1章⑧
今日はパート練習(同じ楽器の人同士で練習することだ)ということで、各パートはメンバーが揃い次第それぞれ練習場所へ向かうことになっている。東条たちトランペットパートのメンバーは一足先に練習場所へ向かってしまった。
「後は成瀬だけか。土田お前同じクラスだったよな?」
「そうです。でも俺が教室を出ようとした時にはもういなかったんで先に向かってると思ったんですけど…」
どこに行ったんだ?
「もう少しだけ待って来なかったら俺たちだけで向かうか」
「そうですね」
とりあえず楽器は出しておくか。あとメトロノームと、お掃除セット…
「今日はほとんど基礎練しかやることないし、個人練かなぁ…でもいい機会だしみんなで基礎練やるっていうのも…」
先輩が今日の練習について悩んでいるようだ。
「そういえば今日はアルトサックスだけで練習なんですね」
俺の部活のサックスパートは大きく分けてアルト、テナー、バリトンに分かれる。まあ一般的な面子だよね。全体合奏をする前なんかはサックス全体で練習したりすることもある。
「他のパートの奴らはなんかいい機会だからやりたいことがあるとか言ってたからな。…よし!俺らは今日は個人練で音出しした後みんなで基礎練をやろう!」
「…みんなで基礎練か…」
「なんだ嫌なのか?」
「いや、そういうわけじゃないんですが」
基礎練っていうのは文字通り楽器を演奏するための基礎となる練習だ。ロングトーン練習とかタンギング練習とか…まあ詳しく説明すると長くなるから割愛する。
実際俺はこの基礎練は嫌いじゃない。地道に繰り返しやれば上手くなってくのを実感できるし。問題はそこじゃなくて…
「じゃあなん…ああ、成瀬か?」
「うっ…」
図星をさされ口ごもる俺。
「なんだよ土屋。まだ仲良くなってないのか?もう2学期だぞ?」
「いや、そんなことないですよ?今日は初めて挨拶をしましたし!なんか会話っぽいこともしましたし!」
「なんだよ会話っぽいものって」
あれを会話とカウントしていいものなのかな…
「その会話っぽいものの時にちょっと、なんやかんやありまして…」
「さっきから悉く要領を得ないな」
呆れたようにそう宣う先輩。俺もそう思います。
「はぁ…。いいか土田」
「なんですか先輩。なんかいいこと言っちゃう感じですか」
「ちゃかすな!なんか恥ずかしくなるだろうが!」
すいませんつい。
「いいか土田。吹奏楽ってのはいくら個人の能力が高くてもそれだけじゃ成り立たないんだ」
「……」
「どんなに上手くても一緒に演奏するメンバーとギクシャクしてたらそれがもろに音に現れるんだ。いい演奏をするためには仲間と心を一つにしなけりゃならん。そのために普段から一緒に練習してお互いのことを分かり合うんだ。そうしてお互いの心を通わせ合ったとき初めていい演奏が出来るんだよ」
「先輩…」
不覚にもジーンときてしまった。いつもは後輩にまでいじられる先輩だけど、いざって時には頼りになる。だから俺はこの先輩を尊敬しているし、ついて行こうと思える。だけど…
「やっぱり言ってて恥ずかしくありません?」
「ああ恥ずかしいよ!お前がそんなこと言うから余計にな!」
いやぁ、いつもいい反応してくれる。本当にいい先輩だ。
「とにかくいつまでもこの調子だといい演奏は出来ないぞってことだ!」
「了解です先輩!俺もなんとかしようとは思ってるんです!」
「本当か土田!?」
「ええ!もう気まずいなんて言いません!今日1日の成果を見せてあげますよ!」
「よっしその意気だ!じゃあ俺が成瀬だと思って成瀬が来たときどうするか見せてみろ!」
「えっ…」
「行くぞ〜…アクションッ『ガラッ遅れてすいません』」
「『…っ、お、遅かったね成瀬さん』」
「おいどうした土田」
「流石に先輩を成瀬さんと思うのは無理がありますよ」
努めて冷静に返す俺。
「そ、そうか。じゃあ入り口の方を向いて成瀬が入って来たと想像してやってみろ!」
「りょ、了解です」
成瀬さんが入ってくる、成瀬さんが入ってくる…
「じゃあいくぞ…アクションッ」
「『お、遅かったね成瀬さん』」
「さっきと変わってないぞ土田」
「もう一回お願いします!」
違う!こんなのは俺の実力じゃない!
「アクションッ」
「『遅かったね成瀬さん!』」
「お、さっきよりはいいぞ。じゃあ次はちょっと俺様系で」
え?これレパートリー必要なの?
「アクションッ」
「『遅えじゃねぇか、待ちくたびれちまったぞ成瀬』」
「ほうほう、いいんじゃない?次はツンデレ的な感じで、アクションッ」
「『べ、別に成瀬さんのことなんて待ってなかったんだからな!勘違いいすんなよな!』」
「いいねぇ!」
いいのこれ?なんかおかしくない?
「次はぶりっ子な感じで!アクションッ」
「『遅いぞ成瀬さん☆』」
俺男なんですけど?
「こうなるとちょっと苗字呼びは硬いな。いっそのこと名前で呼んでみろ!」
「いやこの口調がまずおかしいんじゃ」
「いいからいいから!いくぞ…アクションッッ」
ええい…!もうヤケだ!
ガラッ「すいません遅くなりまs「『遅いぞ美月☆』」
世界が、終わった。