣と一緒にエマも寝たことはある。だが、聖獣は基本主以外懐かないのが普通だから、一緒に寝たいと言いだされるとは思いもよらなかった。
「だって、さっき触らせてもらったあの感触が忘れられないの。どうしてもグロリオサのふさふさもふもふを抱っこして眠りたい~。私、聖獣は基本大好きだけど、特に柔らかくてするっとした手触りが大好きなの~。駄目?」
・・・うん、私もグロリオサの毛は好きだけど。
毛はまっすぐで細くとても柔らかい。指で梳けばするりと抜ける感触はエマも大好きだ。
ホノカさんは、相当に聖獣が大好きらしい。他の人の聖獣にも触り放題できるらしいのは応接室の一件で分かった。
結局、エマはお願いを聞き入れた。断ろうという考えも最初からなかったのだが。グロリオサもホノカさんがいることが嬉しいらしく喜んだので、ホノカさんが望んだように仲良く三人(?)並んで眠ることになった。
「あ、いけない。明かり消すの忘れてた」
ホノカさんは一度寝台から降りて暖炉の火と、壁の部屋の明かりを消してくれた。すると、真っ暗になるかと思われた部屋には 二つのベッドの間に一つの光源が残っていた。いつから点いていたのか、エマは全然気が付いていなかった。
「このランプはオイルではないのですか?」
オイルランプの淡いオレンジ色しか知らないエマには、白く光るランプが不思議なものに見えた。
「ああ、これ?まだ仮の名前だけど、発光石ランプってマギ課で呼んでるランプだよ」
ホノカさん達マギ課が最近開発した、石に光の魔力を留めた明かりなのだと教えてくれた。
一般的なランプの透明なガラスの中心には白く輝く石が入っているのが見えた。火には到底見えない石はどうして光っているのかと聞くと、風の圧縮、地の増殖、光の発光を閉じ込めた魔法石で試作品のランプとのこと。
「誰でも簡単に使えるよう開発した商品で、魔力がない人でもボタン一つで使えるようになってるの。ここのボタンを押せば付けたり、消したり出来るの」
ホノカさんはガラスの球体の下にあるボタンを二回押すと、それに合わせて部屋は一度暗くなり、また明かりが灯った。続いてエマもボタンを触らせてもらうと、簡単に光が付いたり、消えたりした。魔力を使わなくても明かりが灯った。
現在は火を直接灯して使うランプが一番主流だ。聖獣から魔力を貰えれば、どんな種類の魔力でも使えることが出来るランプもあるが、まだ高価な為に一般家庭はほとんど広まってはいない。貴族の間ではかなり広まっているらしいが。父の書斎に確か一つあると聞いた気がする。
魔力が無くてもボタンを押すだけで使えるのなら。どれだけ凄いことになるだろう。発光石ランプが安く買えるようになれば、多くの人が買い、誰もが使用するだろう。
魔力が弱いグロリオサから魔力を貰わなくても自由に使えるようなランプ。エマも便利で欲しいなと思えた。
「凄いですね」
もっと言いようがあるだろうが、それしか言葉が出て来なかった。
「便利でしょ?火が付いてるわけじゃないから、触っても熱くないから危なくないし。貯められた魔力が無くなったら光は点かなくなるけど、また同じ魔力を追加すれば使えるようにもなってるんだよ。作るのは結構大変だったかな?魔法の微調整がなかなか上手く行かなくて。それに魔法石はかなり高価だって聞いたし。でも、将来的にはこのランプを大量に作って、誰にでも気軽に買えるほどの値段にしたいと考えているの」
これだけ明るい光があれば、夜でも文字がよく見えるだろうし、裁縫も出来るだろう。きっとエマの知らない沢山のことが出来るようになるはずだ。
こんな凄いものをマギ課で開発、制作をしていることにエマは改めてホノカさんとレナート様の魔法の強さと、マギ課の素晴らしさを感じた。
「ランプは一晩中つけておくね。でも、もし怖い夢でも見たら遠慮せずにいつでも起こしてくれていいからね。お休み、エマさん」
「お休みなさい、ホノカさん」
暖かな温もりの中、嫌な夢など見ることもなく、目を閉じるとあっという間に深い眠りへとエマは落ちていった。




