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26 糖度

 エマはホノカさんお勧めの他のお菓子も頂くことにした。

「わ。なんですか、これ。物凄く柔らかいです」

 今まで焼き菓子ぐらいしか知らなかったから、初めて食べたカップ入りプリンの蕩ける柔らかな触感には衝撃を受けた。

「ふわぁ、溶けちゃいました」

 甘くて、とろっとして幸せな気分になった。あっという間に口の中で消えてしまったプリン。もうひと口、と直ぐに二口目を口に入れた。

「・・・美味しい」

 スプーンを差す時にふるふると震えるプリン本体が、減ってしまうのは勿体なくもあった。知らずエマはうっとりと頬を緩めていた。

「ふふっ、良かった。気に入って貰えて。レナート兄さんもプリンが大好きなんだよね」

「そうなんですか?」

「お義父さんと一緒に争うようにして、お代わりを欲しがるぐらいには大好きなんだよ。ね?兄さん?」

「まあ、そうだな。ホノカの作る菓子はどれも美味いが、プリンが一番好きかな」

 レナート様は随分と甘党らしい。覚えておこう。


 シュークリームも食べてみた。両手で持って、あむっと齧ると中からクリームがはみ出てしまい慌てた。勿論、これも美味しかった。

「こんなに美味しいお菓子、イレーネにも食べさせてあげたいな」

 エマは無意識にぽつりと呟いていた。いつもならお菓子を二人で分け合って食べていたのにな、と。

「えっ?イレーネさんって?」

「一緒に暮らしている侍女です。イレーネは甘いものが好きなので、食べる時は一緒に食べていました」

 ホノカさんからの質問にエマは答えた。

 そう頻繁にお菓子を食べることが出来る状態では無かったが、時々自分達で手作りの焼き菓子を作ることがあった。日持ちもするので、毎日二人で少しずつ食べていた記憶が蘇った。


「エマさんはそのイレーネさんのことは大好きなんだね。そういうことなら、今度作り方教えてあげる。大丈夫、そんなに作り方は難しくないから。材料も卵と砂糖と牛乳だけだし」

「えっ、こういうレシピって秘匿しなくていいんですか?」

 ホノカさんは何でもないことのように簡単に言ったが、いいんだろうか。詳しいことまでは知らないが、料理の発案者には特許権というものがあったような気がする。


「プリンとシュークリームに関しては大丈夫だよー。この二つはシルヴィオ家の本邸があるシシリアームでもうそこそこ流行ってるお菓子だから。だったよね?レナート兄さん」

「ああ。プリンとシュークリームに関しては問題ない。ここには出して無いが柔らかいパンも大丈夫だ。他の菓子レシピは駄目だけどな」

「柔らかいパン?」

 この国で食べるパンは日持ちがするのが当たり前で、スープなどと一緒に食べるから固いものが当たり前だ。


「ホノカが硬いパンが食べられないと言って、今まで食べたことがない様な柔らかいパンも作ったんだよ。今では家で食べるパンは柔らかいパンと決まってしまったから、今度食べてみて。美味しいから。今度エマさんが一度マクレーン家へ帰る時に、パンもお菓子も一緒に土産に持っていこう。そうすればイレーネさんにも食べてもらうことが出来る」

「私、マクレーン家へ行ってもいいんですか?」

 レナート様がお土産を持ってマクレーン家へ行こうと言ってくれた。

 エマはレイエス男爵から、父から私のことはもう返さなくてもいいとまで言われたと聞かされたから、二度と行けないものだと思っていた。


「勿論、構わない。お気に入りの物とか、使い慣れた身の回りの品だって必要だろうし。菓子をあげたいと考えるくらいもう一度イレーネさんには会いたいんだろう?」

 隣の席に座っているレナート様の声が優しい。どうしてそんなことまでレナート様には分かるのだろうか。

 父からはだまし討ち見たいな格好で祝賀行事に連れて来られた。私と結婚させようと考えていた相手との顔合わせだけのつもりだったから、イレーネには何の挨拶もしないまま今朝家を出てきている。

 その辺のことを理解してくれているレナート様に、なんとお礼を言っていいのか分からなかった。

「はい。会いたいです。イレーネとは血が繋がっていませんが、私の唯一の家族ですから」

 父が考えていた相手とは違うけど、むしろ良かった。もしレイエス男爵と結婚していたら、家に帰ることも、イレーネに会うことも出来なかっただろう。

 私の事を大切にしてくれる、私も大好きになった人だと、直接イレーネに伝えることが出来る。

 きっとイレーネも喜んでくれるはずだ。

「いつ行けるかは、マクレーン男爵と相談してからになるけど、ご家族とは挨拶したいと思うし、一度マクレーン家をこの目で見ておきたいからね。必ずエマさんを連れて行くよ」

「・・・有難うございます」

 レナート様の優しさに、エマは少し泣きそうになってしまった。


「はいっ、私も立候補しますっ!」

 ホノカさんは片手を勢いよく上げ、連れて行ってと願い出た。

「なんでまた、ホノカまで行きたがるかな。全く。・・・ホノカが一緒に同行して行けるかどうかは、父と相談してからな?」

「むう。・・・分かった。でも、お義父さんがいいって言ったら、私も連れて行ってね?」

「ああ、約束する」

 レナート様は呆れた風に言いながら、父はホノカに甘いからなぁとぼやいている。


「あの、今頃こんなことを言うのもどうかと思うのですが、レナート様のお父様は、まだ会ったこともない私の事を受け入れてもらえないのではないかと思うのですが」

 ここでの話し合いは結婚前提で進められているが、家長の承諾をまだ受けていないどころか、結婚のけの字も伝えていないのだ。即座に却下される可能性が高いのではとエマは思った。


 レナート様からの挨拶を受けた時、シルヴィオ家の嫡子でなく三男とおっしゃっていた。子爵家を継ぐ方は別におられるのだろうが、それでも見ず知らずの小娘がいきなり現れて、結婚したいと申し出たところで、シルヴィオ子爵にはきっとたちの悪い冗談にしか思えないだろう。しかも、傷跡がある娘だ。普通なら即座に断られても当然だ。

「絶対に大丈夫だ。ようやく結婚する気になったかと喜ぶと思う。父からは俺がいつまでもふらふら独り身でいることを心配していたこともあるけど、母とホノカが乗り気だから。二人が気に入った人物といえば、父は絶対に反対はしない」

 しかしレナート様には、不安などないと自信満々に言い切られてしまった。

「そうだな、私もレナート室長に同意する。昔からよく知っているボードワンならば、そうするだろうな」

 クロード宰相からまでもお墨付きを貰ってしまった。

「エマさんなら大丈夫。お義父さんもエマさんと会えばきっと喜んでくれるよ」

 更にホノカさんまでもが太鼓判だ。


 右に座るレナート様は私の右手を掬い取ると、なんと指先にご自分の唇を当てた。その上でにこりと笑みを浮かべた。

「心配はいらない。エマさんは安心して俺の所へ嫁においで?」

「~~っっっ!!」

 とんでもない破壊力に、心臓が壊れてしまいそうだとエマは思った。


「・・・はい」

 どうしよう。レナート様の顔をもっと見たいのに、眩しくてまともに見られない。

 エマは俯いて返事を返すのが精いっぱいだった。


 幸せに浸るエマには聞こえていなかったが、傍にいた王と宰相は菓子を摘みながら、いつもより甘いなと零していた。

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