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異常な眼

 最初はただ「自分は眼が良いらしい」という認識だった。

常人に比べて視界が、海の様に広く、水平線の様に遠く、星の様に明るく、その空の様に澄んでいた。

どれだけ離れていようとも、見ようと思えば何もかもが見えてしまう。

それが自分にとっての常識ではあったが、他人にとっての非常識だとは露知らず。

 

 学校の視力検査(ランドルト環)では常に両目ともA.Aで、簡単にオールクリア。

それだけだったら優良ではあるが特別珍しいものではない。

だが、ふつう5m離れるところを10m、15m、20mと離れるとどうなるか、自分は大した支障もなく結果も変わることはなかったが、周りはそうではなかったらしい。


 はっきりと数値で表される眼の良さ。視力が良い、たったそれだけのことを賞賛してくれる同級生や先生。自分は特に優れている、そのこと自体にはやはり少しは子供らしくイイ気分にならなかったと言えば嘘になる。褒められると嬉しい、それが自身の努力の結晶に対してでなく、ただ偶然、

何の苦労もなくいつの間にか自分が手にしていたものに向けられていたとしても、それは変わらない。


例えば、才能、血筋。家族や友達も入るかな?

まぁそれらを褒をめられても嬉しくないという人や場面もいたりあったりするだろうが、

おおむねそれが純粋な好意による褒め言葉だったのなら角を立てる者も少ないと思う。

自分はその少数だったが。


 アレも、単純に褒め言葉のつもりだったのだろう。

怒るなんてみっともない、わがままだ、器が小さい、そう思ったし、そう思われたくなくて我慢した。

当時の同級生の誰かが発した悪意も敵意も恐怖ない「化け物」という呼称を。

それがひどく不愉快というか、拒否反応がでるというか、

クラス中から「化け物」と連呼されると、褒められてるはずなのに馬鹿にされてる気がして、

無様にも癇癪を起こしそうになるほどだった。まぁ簡単に言って嫌いなのだ。


 優秀であることは嬉しい、

 特別であることは誇らしい、だが、

 異常であることは疎ましい。


 気づいていたのだその当時、その気になれば100m離れてようがまったく問題が無いことに。

自分の眼が同級生たちと何か根本的に違うことは、なんとなく知っていた。

その違いに、優秀、特別、異常のどの形容詞を付ければいいのか、


 優秀と言うには度が過ぎる、

 特別と言うには地味でかっこ悪い、

 異常と言うのが最も似合った。


 優秀な人や特別な人、子供が言うところのスポーツ選手や特撮ヒーローは憧れの対象だ、

それに比べてただ眼が良すぎるだけの自分は、異常な人。

正直に言って、気持ちが悪い。


 特別にはなりたかったが異常にはなりたくない、

小学校高学年あたりからは視力検査で手を抜くようになった。



・・・


 「自分は眼が良い」という認識が正解ではあるが間違いでもあることを知ったのは中学一年の頃だった。眼が良いというのは視力が良い、だけではなかったらしく。


 どうやら自分の視界という画面にはチャンネルがあるらしい。テレビのあれだ。

テレビ番組には、ニュース、バラエティ、ドラマ、アニメといった種類がある、のは誰でも知っている。

それには面白い番組、つまらない番組、刺激的な内容、無難な内容、とあるがまぁ多種多様だ。


 それを踏まえて、自分には現在4つのチャンネルがある。

その4つをそれぞれそのまま簡単に1チャンネル、2ちゃ……あっ、やっぱやめ。

5チャンネル、6チャンネル、7チャンネル、8チャンネルとする。


 5チャンネルは、有り体に言えば普通だ。

前述のようにただちょっと視力がマサイ族以上に異常なだけで、常人と見ているものは(あまり)変わらない至って平和な無難で普通のチャンネル。これが視聴率の一番良いチャンネル、当然ながら世界中のほぼすべての人間が見ているはずのチャンネルだからだ。

 

 このチャンネルで生きる分には、まだ自分を優秀の一言で隠し通せた。


 6チャンネルの世界は、所謂ところの透視能力の世界。

いきなり話が飛躍したがそうとしか言いようがない。通常は見えないものを透かして見ることができるという認識でオールオッケー。遮蔽物の後ろにある物体を見透かす、裏返しにしたカードの模様を当てる、不透明な封筒や箱の内容物を判定する。もっと具体例を出せば食べずともおにぎりの具が見ただけで分かる、みたいな。


 下衆な話をすれば、透視と聞いて将来禿げるのが早そうな男子諸兄が想像する行い、女性の下着や女風呂をのぞけるぜ!みたいなことも簡単だ、簡単なのだが、なんというかなー、リスクが高いというか、まだ使いこなせてないというか、6チャンネルはとにかく何でもかんでも自動で透かした映像を流そうとするのだ。故に、常に自分で意識して自分でリミッターを掛けなければいけない。


