第三話 遠野さんと水霊(みずち)の実力差
遠野さんは、市民プールである程度訓練し、かなり泳げるようになった。
夕方になり、メアリーとラミアさんと別れる。
今日はプールで泳いだので疲れたが、オレは約束通り遠野さんと水霊にマッサージをしなければならない。
知り合いのレストラン『ドライアド』で適当に食事をした後、家に戻る。
土・日曜日の休日『ドライアド』には、天草夏美がアルバイトして常侍しており、来週には特別なプレゼントを用意すると言う。
オレがバイトを休んだ時には、いろいろ心配してくれたらしい。
オレの方が本当はお礼をしなければならないくらいだが、天草さんは気にしなくて良いと言う。
プレゼントは何なのか尋ねると、口を指で押さえてこう言った。
「ひ・み・つ!」
かなり気になるが、そんなに大げさな物ではないそうだ。
さすがに、A組の男女を虜にしているだけあって気が利く。
オレと遠野さんは期待しながら、喫茶店『ドライアド』を後にした。
家に帰ると、遠野さんと水霊が一緒に風呂へ入る。
オレも疲れているし、時間の節約のために一緒に入りたい。
そう口に出そうになったが、理性で何とか抑えた。
そう口に出してしまえば、水霊のワンパンにより、一晩が一瞬で終わってしまう。
オレは、客間に二人分の布団を用意し、マッサージの準備を整えた。
肩叩き用のマッサージ機もあり、今回は以前よりも楽にマッサージする事ができる。
遠野さんと水霊の二人を続けてマッサージしなければならないのだ。
このくらいは当然の装備といえよう。
遠野さんと水霊は、同時に風呂を上がり、仲良く会話をしながら客間に来た。
今日は二人で仲良く寝ると言う。
「じゃあ、マッサージをお願いします!」
二人同時に、布団に寝転がり、そう言って来る。
せめて、オレに気を利かせて、時間差で風呂から上がって欲しかった。
いくらオレがマッサージのプロとはいえ、二人同時には物理的に不可能だ。
オレがそう思っていると、水霊がそれを察したのか、客間を出て、どこかへ出て行った。
これで、遠野さんのマッサージに専念する事ができる。
今日は、脚が疲れているそうなので、足の裏をマッサージする。
体調次第によっては、かなり痛い事が予想されるマッサージだ。
遠野さんは大丈夫だろうか?
オレは機器のスイッチをオンにする。ブーンという音が鳴り出した。
遠野さんの身体に先端を当てると、遠野さんが反応を示す。
「痛い、痛いよ……」
「ゆっくりするから、身体の力を抜いて。
無理に我慢しようとすると、余計に痛くなるから……」
「うん、頑張る。う、う、痛……」
「やっぱり痛いか? もう少し優しくした方が良いかな?」
「だ、大丈夫。同じ強さで押して……」
「分かった。痛かったら言ってよ」
「うん、う、う、だんだん気持ち良くなってきた。
当たっている所がほぐれて気持ち良いよ……」
「良かった。続けるぞ」
「う、う、気持ち良いよ……。あ、あ、そこが良いよお……」
「どうやら、だいぶほぐれて来たようだな。後、十分くらいは大丈夫か?」
「うん、幸せ……。身体がぽかぽかする……」
オレは十分ほど遠野さんを攻め続けた。
遠野さんは痛がる様子も無く、最後は気持ち良さそうにしていた。
用意していたぬるま湯を飲ませ、遠野さんは満足したようだ。
客間から出て行き、水霊を呼ぶ。
しばらくすると、遠野さんに代わり水霊が横になる。
遠野さんと同じマッサージをして欲しいと言うので、オレはまた足の裏のマッサージをする。
遠野さんは、最後の方は気持ち良さそうにしていたが、水霊はどうだろうか? 足の裏は、押す位置によって健康かどうかが分かると聞く。
遠野さんはだいぶ健康体の様だったが、水霊は大丈夫だろうか?
