表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/57

16 記憶

「きゃっ、レ、レナート様!?」

 片腕に座るような形でエマは軽々と抱き上げられた。一人分の重さなど大したことがないのか、抱き上げられた腕はびくともしない。だが、自分の上半身が不安定に揺れてしまい思わず逞しい肩にしがみ付いてしまった。優に頭二つ分ほど視界が高くなった。普段とは違う視界の高さが少し怖いと思った。

 安全な距離を取る為にレナート様の腕にエマは乗せられたまま、廊下を移動し始めた。

 

「離せっ、何故私がこんな目に合わなくてはならんのだっ!」

 二人の騎士に跪いたままそれぞれ腕を拘束されたレイエス男爵は、大声で怒鳴っている。周りに逃亡しない為にか数人の男の人が立ちはだかっている。その中に、一人だけ女の人が混ざっていた。

「自分の仕出かしたことも理解出来ていないなんて、ホント最低な男ね」

 喚いて煩い男の前に立ちはだかったのは、アンナ様だった。余程腹を立てているらしく、腰に手を当て相手の事を完全に馬鹿にしたように見下ろしている。

 男爵はドレスを着た相手の事が分からないようだ。上を見上げ誰だ?という表情を浮かべた。取り敢えず静かになった。

「昔、私にも同じようなことをした相手、と言えば思い出せるかしら?」

「何?」

 周りを囲んでいた男達は声こそ出さずに済んだがぎょっとしていた。

「勿論未遂だったけど。思い出せない?年を取り過ぎたのではなくて?そうね、ヒントをあげましょう。場所は舞踏会場横の庭園、今から40年程前の事よ。どう?」

「40年前?」

 直ぐには思い出せないらしくレイエス男爵は相手を見上げ、記憶を辿っているようだ。


 母と男爵の会話には息子は参加しないことにしたらしい。エマを抱き上げたまま少し離れた場所に連れて来られた。後ろからホノカさんも来てくれた。

「随分と軽いな。エマさん、大丈夫だったか?怪我は?あの男に何をされた?」

 自分の目線より下にあるレナート様の顔がかなり近い。琥珀色の瞳の色や、それを縁取っている睫毛まではっきりと見えてしまう距離だ。

 その真っすぐ向けられている瞳は、確かに私を案じてくれている感情が浮かんでいた。

「怪我はありませんし、何もされません。部屋に入る前でしたから。あの、レナート様、そろそろ降ろしてください。一人で立てますから」

 小さな子供ならまだしも、幾ら背が小さいとはいえ成人した大人エマを腕に乗せたままなんて、重くて体にかかる負担が大きいに決まっている。


「まだ体の震えが止まってないのに、こんな状態で降ろすわけにはいかない。震えが止まらない程の怖い事をあの男にされそうになったんだろう?それとも怖いことがあった直後に男にこうされることが、やはり怖いから?」

 レナート様は複雑そうな表情を浮かべていた。


 エマの体は確かにまだ震が収まってはいなかった。理由としてレイエス男爵に襲われそうになったことが勿論怖かったということもあるが、それ以上に今のこの状態にこそ緊張してるからだと思う。

 エマは亡くなった母以外に、こんな風に抱かれたことなど一度も記憶がない。

 今日知り合ったばかりのレナート様は、自分も知っていたほどの有名な人だ。そんな人に抱き上げられて緊張しない方がどうかしてる。それに、こんな凛々しくて素敵な人の腕に抱き上げられていることに、心もときめくというものだ。

 エマはそう言いたがったが、恥ずかしくて本当の事は言えなかった。


「男爵にされそうになったことは怖かったですけど、レナート様の事を怖いとは思いません」

 ふるふると首を振った。

 それどころか、気持ちは反対に安心していると言ってもいい。何度も転びそうになったところを助けてくれたからだろうか。抱き上げられていることに緊張はしているが、怖いとは全然思わない。

「そうか」

「怖がられずに済んで良かったね、レナート兄さん」

 怖いと思われていないことにレナート様はほっとしたようだ。ホノカ様はレナート様の二の腕をぺしぺしと叩いた。


「あの、レナート様、ホノカさん、お礼を言うのが遅くなりましたが助けてくれて有難うございました」

 エマが悲鳴を上げてほぼ直後と言っても過言ではないくらいの時間しか経っていなかったと思う。どうして直ぐに駆けつけて来れたのか理由までは分からないが、誰も来てくれていなかったら自分はどうなっていたのかと思うと、今更ながらにぞっとした。



「間にあって良かったよ。ホノカがどうしても心配で気になるから様子を見に行きたいと言い張ったお陰だな。でないと、ここは会場から離れすぎているから、誰もエマさんの悲鳴に気づかないままだったと思う」

「ホノカさんが?」

 そんなに心配してくれていた?

 ホノカさん達への父の態度は決していいものではなかっただろうし、私も最後の挨拶は不十分なままだったはずだ。それなのに、気になるからとそれだけで行動してくれていた?

 エマはじわりと涙が溢れてきそうな気配を感じた。


「ホノカさん・・・。有難うございます」

「ううん、そんなお礼を言われるような大したことしていないから。どっちかと言えば、私の勝手で行動した結果というか、相手のやらしい目つきが許せなかったというか、顔・・・というか、頭・・・というか、体全体がこう、なんというか、気に入らなかったと言うか、その、エマさんにはあの男の人と結婚して欲しくないな、とか・・・つまりはそう言う事なんだけど・・・」

 途中からホノカさんの目はどこかへ泳ぎ、段々と声が小さくもにょもにょと小さくなっていった。

「・・・ごめんなさい、心配は勿論していたけど、自己中で行動した結果です・・・」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