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18 代人

 怒りをまともに向けられたエマは、何か話さなくてはと思ったものの、怖くて何も言えなかった。代わりに答えてくれたのは、男爵の物言いに苛立った様子のレナート様だった。

「どうしてくれるも何も、自分の行いをよく考えてからものを言え。成人したての若い娘を無理やり部屋に連れ込もうとしやがって。蹴られるくらいどうだというんだ。立派な正当防衛だろう」

 私は悪くないと否定してくれた。

 咄嗟にしてしまった事とはいえ、人を蹴ってしまったのだ。非力な私が足を蹴ったくらいでは怪我はしなかったろうが、グロリオサに蹴られた所は男の人にとっては急所だ。そんな場所を攻撃されて蹲る程の痛みだったのなら、主である私の責任だろうと考えたのだが、正当防衛が当てはまると聞いて心の底から安堵した。


 私は一時でも、守って貰えている。

 エマは抱きかかえられているという物理的な安心と、精神的なものまで同じものをレナート様から貰ったと感じた。

 レイエス男爵に鋭い瞳をしているレナート様の横顔を見つめたエマは、ずっと見ていたい、そう思った。心がざわめくと言う初めて感じる気持ちに戸惑った。


 そんなエマを余所に、さらにレイエス男爵の感情は一段と激しくなった。

「正当防衛だと?嫁となる娘と同じ部屋に入ってどこが悪いというんだ?夫婦になるのだから別におかしくはないだろう」

 妥当性を欠く発言にレナート様だけでなく、発言した者以外が呆れた顔をした。

「あのな。ま・だ・結婚前だろう。許される訳がないだろうが、立派な犯罪だろうが。嫌がってる相手の気持ちを無視する様ないい加減な事抜かすんじゃねーよ。俺が本人から聞いた話だと、今日が父の決めた相手との初顔合わせがあると聞いただけ。ということは、婚約期間は一切なし、そうだよな、エマさん」

「は、はい。そうです」

「だそうですよ、クロード宰相。この男、どうします?」

 一部例外もあるが一般的には婚約が決まれば、結婚式の予定や、新居の決定などを含めた諸々の準備が必要になってくるため、婚約期間を十分取ることが一般的とされる。


「ふむ。一応婚約状態にはあったという事か。それでも、顔合わせ当日に教会への署名の提出も無しに、嫌がる相手を無理やり手籠めにしようとしたことは、明らかなルール違反。女性側からの申し立てがあれば婚約破棄も十分可能だな」

 クロード宰相は全員に向けて説明を終えた。エマ以外の人達はレイエス男爵が悔しい顔をするだろうと思っていたが、何故か勝ち誇ったような表情を浮かべていた。

「娘の身柄は私との事業の支援契約と引き換えにと、向こうから言い出したことだ。明日にでも正式契約を結ぶことになっている。だから、今晩の事は明日が今日になっただけの事。それにもう娘はマクレーン家には返さなくていいともマクレーン男爵本人から言われている」

「なっ!?」

「惨い」

 男性は驚愕した表情を浮かべ、女性は怒りの表情を現した。

 そう。少し前にエマはそのことを聞いていた。だからエマはクロード宰相の説明を聞いた後も、婚約破棄が出来ると喜べなかった。


 普通の婚約ならばきっと挙式まで十分な期間が設けられただろうから、私もあってその日のうちに襲われることもなく、父親の決めた人の所へ諾々と受け入れ、かなり年の離れたレイエス男爵に嫁いでいた事だろう。

 けれど実際は、実子と言えど役に立たない私を早く切り捨てる為と、経営悪化を改善するための支援が早ければ早い程いいと考えた父の思惑からこんな結果に繋がったのだろう。

 男爵と結婚しなくてもいい。そんなことは父からは絶対に言われることはないと分かっていたから。

 同情や憐みといった視線が集まったエマは、自分のスカートの裾へと目線を落とし、掴まっていた服に無意識に皺を増やしていた。


 誰もが沈黙を続ける中、レナート様は無言で私の体をゆっくりと床へと降ろされた。

 エマは限られた時間が終わったんだと思った。嫌悪感しか抱かない相手に、心を偽ってでも嫁がなくてはならない決心を付けなくてはならないのだと。

 両足で立った私がまたふらつかない様にしてくれているのか、レナート様は片手をまだ繋いだままエマと向き合っている。エマは有難うございましたと一言お礼を言おうとしたが、何故かレナート様は繋いだ手をそのままに、片膝を付き私の事を見上げる格好になった。

 どうかしましたか?と問う間もなく、続いた言葉に誰もが驚いた。


「その支援契約は俺が代わる。---私、レナート・シルヴィオはエマ・マクレーン嬢に結婚を申し込みます。受けてくれますか?」


 なんと人前で堂々とプロポーズを告げられた。

 辺りがシンと一瞬静まったかと思うと、わあっと歓声が上がった。


 一気に騒がしい声が絶え間なく繰り広げられる中、呆然としているのはプロポーズをされたエマと、レイエス男爵だ。

 頭の中が真っ白というのはこういう事だろう。喜色満面な笑みなホノカがエマの周りを飛び跳ねても、騎士の誰かがヒューと口笛を吹いても、エマは頭が回らず立ったままだった。

「返事を貰えないだろうか?」

「えっ?えっ?」

 返事?何に?えっ?えっ?

 ようやく動き始めたばかりのエマの頭の回転は鈍かった。


「二者択一で申し訳ないが、私とレイエス男爵、どちらを夫として選ぶか決めてくれないだろうか?」


 エマが目線を下げた状態で見つめているレナート様からの質問は、摩訶不思議な知らない言葉にしか聞こえなかった。

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