変な病気を持っていないか、兄として心配だ。
オレは再び機器のスイッチをオンにする。
ブーンという音がすると、妹の身体がビックンとなる。
妹は以前に機器を試した事があるが、あまりの威力に少し怖がっていたのだ。
確かに、オレも最初は気持ち良いのか分からなかった。
回数を重ねるごとに、ようやく身体を解す事ができたのだ。
妹は使った経験もあまりない。
緊張感がオレにも少しだけ伝わって来た。
「怖いのか? どうする、やめるか?」
「痛い? あんまり痛くしないで……」
「軽く当てるだけじゃあ、気持ち良くもならない。
最初は痛いけど、ちょっと我慢すれば気持ち良くなるから……」
「分かった。ちょっと我慢する。できるだけ優しくしてね」
「ああ、分かっている。痛くても、あんまり暴れるなよ。ワザとじゃないんだから……」
「うん、分かっているよ。お兄ちゃん……」
「じゃあ、当てるぞ……」
「痛、痛、痛い! 本当に、ワザとじゃないんだよね。
刺さっているんだけど……」
妹は涙目で訴えて来る。
「普通にやっているよ。
お前が不健康だから、痛いんじゃないのか?
毎日、スナックばかり食べているから、お腹の調子が悪いんじゃないのか?」
「痛、痛、失礼な。ちゃんと栄養バランス考えて食べているもん。痛い! 痛い!」
「突くごとに痛がるな。若いうちにこんなことして欲しいなんて言うから悪いんだろ。
遠野さんに対抗意識でも持っているのか? もう充分だろ。痛いならやめるぞ」
「ダメ! 私だって気持ち良くなりたいもん。
もう少し我慢すれば良いんでしょ? 続けてよ……」
「身体をリラックスさせろよ。緊張していると、痛みが増す一方だぞ」
「うん、頑張る。痛い、痛い……」
水霊は十分ほど痛みに耐えていた。
「さすがに、今回は痛いだけかもな。
二、三回すれば、気持ち良くなって来ると思うんだけど……」
「あ、あ、何か気持ち良くなって来たかも……。
痛いけど、気持ち良い……。何か、分かって来たかも……」
「この辺でやめるか? オレも疲れて来たし」
「いや、気持ち良くなって来たから。だから、続けて……」
「はいはい。この辺なら、あんまり痛くないと思うけど、どう?」
「あ、あ、良い、気持ち良い……。ハア、何か、急に眠くなって来た……」
五分ほど続けると、水霊は反応しなくなった。
オレもそろそろ疲れたので、水霊を起こして、ぬるま湯を飲むように勧める。水霊は、ぐったりしながら言う。
「あれ、寝ていた? うん、気持ち良かったよ。ありがとう、お兄ちゃん」
水霊は、ぬるま湯を飲んで、眠気が覚めたようだ。
しばらくすると、遠野さんがオレ達をキッチンに呼ぶ。
「ホットケーキが焼けたよ。二人とも食べに来て!」
オレ達がキッチンに向かうと、紅茶の香りが漂って来る。
わずか二十分足らずの間に、ホットケーキと紅茶を準備していたのだ。
遠野さんと水霊の差は歴然だった。
確かに、水霊は遠野さんの影響を受け、ツンデレ化し可愛くなったが、ここまでの気遣いは出来ない。
女子力としてはかなりの実力差があるのだ。
そう考えながらオレはテーブルに着く。
(水霊よ、遠野さんの様に素晴らしい女子になれ!)
オレはそう思いながら、ホットケーキを食べ始める。
うまい、至福の時をオレも感じていた。
水霊もテーブルに着きながら、遠野さんにこう言う。
「あ、遠野さんの服とか洗っておいたから。後で、アイロンをかけて置いておくね!」
「うわー、ありがとう。すごく助かるよ」
「いつもやっているからついでだよ!」
オレはその会話を聞き、考えを改める。妹も立派な女子力を持っていたのだ。
普段、家族の手伝いなんかしないオレに、彼女達の女子力を測る事など不可能だったのだ。
男性の諸君、家族と一緒に生活をしている時期から、積極的に家事を手伝うようにしよう。家族からも喜ばれるし、一人暮らしをする事になっても困らないのだ。
オレもこれから少しずつ頑張ろうと思う。