 つまりどういうことかと言うと、6チャンネル視聴時にもし不意に気を抜けば、

周りの人間の内臓が視えたり、もっと透けて骸骨にしか見えなくなったり、そもそも透明になって見えなくなったりしてぶつかったりと物理的にも精神的にも結構危ない。また、突然足場が消えるという幻覚(?)に陥ったりして人知れず一人でビビったりして恥ずかしくなったりと。つーかそもそも俺は紳士なのでそんな人道的でない不埒な行為に手を染めることはない、ゆめ忘れることなかれ。


 6チャンネルについては以上か。もちろん視聴率は悪い、視聴者が少なすぎる上に内容が好ましくないのだ、小数点の後に何個0を付ければいいのかわからない。あぁでも、絶対に負けたくない勝負(トランプなど)で友人限定でチラッと発揮してたりしてなかったり。


 そして、7チャンネル、ラッキーセブン、これはたまに見る。

識別ならぬ色別、人の感情(状態?)を色で見分けること、か。

笑っているのなら黄色、怒っているのなら赤、泣いているのなら青、寝てたりしてると緑だったりといった具合で、人の感情を読み取れる。のだが、実は人の感情の数とやらに対し色の数っつーのは少なすぎる(細かく分ければ色の数は多いのだが違いが分からん)ためにどうしても被りというものが出てくる。

 例えば、スポーツの試合において、興奮状態にある選手の色が赤だったとする。すると、色だけではその選手が怒っているのか、それとも熱く燃え上がっているのか判別はできない。また、下衆な話として、笑っている奴が、良いことがあって笑ってるのか、人を馬鹿にして笑っているのか、なども同様だ。


 だからそのほかに、周りの状況、本人の性格、そしてその場に存在する色の組み合わせ。なんてものを考慮して判断する必要があるので、便利ではあるのだが使い方がややこしく失敗もある。


 ちなみに、代表五色の感情のベースは

赤のベースは興奮

黄のベースは楽しい

青のベースは悲しい

緑のベースはリラックス

黒のベースは悪意


 だが、黒という色は滅多に見ない。

それは、基本的には赤青黄の感情が行き過ぎたときに発生するもので、よっぽどのことがない限りお目にかかることがないからだ。だが、黒が見えたときはよっぽどのことが起きているとも言える。

特に、青と黒が一緒に見えたときなんて、最悪だ。

野球で先攻十二回裏同点ツーアウトノーボールツーストライクから伏兵にサヨナラホームラン打たれるぐらい最悪である。


 このチャンネルはまた人付き合いで役に立つのだ。友人家族と過ごしているときはほとんど見ないのだが、初対面や交流の少ない人、感情があまり顔に出ない人に無口な人と話すのに便利だし、黒い感情が渦巻いてる人を避け、悲しみに暮れる人を助け、楽しんでる人間が集まる場に混ざるなどと、使うかどうかは置いといて使える場面は幅広い。視聴率は二位だ。


 で、最後に8チャンネル。

これはー、あーいらんもんが見えてしまうチャンネルだ。この世に在らざるものが見えるみたいなそのー、幽霊とか?はたまたもう意味が分からないものとか?とにかくひどいチャンネルだ、視聴率はほぼ0だな、自分の意志では見ようと思わない。以上。




 まぁ、これでもう自分の眼が異常であることが決定づけられたのだが、何故俺が5チャンネルという常識の世界以外のチャンネルを発見してしまったのか。まぁきっかけは何かの弾みで頭に強い衝撃が走った時だ、原因については憶えていないというか、そもそもその時は自分の眼について手いっぱいで余裕がなく知らない。


 急に世界が暗転して、次の瞬間目を見開くと目の前に骸骨がいたのだ、落ち着けと言う方が無理だろう。5チャンネルという常識から6チャンネルという非常識への突然の変更だ、その骸骨とは自分の姉だったのだけれどもそんなことわかるはずもなく狂気乱舞で逃げ惑ったものだ。理科室の人体模型とかが自分に向かって手を差し伸べてくるのを想像してもらえば十分だろうか、すっげー怖い。


 あの時の出来事は、骸骨に追い掛け回された俺と、心配して手を差し伸べた弟にガチ泣きで拒絶された姉に多大な精神的トラウマを刻み、傍から見ていた兄と妹の笑いの種として今も深く植え付けられている。


 それはそれとして、意識するか何か強い衝撃が頭に加わることでチャンネルを自由に変える能力が俺にはある。が、まぁ滅多なこと以外には使わないようにしている。5チャンネルが常識、その他が非常識、それは絶対に逆になってはならない。そんな力を持っておきながら当たり障りない世界で生きていくなんてもったいないと思う人がいるかもしれない。が、それが、一番、良いのだ。下手な優越感、万能感なんて持つべきではない。5チャンネル(じょうしき)さえあれば生きていける。


 人間様にはその程度が丁度良い。


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