1章⑦
部室内に響き渡る声。非常に面倒くさい奴が今日も部活にやってきてしまったようだ。
「今日こそお前には負けないからな!」
「うるさいぞー東条」
「そんなことはどうでもいい!」
いやどうでもよくないでしょ。村山先輩とか虚を疲れて呆然としてるし。
こいつは、東条拓也。部活で数少ない同学年の部員である。何かにつけては俺にからんでくる面倒くさいやつだ。まあ悪い奴ではないんだが。あと同学年でもう一人男子がいるんだが、今日は休みなのか姿が見えない。
「ていうか、ただの部活の練習に勝ち負けとかないだろ」
「くっ…。いつも勝っているからって余裕だな…!」
「だめだ話が通じてない」
こいつが見ている世界はどこにあるんだろうか。確実に俺とは違う世界に生きている気がする。
いつも勝手に勝負を挑んできては練習後に悔しそうな顔をして去っていく。ちなみにこいつの担当楽器はトランペットだ。楽器も違うのに何をどう判断して負けたと思っているんだろう。
「今まで僕は数々の勝負に負けてきた…」
「勝負した覚えはないけどな」
「だが僕はもう一学期までの俺とは違う!」
「え?何が?」
特に変わったようなところは見当たらないが…
「フッフッフ…これを見ろ!」
「こ、これは…!」
不敵な笑みを見せ、東条は後ろ手に持っていたものを目の前に掲げた。これは…
「…トランペット?」
「そう!トランペットだ!しかしただのトランペットではない!」
ただのトランペットではない…?それってまさか…
「ま、まさか…」
「そうだ!これは、マイ!楽器!!だ!!!」
そう叫び、誇示するように掲げてみせる。そんなバカな…!マイ楽器だと…!
「東条お前…いつの間にそんなものを…」
「夏休みの間に俺は進化したんだ!この僕の相棒、カトリーヌと共にお前を倒す!」
「……」
「フッ驚き過ぎて声も出ないようだな!」
そうだな。楽器に名前をつけるという痛さに戦慄したよ。
「へぇ、東条楽器買ったのか。よく買えたな」
村山先輩が驚いたように言う。
楽器は値段がピンキリであり、楽器の種類にもよるがトランペットだと高ければ数十万やそれ以上したりもする。まあ安いものだと数万で買えたりするけど高校生にとっては安い買い物ではない。
だからマイ楽器(自分で購入した楽器のことね)を高校生で持ってる奴はなかなかいない。大体は学校に買ってもらった楽器を使っている。俺もそうだ。
「愚問ですね村山先輩」
「ん?どういうことだ?」
「楽器を買うくらい訳ないですよ」
「そんなことないと思うけどなぁ。お金はどうしたんだ?バイトでもしたのか?」
うちの学校は一応バイトはしても大丈夫だ。まさか東条は一足先に大人の階段を…?
「親に土下座しました!」
やっぱりこいつは期待を裏切らないやつだった。
「いいなぁ。俺も土下座したら買ってくれないかな」
そうぼやく先輩。確かに、土下座するだけで楽器を買ってもらえるなら俺もするかも。
「そういうことだ土田、今日の合奏は楽しみにしておけ!俺と相棒のコンビネーションを見せてやる!」
意気揚々と宣う東条。こいつは何を言ってるのか。
「今日合奏ないぞ?」
「…え?」
俺の一言に固まる東条。
「今日って合奏だよね…?」
「やる曲も決まってないのになんの合奏をするんだよ」
うちの部活では曜日によって練習内容が大体決まっている。水曜日、金曜日に合奏がありそれ以外の曜日は各パートに分かれて練習をするという感じだ。土曜日は時間が長めだからパート練習と合奏練習どちらもある。本番直前になると合奏練習が増えたりするが、基本的にはそういうことになっている。
今日は水曜日なので本来なら合奏練習のはずだ。しかし、今日は次の本番でやる曲がまだ決まっていないので合奏が出来ない。曲は今週金曜には決まるらしい。だから今日は例外的にパート練習となっている。
「そ、そんな…」
ガックリと崩れ落ちる東条。そんなにショックなのか。
「まあ、残念だったな。何が残念なのか分からんけど」
「…フ、フンッまあいい。次の合奏の時まで腕を磨くとしよう!じゃあな土田!」
そう言って自分の席に帰っていく東条。本当あいつは何と戦ってるんだろうな…
「まあやる気があるのはいいことだな」
ニコニコと語る村山先輩。
「毎回突っかかられるこっちにもなって下さいよ…」
これがあと一年以上も続くのかと思うと憂鬱になる俺であった。