プロローグ
オレと遠野さんは仲直りをし、六月の最後の週末にデートする事になった。
予定としては、朝に水族館へ行き、適当に魚を見て回る。
そして、昼の二時頃からイルカのいるプールで一緒に泳ぐ。
夕方になったら、オレ達のバイトしている『ドライアド』に行き、鏡野真梨がくれた割引券を使い食事をする。
その後、一旦オレの家に戻り、母親がくれるという浴衣を遠野さんと一緒に着せてもらい、夏祭りへ出かける。
夜の十一時くらいまで花火を見たりして過ごす。
オレが計画したデートプランはこんな所だ。
犬神今日子のくれたイルカと泳げる権利付き水族館入場チケットと、オレの母親の準備してくれた浴衣を着ての夏祭り。
どれも他の人が助けてくれているようなデートだが、遠野さんは喜んでくれるのだろうか?
オレはデートの予定を立てた事を、遠野さんにメールで伝える。
一週間前までケーキ対決で盛り上がっていた時と一変して、夜中のオレの家は静かだ。
隣人の黒沢さんや、オレの妹・水霊は、オレと遠野さんの仲を心配していたので、仲直りした後数日間は、一気に安心して爆睡しているのだろう。
オレの父親と母親、兄貴は、仕事の都合で家にいない。
家の中が静かだからこそ、オレもデートの予定が落ち着いて立てられたのだ。
もしも、水霊が起きていたら、キスはどこでするの? とか、訊いて来ることだろう。
はっきり言って、オレと遠野さんはそこまで進展していない。
オレとしては進展させたいが、遠野さんの心の具合などを考えると、今回のデートは浴衣で手を繋ぐくらいが丁度良いと考える。
焦り過ぎて一気に展開が早まると、後々のデートプランが考えつかなくなるから注意だ。
男女間のデートプランでも段取りは特に重要となる。
一気に欲望を全開にするのではなく、徐々に城を責めるように崩して行くのがポイントなのだ。
一夜にして城を陥落させるというのは、戦略家としては一流だが、面白味も何にもない。
相手を喜ばせて笑顔にさせたり、危機感を持たせてちょっと嫉妬させたりして、相手の表情を引き出す事が恋愛の醍醐味なのだ。
ちょっと手が触れ合ってドキドキしたり、キスすると思わせて全然しなかったり、こういうじらし戦術が相手を夢中にさせ、自分も相手に惚れるというラブラブ空間を持続させるのだ。
オレはそう考えながら、デートの予定を遠野さんに伝えた。
返事はどうだろうか?
「うん。ありがとう。今日は晩いからもう寝るね」
遠野さんもじらし戦術を使っているのだ。
ここで♡マークいっぱいのメールを送ったり、デートを期待しているようなメールを送れば、相手が変に意識してしまう。
そっけない態度こそが、相手の心を揺さぶり、もっとうまく計画しなければ彼女は心を開いてくれないとか、彼女を喜ばすにはどうすれば良いのか? などをオレに考えさせているのだ。
そう思いたい……。
遠野さんに予定は伝えたし、オレは眠る事にする。
朝になって起きてみると、遠野さんからの返信が着ていた。
オレは一気に興奮し、メールを確認する。
「昨日は疲れていたからごめんね。
実は、私泳げないの……。
だから、イルカと一緒に泳ぐのは無理かも……」
オレはそのメールを見て一気に悟った。
これは、デート拒否のメールだと……。
「え? 水族館でのデートは嫌だった?
なら、場所を変えた方が良いかな?」
オレは決死の思いでメールを返した。
メールでは伝わりにくいが、必死で相手が来たくなるようなデートを考えていた。
「いや、まだ少し時間があるし、一緒に泳ぐのを手伝って欲しいんだけど。
駄目かな? 実は、水着も新しく買わないと行けなくて困っているの……」
デート拒否かと思ったら、まさかのデート申し込み。
こういう事があるから、男性の諸君も早とちりはほどほどにしないといけない。
気持ちを察しようとするのは良い事だが、全然関係ない所で落ち込んでいる場合ではないぞ!
もっと、ガンガンアピールしていけ!
まあ、オレも最初はちょっとびっくりして落ち込んだけど……。
こうして、今日一緒にデートする事が決まった。
日曜日だし、予定はない。まず、一時に待ち合わせをし、水着を一緒に買いに行く。
それから市民プールで泳ぐ。
しかし、男女二人で水着を買いに行くというのは、何となく気不味い。
女子の好みとかも分からないから、男子が彼女の水着を見たとしても、エロい感想しかできないのだ。
他の男には見せたくないとか、布の部分が少な過ぎるんじゃないのかとか、直視できないとかしか思い浮かばない。
(オッパイがちょっと小さいな、でも形が良い。
尻は小さいけど、太腿が白い肌で綺麗だ。
おへその形が綺麗だね。
こんな感想しか出て来なそうだな)
自分でシュミレーションしてドン引きだった。
どうしても変態のような感想しか出て来ない。
だから、女の子と水着を買いに行く場合、女子を同伴する事が望ましい。
そこでオレは、妹・水霊も誘う事にする。
どうせ暇だろうし、妹の発育も気になるからな。
同世代の女の子の様に、立派に成長しているのだろうか?
実は、人には言えない悩みがあるのではないだろうか?
そんな事が気になる年頃だ。
たとえ機械オタクで、男達から女子と見られていないとはいえ、水霊は女の子。
恋もしたいし、スタイルだって気にしているはずなんだ。
オレはそう考えながら、妹を誘ってみる事にする。
「今度の休みに、遠野さんと水着を買いに行くんだけど、お前も一緒に来てアドバイスして欲しい。
オレじゃあ、あまり良いアドバイスができそうにない。
「いいよ。私も丁度水着が欲しいし、木霊に水着を選ぶセンスがあるとも思えないし……。
プールで泳いで、さっぱりしたいと思っていな所だし……。
なんで、意外というような顔をしてるの?
私だって、機械のことばかり考えているわけじゃないよ?」
「ああ、お礼に帰りの食事は奢ってやるからな!
ファミレスでの食事になるけど……」
「ふむ、女の子の扱いが慣れて来ましたな。
ちょっと木霊に萌えてしまった。
遠野さんとのデートもそんな感じで行こう!」
水霊も意外と乗り気だった。
去年までは、オレと二人切りだと、友達と行くから遠慮するとか、キモいとか、死ねとか言う返事が返って来たのに、遠野さんが一緒だと人が変わった様な反応を示す。
水霊のツンデレ具合に、オレはちょっとドキドキしていた。




