【彼の名は…】
高い山々が連なるその中で頭1つ突き抜けた山の見晴らしのよい所に1軒の小さな家があった。
豊かな森を見下ろし名の無い少年は日の光を浴びながら大きく背伸びをする。
少年は自分がいつからここに住んでいるのか、ここがどこなのかまったく知らない。
少年が知っていることは毎日の日課と彼の存在…
『今日も平和でありますように、この世に光が満ち、皆が幸せでありますように』
少年は自分で言ったこの言葉の意味を知らない。
『さて、今日は鳥が食べたいな』
壁から弓を取り山を見上げながら森に入っていく。
森は深く、薄暗い。それでも少年には獲物が良く見えていた。
静かに矢を構え音もなく体を沈みこませていく…ヒュッ、短い風きり音、少し遅れて地面に何かが落ちる音が響く。
鋭い牙、長い鍵爪を持った獰猛そうな鳥の眉間には矢が深く刺さっていた。
少年は動かない鳥に手を合わせ、自分と同じ位の大きさの鳥を引きづり家に向けて歩きだした。
暫く歩くとフッと獲物が軽くなる。少年は気にした様子もなく振り返らず家まで歩いていく。
家に着くと獲物の重さは元通り。
『手伝ってくれてありがとう』
少年は獲物の先に向かってしゃがみこんで声をかけた。
茶色い大きな目、少し突き出したような薄い口、少し汚れた白い身体、手のひらに乗る位の丸っこい物が少年を見上げている。
少し突き出した薄い口をもう少し突き出して、くるりと背中を向けて地面の中に潜っていく。その背中には「126」と書かれていた…
『またお願いね、126号』
少年の声かけに一瞬動きを止めて小さく体を震わせ、また潜っていった。
近くの小川で水を汲み、山菜を摘み、枝を拾い集め、少年は家の前で火を起こす。
大き目の鍋に材料を入れて岩塩を入れて蓋をする。
山は夕日で赤く染まり、辺りは暗くなってくる…
火の揺らぎを見つめながら少年は枝を少しずつ火にくべていく、辺りには食欲をそそる香りが広がっていく。
『126号も食べるかい』
いつの間にか少年の近くで鍋を見上げている126号がいた。
くるりと少年の方に体の向きを変え、短い両手を上に揚げ、そして下ろし、口を突き出す。
『わかったよ』
少年の言葉を聞くとまた向きを変え鍋を見上げる。
少し厚手の葉っぱの上に鳥の皮がついた部分を乗せて少年は126号の前にそっと差し出す。
少年は知っている、126号は鳥の皮の部分が好きなことを。
126号は興味無さそうに鳥の皮をペシペシと叩き、少年に向けて口を突き出す。少年も鳥を取り出し食べ始める。山菜の香りと鳥の旨みが口に広がる。視線を横に向けると126号は鳥の上にうつ伏せになって小さな身体を震わせていた。
今日のはいい出来らしい、126号が顔を上げないから。
少年が食べ終わったころ、空になった葉っぱをジーッと見つめ、少年の方を向き少し葉っぱをペシペシした後、彼は葉っぱの下に潜って行った。