12 明確
「セオドール殿、ホノカさん、舞踏は楽しんでおられますかな?先ほどの2人の踊りはお見事でした。ホノカさん、後で宜しければこの老いぼれとも一曲お相手願えませんかな?」
目じりの皺をゆるりと下げた宰相から、なんとホノカは直々に踊りの相手に誘われた。
レナート兄さんを抜き、若いが今では一番魔法が強いホノカを宰相は会うと必ず何かしら言葉を掛けてくれる。ホノカが童顔だからか、二十歳を迎えているというのに小さな子ども扱いされている感じもないではないが、優しい人だと思っている。
「クロード宰相が老いぼれなんて、そんなっ。渋くて素敵だと思いますっ。私で宜しければ是非、まだ余り上手には踊れないですけど」
アルベルトさんはセオドールの確か4つ年上だったはず。だから26才か。そのお父さんの年齢と言えば、多分50才位だと思う。とても老いぼれ等には見えない。まだまだ若く見える。
ホノカはセオドールをちらりと見た。他の男性と一緒に踊ることを嫌がっているので確認の為だ。流石に宰相からのお誘いを駄目だとは言えないらしく苦笑しながら頷いてくれた。有難うの意味を込めて手を繋ぐと、蕩けたような笑みを見せてくれた。
「これはこれは嬉しい事を。では後ほど。2人は仲が宜しいですな。アルベルトにも相手が現れないものだろうか」
レナート兄さんとアルベルトさんはまだ独身だ。城内では女性が嫁になりたいとして、人気が高い事で有名。容姿、地位が高く、嗣子でない二人共がマギ課に所属しているから、生活面も心配ない。これでモテないほうがおかしい。
ホノカの肩にいる二匹の聖獣が怖いのと、宰相が盾の役割となって近づいてくる強心臓の持ち主は流石にいないらしい。離れたところから、熱い視線だけを送っている。
「・・・それにしても、何か問題でも起きたのですかな?先程かなり深刻だとお見受けしましたが」
どうやら宰相は何事か起きたのではないかと心配して声を掛けてくれたらしい。ホノカはお義母さんが説明しますかと、目で伺うと私に任せるという仕草を見せた。了解の合図に頷いた。
「ご心配するような問題は何も起きてません。ただ、折角知り合えて友達になって貰った方が、その、ご家族から冷遇されているのを知ったので・・・」
告げ口をするようで気は咎めたが、言わないでいられなかった。
あの親子関係は酷すぎる。普段エマさんはどうしているのだろうか。不当な扱いを受けていないか心配だ。
ホノカは親子が歩いて行った先を目で追うと、丁度会場から廊下へと出た所で、エマさんの父と知らない年配の男性とが話し合っているのが見えた。エマさんは何をそんなに驚いたのか、目を見開き青ざめている様に見えた。
「見ておられるのは、先程こちらから歩いて行かれた親子ですかな?」
「---エマさん?」
クロード宰相の言葉もホノカには届いていないようで、全員が何やら彼女の様子がおかしいことに気づいた。遅れて廊下の方を全員が確認すると、ホノカが知らなかった人物の事を知っていた人が二人いた。
「あれは確か、レイエス男爵」
クロード宰相が呟いた。
「あの男、ルチーノ・レイエス。どうしてあんな男がこんなところにいるのかしら。忌々しい!」
対して物騒な言葉と怒りを現したのはアンナお義母さんだ。いきなり憤った義母に皆はぎょっとした。
「私、昔あの男に言い寄られたことがあるのよ。ボードワンと結婚した後の今日と同じように舞踏会場だったわ。よりによってこの私を一晩の相手としてよっ!ふざけるなっていうのよっ。ホノカさん、いーい?絶対に、あの男について行っちゃ駄目よ?って言うか、近寄っても駄目よ。あの男の嗜好はね、若ければ若い程いいらしいの」
それは怖い。めちゃくちゃ怖い。絶対に近寄らないでおこう。
まだ手を繋いだままいたセオドールから、ぎゅっと力を加えられた。
あれ、でも、そうすると---。
「エマさんの『私ここへは父と一緒に夫となる方との顔合わせの為に連れて来られたのです』って言ってたのって、あの人の息子が相手ってこと?」
ホノカ達が居る場所から廊下まで多少距離があり、細かな顔の判別までは出来ないが、大体の年齢や体形などは十分見て取れる距離だ。
青ざめたままのエマさんの事をじろじろと眺めている男の年齢はおよそ60才程。細められている目つきが確かにいやらしく相手を狙っている様にも見えた。横にいるバシリー男爵より更に恰幅ある体躯に、廊下の蝋燭の明かりが、前頭部の白髪面積が少ない脂ぎった肌に反射しているのが見えた。要するに見事に禿げている。
そんな人の息子さんが幾つかは知らないが、想像すればするほど父親に似た男の姿しか想像できなかった。嫌すぎる。
「レイエス男爵に確かに息子はいる」
ホノカの疑問にそう答えたのは、クロード宰相だ。家族構成までご存知だったらしい。
「が、結婚してるし、息子以外に他に子供はいない筈だ。それと、妻を去年だったか亡くした筈だ」
そして続けられた言葉にその場にいる誰もが青ざめた。
まさか、・・・あの男本人がエマさんの相手?
全員がその可能性が高いと判断したと同時に、廊下には三人の姿がなくなっていた。




