30 鎔解
29話を公開したつもりでいて、30話を先に公開していました。
飛ばして読んだ方、申し訳ありませんでした。
「あ、ああ」
レナート様からの正式な申し込みに、父はぎこちなくはあったが頷いた。
立会人に王様と宰相というとんでもない人々がいる中、シルヴィオ家とマクレーン家との間に婚約が成立した瞬間だった。
父が娘であるエマに確認をすることなく返事をしたことなんて、全く気にならなかった。寧ろ、よく許可してくれて有難うございますとお礼を言いたい気分だった。
「許可を頂き有難うございます」
嬉しさに笑みを浮かべたままレナート様は父に向って軽くお辞儀をすると、続いてエマの方を向き、引き込まれそうな程華やかに笑った。その笑みを見たエマの心はきゅんと音を立てた。
嬉しくてエマは横にいる旦那様となるレナート様の顔を見つめた。
自分とは違うがっしりとした肩や腕の逞しさ、男らしいくっきりとした喉仏、自分が映り込んでいる琥珀色の瞳。緩く一つに縛られた長い金錆色の髪。
自分よりも身分が高いことも、上級魔法使いであることも分かっているが、レナート様の客観的事実より、こうしてエマ本人をと望んでくれることが何より嬉しく感じる。
―ーーこの方が、私の旦那様。
レナート様が私に言ってくれた「安心してお嫁においで」と言ってくれたことを、有言実行とばかりに行動で示してくれている。
これで更にレナート様との結婚に一歩近づいたことになる。エマの始まったばかりの恋心はもう止めようがない程に加速し始めていた。
まだレナート様のお父様にも会えていないし、上げれば数えきれないほど沢山の問題があるはずにはずなのに、こんな笑みを見せられたら何故か大丈夫という気がしてくるから不思議だ。
レナート様の笑みを受け、自然にエマも微笑んでいた。
笑みを浮かべながら頬を染めているエマを見て、レナート様は安心したのか一つ頷いてから元と同じように父へと向き直った。その表情は結婚の許可を貰ったことにより緊張が抜けたらしく、肩の力も抜けていた。
「では、さっそく今後の予定などを決めていきたいと思うのですが、構いませんか?ああ、それとマクレーン家にと、レイエス家との間に事業の支援契約があったことも聞き及んでます。そのことについても支援する予定ですので、ご安心ください」
父はレイエス男爵家との婚約が白紙になったことで事業支援も同じく白紙になったと思っていたらしい。シルヴィオ家から支援を受けられると聞き、卑しくも父の青白い顔には赤みが差し始め、暗く淀んでいた目には光が灯り始めた。
「それは、もう」
顔色を窺いながらへこへこと頭を下げ、揉み手をせんばかりに愛想を振りまき始めた。
エマは急に態度を変えた父を茫然と見つめる中、レナート様以外の皆が呆れたような顔を浮かべていた。
あまり会話をした覚えもなく、接触もほぼない父からは、見下すような冷たい態度が当たり前で、傍に寄ることすら出来ない相手だった。
横柄で傲慢。それがエマが思う父の姿だった。
相手の下手に出て、媚びへつらう矮小な父を見ていると、段々哀れにさえ思えてきた。
自分は父の何を見ていたのだろうか。
母も亡くなり、マクレーン家という極限られた狭い世界でしか世の中を知らないエマからすれば、父という存在は絶対だった。
エマの固く閉じていた心の一部が、今の父の姿を見てそんなに恐れる必要はないのかもしれないと解けていった気がした。
丁度その時、新たに入室を求める応答があった。用事があると言って別行動をしていたアンナ様とセオドールさんが戻ってきた。
王様や宰相と挨拶を交わすと、ソファに座っていたアルベルトさんがアンナ様に席を譲った。セオドールさんとアルベルトさんは扉の所にいた騎士さんと一緒に並び立った。
宰相から、たった今シルヴィオ家とマクレーン家との間に婚約が成立したことを伝えられたアンナ様は嬉しそうに笑みを浮かべ、エマに向って有難うとお礼の言葉をくれた。
「そんな、むしろ私の方がお礼を言いたいです」
「あら、可愛い娘が増えるんですもの。お礼を言うのはこちらよ」
と少女のような可憐な笑みを向けられた。
アンナ様が眩しいです。
心の中でエマは目を覆った。
「遅れてごめんなさい、準備に時間がかかったものですから。レナート、家の方は大丈夫よ、侍女に先に戻って全てを伝えるようお願いをしておいたから。それと、気が早いとは思ったけど、これも確保しておいたわ」
アンナ様が用事があると言っていたのは、どうもエマのことは勿論、今夜あったことをシルヴィオ家当主へ伝言を頼みに行くことだったらしい。
アンナ様はテーブルの上に一枚の紙を置くと、息子へと押し出した。その紙がどういったものであるのかと確認するために手に取ったレナート様は、一番大きく書かれている文字を全員の前で読み上げた。
「『婚姻届け』ですか。これはまた随分と準備が早いですね」
こ、婚姻届け?
読み上げられた言葉にエマは驚いた。
たった今婚約が交わされたばかりなのに、目の前には早くも婚姻届けが用意されたらしい。紙を持っているレナート様の横に居るため、エマにも書いてある文字が見えた。確かに紙の上部には婚姻届けと書かれていた。
まだエマの中では、婚姻とはぼんやりとした形あるものとして認識されていなかったのに、婚姻届けの書類を見たことによって急に現実として突き付けられた気がした。
頭の中で白のウエディングドレスを着た私が、レナート様に手を引かれて歩く姿がポンっと浮かんだ。そのまま司祭の前へと並んだ二人は祝福の言葉を受け、そして口付けを交わそうとーーー
「あら、必要でしょう?」
茶目っ気たっぷりに言うアンナ様の声を聞いて、エマは我に返った。
わ、私ったら、なんてことをっ
挙式のあれこれを想像したエマは、熱くなった頬の熱の冷ますのに苦労した。
「それは、まあ、そうですが。ですが、流石に今日必要とはならないでしょう」
「そう?せっかく舞踏会場で司祭をお見かけしたから、必要なら後でお願いをしなければと思っていたのに」
と、可愛く息子に拗ねて見せるアンナ様はとても若く見え、とても30を超える息子の母には見えなかった。
「でも、そうね。エマさんのウエディングドレスが無いものね。ふふふ、気合が入るわぁ。ホノカさんも手伝ってね?」
「はい、喜んで」
アンナ様とホノカさんが微笑み交わしている姿を見ながら、今日レイエス男爵に襲われ、そのまま妻にされそうになっていたことを思えば、直ぐにでも署名しても構わないとちらりと考えてしまったエマだった。
遅くなりましたが、タイトルイラスト公開しました。
エマと花のアングレカム描きました。
一話のトップに貼り付けました。宜しければ見てくださいね~




