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13 疾走

「レイエス男爵。こちらが我が娘です。エマ、挨拶を」

 舞踏会場を出てすぐの扉近くの廊下先で待っていたのは、予想外に年配の男性だった。父より恰幅がよい体格に、年齢と共に減少した頭部、そのせいで額に浮き出ている油のせいなのか、廊下の光を受けて光って見えた。

 広い廊下にはエマたちの他、離れたところに数人の姿と、警備している騎士の姿があるだけだった。


「お初にお目にかかります。エマ・マクレーンです」

 父に言われ、エマは緊張しながら挨拶を終えた。ゆっくりと体を元に戻しながら、失礼に当たらないように気を付けて相手を眺めた。


 今日ここへ来たのは、夫となる予定の人との顔合わせの為と父から聞いたけど、まさかとは思うが、この男性なの?でも、あまりにも年齢が離れすぎているわ。多分父よりも年齢が上の60才ぐらいに見えるのだけど。あ、もしかして、ご本人の都合がつかなくて代理として相手の父親が来たのだろうか。多分、そうよね。

 エマはそう考えた。

 そうでないと、余りにも想像していたのとは違いすぎて、かけ離れた容姿に拒否反応が出そうな気がした。多分そんなことを思ったのは、短い時間だったけど直前まで至近距離にいたレナート様と、セオドール様の素敵で精悍なお顔と鍛えられている身体を見たからだろう。

 


「聞いていた通り、左のこめかみ、左腕前腕に傷か。歩き方も聞いた通りのようだな。まあ、いいだろう」

 レイエス男爵はエマを上から下まで舐めまわす様にしてじっくりと観察した。その余りにもしつこく、ギラギラした目つきに気持ち悪さを感じ、エマはぞくりと全身に鳥肌が立つのを感じた。思わず右手で自分の身を守るかのように左肘を押さえた。

「では、約束通りということで宜しいですか?」

 父は娘がどう感じているのか無関心らしく、希望が叶ったことが分かり喜んでいるらしく声が弾んでいた。


「うむ。約束したとおり私がもらおう」

 えっ!?レイエス男爵の息子ではない!?この方、ご本人が私の夫!?

 エマの考えは甘かったことを思い知らされた。

 衝撃的すぎる事実にエマは頭の中が真っ白になり、気が遠くなるのを感じた。

 自分では傷物の娘を仕方なく貰ってやるという尊大な態度を取っているつもりなのだろうが、その目つきを見れば明らかに好色漢を思わせるに十分だった。

 エマはこんなところで倒れる訳にはいかないと、必死に足に力を込めた。


「事業の支援契約については、改めて後日署名をしよう。ああ、バシリー殿、それともう一つ。外に待たせてある御者に私の名を告げてくれれば、今宵の相手の娼館元へと着くよう手配してある。勿論お主好みの、な」

「恐れ入ります」

 そうレイエス男爵に告げる父の顔は、先ほどの男爵がエマに見せたと同じ目つきをしていた。


 父・バシリーは一地方の食料品を輸入している実業家だが、今は随分と経営が芳しくないらしいのをエマは誰に聞いたという訳でもないが、なんとなく肌で感じ取っていた。それを裏付けるかのような言葉と、色事を匂わす会話にいや応なくエマは悟った。

 事業の金の支援と、娼妓の女と引き換えに、自分エマという必要のない厄介者を片付ける為にこれ幸いと売られたのだと。


 父は1人で上機嫌で外へと向かって行き、残されたエマはレイエス男爵に腕を掴まれ、引きずられるようにして城内の知らない場所へと連れて行かれた。


***


 廊下にいた筈の三人の姿が消えてから、ホノカは両手でセオドールの手を握り、上を見上げてお願いをした。

「エマさんの相手が本当に今の人なのか知りたいから、会ってきちゃ駄目?もしかすると、親戚の人の代わりに来たとか、そういうこともあるかも知れないから」

 ホノカは、あの嫌な目つきをしていたかなり年配の男性が相手でなければいいと心の底から思った。


「ホノカ、ここでは家格や家同士の関係が重要だから、年齢の違いは余り重視されないんですよ」

 セオドールが妻に貴族同士の結婚観について説明してくれた。

「確かに今の相手は、見た感じ好ましい感じには見えませんでしたけど、エマさんのように若い女性を年を取った者が後妻として迎える例も少ないですがあるのです。実の父親が取り決めた婚姻なら多分そのまま・・・」

 夫婦となるだろう、そうセオドールは続けようとしたが、泣きそうな顔をしているホノカに向かって言う事は出来なかった。


「でも・・・何だか嫌な感じがするの。ねえ、行っちゃ駄目?」

 再度のお願いに、セオドールは困っていた。本心としては一緒に行ってやりたいが、他家の婚姻に全くの他人が口出ししていいものではない。

「いいえ、行きましょう!あんな男と純情なエマさんが結婚なんて冗談じゃないわ。豚に真珠よ。どんなことをされるのかなんて、あぁもう想像もしたくないわっ。他家に口出し!?とことん言ってやろうじゃないの。絶対に破談させて見せるわっ」

 鼻息も荒々しく息巻いたのは、アンナお義母さんだ。怒りで普段は淑やかな言葉も荒れている。そんな義母を見てホノカは尊敬していた。

「お義母さん、素敵っ、カッコいいっ!」

 ええっ!?と驚いているのは、セオドールだ。


「母上・・・」

 片手で顔を覆い、勘弁してくれと嘆いているのはレナート兄さんだ。クロード宰相とアルベルトさんは熱い義母を前に呆然としている。

「さっ、ホノカさん、一緒にエマさんを探しに行くわよっ!」

「はいっ!」

 二人は頷くと手を取り合って、スカートを摘み出来る限りのスピードで走り始めた。残った男達四人も慌ててその後を追う羽目になった。


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