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25 作法

 質問の前に、一応全員の簡単な自己紹介をしてから始められた。

「まずは家族構成から聞きたいのだが」

 進行役はクロード宰相が務めるらしい。宰相は腰かけていても姿勢が良く、エマと同じく銀髪をしていたことが窺える白髪をしており、さっきまで見せていた薄い青色の鋭い視線は現在柔らかなものへと変化している。エマは真正面からの問いかけに、多少の緊張だけで済んだ。

 レナート様から愛されてる云々は、深く考えることは後回しにすることにした。そうしないと、全員の前で醜態を見せそうで怖い。レナート様が隣に座っていることは分かっているけれど、視界に入っていない分、あまりそちらに気を取られない様に自分をコントロールした。


「はい。父のバシリー・マクレーン、義母のラモーナと、義妹のオルガがいます。後、義姉のロージーもいるのですが、去年結婚をしたので現在はいません。実母は私が11才の頃、病気で亡くなりました」

 私と宰相だけで会話が進められ、他の人達は清聴するようだ。でも、隣に座っているホノカさんからは、黙ったまま手を握られた。こちらを見るホノカさんは痛ましそうではなく、思い遣りといった表情に見えた。


「ふむ。現在は四人家族という事か。マクレーン男爵が再婚されたのは何時頃?」

「母が亡くなってから、二年後です」

 今から五年前の私が13才になった頃だ。父からは一切の相談はなく、急に対面されられて驚いたことしか覚えていない。その頃から自分の居場所というものが徐々に無くなっていった。


「次に聞きたいことなのだが、エマさんには先に謝っておく。女性に失礼だと思うが、その傷の事を尋ねてもいいだろうか?」

 こんな娘に対しても申し訳ないと思ってくれているらしい。逆に私の方が恐縮してしまう。傷の事は随分昔の事だし、自己責任でなってしまった事なので理由を聞かれるくらい全然大したことはない。


「あ、はい。この傷は自分の不注意で出来たものなんです。私が小さい頃の事で、聖獣を頂いてから直ぐの10才頃の時です。マレサの木に実を採ろうとして梯子から落ちました。その時の怪我でこめかみ、左腕、左足に傷が残り、足に少しだけ障害が残りました」


 長期間に渡り、寝たきりとなった程の大怪我だった。その時の医師には頭を打っていたなら、きっと命は無かっただろうと言われた。体が弱い母にも随分と心配をかけてしまった。母の看病のお陰で顔に小さなこめかみに傷跡、左腕の前腕に15cm程の痕と、左足を少し引きずる後遺症だけで済んだ。

「何故子供である自分が採ろうと?誰か他の大人に頼めなかったのか?」

 もっともな質問だ。

「もう既に分かっておられるとは思いますが、父とは余り親子らしい会話というものが無くて。頼めば使用人が採ってくれたかも知れませんが、言える雰囲気ではありませんでしたから」

 子供心に言っては駄目なのだろうと思わせる雰囲気が、もう既にマクレーン家には出来上がっていた。

 娘にも冷たい父に盾突いてまで子供エマのことを優先する様な使用人は、母付きの侍女のイレーネ・ベーレンスしかいなかった。現在60才程の年齢の彼女に、当時小さかったエマがマレサの実を採って欲しいとお願いすることは難しいことだと分かっていた。

 マレサの木は幸い家の周り沢山あった。少し手を伸ばせば届きそうな高さに、沢山実が在ったのだ。


「私の聖獣はさっき見られたと思うのですが、標準よりもとても大きいのです。比例してマレサの実も普通の聖獣より多く食べます。だから足りない分を自分で採ろう考えたんです。木に直接登ることは無理だと早々に分かったので、梯子を使い降りる時に足を滑らせました。運悪く、下に大きな岩があって怪我をしたのです」

 朝夕と数個ずつはきちんと貰っていたのだ。ただ足りない分を採りたかった。


「私は魔法を使うことが出来ません。聖獣も魔力が殆どありません。それでもグロリオサは私には大切な家族同様です。その後、マレサの実は二倍貰えるようになりました。怪我はしてしまいましたが、後悔はしていません」

 これ以上怪我はさせられないと思ったからなのか、マクレーン家の醜聞を恐れたからなのかは知らないが、父からの命令でマレサの実は増やされたのだ。

 怪我をしてからより一層父からは冷たい態度を取られたが気にしない様にしていた。その頃から母の病気が悪くなっていったので、気にしていられないという理由もあったけれど。


 暗い空気が漂う室内に、ノックの音が響いた。

「失礼します。お茶をお持ちしました」

「入れ」

 クロード宰相の返事を待って、さっき部屋を出て行った侍女達がワゴンを押して中へと入ってきた。話は一時中断され、繋がれていたホノカさんの手もゆっくりと離れていった。感じていた柔らかな熱が無くなると、なんだか寂しく感じた。

 侍女は丁寧に人数分のカップに紅茶を注ぎ、数種類の茶菓子も一緒に配り終えると静かに部屋を出て行った。

 流石に城に努めている人は違うと、綺麗な身のこなしをする侍女の動きをエマはじいっと見つめていた。


「冷めないうちに、どうぞ飲んでください」

 フルメヴィーラ王から勧められた。

「有難うございます。では、遠慮なく頂きまーす」

 一番先に動いたのは、ホノカさんだった。わーい、と言葉が聞こえてきそうな程に顔が綻んでいる。湯気が立つカップを優雅な手つきで取ると、香りを楽しんでから紅茶を飲み始めた。

 その様子を見たエマは、自分のカップと茶菓子を交互に見ながら、飲むべきなんだろうかと割と真剣に悩んでいた。今までテーブルマナーなど碌に習っていないエマには、紅茶一つ飲むのも敷居が高いものと感じていた。


「エマさん、そう畏まらなくていい。気兼ねなく自由に飲んで構わないよ。ですよね、陛下?」

 レナート様には私が何を悩んでいるかが分かったらしい。自分のカップをマナーを無視した持ち方で持ち上げると、無造作に飲み始めた。

「ああ、全然構わないよ。ホノカさん、菓子は足りるかな?足りないようなら追加を頼むが」

「うーんと、ですねえ。お菓子は十分ですけど、出来ればマレサの実を貰えると助かります。魔法を幾つか使ったのでこの子達にあげたいんです」

「分かった。アルベルト、悪いが頼んで来てくれないか?」

「承知しました」

 名前を呼ばれたクロード宰相の隣に座っていたアルベルトさんは、軽くお辞儀をして部屋を出て行った。歩いて行った後ろ姿は、すらりとした長身で長い銀髪をしていた。

 マギ課の副室長で、宰相とは親子と聞いたけれど、王様を太陽のような華やかさの美しさとするなら、アルベルトさんは冬の月の光を思わせた。身に纏う雰囲気が冷たく感じたのは、無表情で、整いすぎた顔だからだろうか。


 パタンと閉ったドアの音に続き、ホノカさんから明るい声をかけられた。

「エマさんも飲もう?紅茶も美味しーけど、お菓子も美味しいよ?」

 パクパクと手で摘みながら菓子を頬張るホノカさんを見て、エマはあっけにとられた。紅茶を飲む仕草とは違い、気楽に口へと菓子を放り込んでいる。

 あ、レナート様まで。

 レナート様はホノカさんと取り合うようにして菓子を食べている。王様や、宰相も紅茶を飲んでいるのを見てようやく自分も飲もうと決めた。


 エマは恐縮しながらおずおずと目の前のカップに手を添え慎重に持ち上げた。鼻腔には嗅いだことがない程の力強くていい香りが感じられた。

 綺麗な赤茶色をゆっくりと口に含むと、すっきりとした味わいだった。きっと高価な紅茶なのだろう。


「焼き菓子のクッキーも勿論美味しいんだけど、私がお勧めしたいのはこっち。このお菓子はマカロンと言ってね、新作なんだー。こっちのはプリンで、こっちがシュークリーム。小さくしてもらえるよう頼んでおいたから食べやすいよ?」

「新作?」

 なんだかホノカさんが作ったように聞こえたけど、まさかね。

「そう、プレーンも良いけど、食べて欲しいのは紅茶のマカロンと、チョコのマカロンかな?苺とか、抹茶も作りたかったけど、こっちじゃ材料が手に入らなくって」

 ホノカさんはとても残念そうに言った。

「これ、ホノカさんが作られたんですか?マギ課で働いていると思っていたのですけど、違うのですか?」

 見たこともないお菓子を日々研究して作っているのだろうか。

「マギ課で働いて居いるけど、時々厨房にもお邪魔してるの。これは私がレシピを教えて、城の料理人さん達が作ってくれたお菓子だよ」


 ・・・なんというか、次元が違いすぎ。ホノカさんって凄すぎる。


 お勧めの紅茶のマカロンを一口食べてみた。甘くて、ほろりと崩れる触感がした。お勧めというだけあって、とても美味しかった。

 ホノカさんは、魔法が幾つも使えるだけでなく、お菓子作りも大変すばらしい能力を持った人だと分かった。

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