1章⑥
そんなこんなで午後の授業を光の速さでこなし(目を閉じて開いたら授業終わってた)放課後。部活の時間である。成瀬さんの姿はもうない、早々に部活に行ったのだろうか。
本当なら俺もすぐに向かうところなんだが、俺の気力はそこまで回復していない。せっかく前期とは違い成瀬さんとコミュニケーションが取れるようになりそうだったのにいきなりこれだもんな…
「おーい将也。もう放課後だぞ、お前部活じゃないのか?」
光希がそう言いながら近寄ってくる。
「うっせ。お前も部活だろ。早くグラウンドに行け。そしてスーパープレーを連発し、女子マネにちやほやされてろ」
「言葉の端々に悪意を感じるな」
そう言いながらも飄々としている。くそ…!なんで俺にはこいつの心を簡単に砕くことが出来るような語彙力がないんだ…!
「まーだ今朝のことで悩んでるのか?」
「どうしようどんな顔して会えばいいんだ第一声は何にするこんにちは成瀬さんかいやお前ずっと教室で一緒だっただろなに今日初めて会いました的な雰囲気出してんだじゃあなんて言おうあああ顔合わせた瞬間に嫌な顔されたら俺もう生きていけないどうしようどうしようどうs」バシンッ「いってぇぇ!」
「落ち着け」
痛い!背中を思いっきりたたかれた!
「さっきも言ったが成瀬は怒ってるわけじゃないと思うぞ」
「…本当に?」
「多分」
「おい」
そこは嘘でも本当だと言い切って俺を安心させるところじゃないの?
「真偽はどうだっていいんだよ。このままだとお前また1学期の状態になっちまうぞ」
「……」
「それでもいいのか?」
そう問われ、真っ先に浮かんだのは「嫌だ」という言葉だった。
「…分かったよ。ここにいても仕方ないからそろそろ行くよ」
「おう。当たって砕けて来い」
「砕けちゃダメだよね!?」
こいつ本当は俺を陥れたいんじゃなかろうか。
一抹の不安は感じつつも意を決した俺は部室へと向かうことにした。
☆ ☆ ☆
ガラララ…
「こんにちはー…」
おそるおそる部室のドアを開いて中を伺う。ちょっと不審者っぽいよね俺。その証拠にすでに来ている部員に怪訝そうな表情を向けられた。
まだ成瀬さんは部室には来ていないようだった。少し胸を撫で下ろしてしまう。ちょっと失礼かなとは思うが今朝のこともあって緊張してしまうのは仕方がない。
一旦緊張を解いて自分の定位置に座る。
ここでうちの吹奏楽部について説明しておこう。うちの吹奏楽部は1,2年生合わせて40人弱で部活の中ではそこそこ規模の大きい部活だ。まあ吹奏楽部としてはそこまで多くはない人数なのかな?2年の3月で引退のため3年生はいない。特筆すべき点は男子が少なく女子が多いということだ。男子が2年生は8人で、1年はなんと俺含め3人といった具合である。普通の男子高校生にとっては歓迎すべき状況であろうが、俺にとっては中々精神ポイントを削られる状況である。
…誤解されそうだから言っておくけど俺はちゃんと女の子が好きだからね?
今日は夏休みが明けて初めての練習だ。まあ夏休みの間も練習はあったから久しぶりだとかはあまり感じないが。部の面々ともほぼ毎日会っているため忘れたくても忘れようがないくらいだ。
「おーす、土田。久しぶり…でもないか。まあいいや、今日もみっちり練習するぞ」
見慣れた男の先輩が声をかけてくる。えーと…
「ほどほどでお願いしますね。……村…村…村人A先輩」
「なんだその影が薄そうな名前は!」
「あれ、違ったかな。今後登場するかも分からないくらいのキャラだからど忘れしちゃった」
冗談ですよ先輩。
「心の声と逆になってんじゃねぇか!ていうか失礼だな!」
やべ。
「俺の名前は村山栄治だ!」
「なんだ。ほとんど変わらないじゃないですか。勘弁してくださいよ先輩」
「その少しの違いで印象がかなり変わるんだよ!」
この人は村山栄治先輩。担当楽器はアルトサックスだから俺と成瀬さんの直属の先輩だ。今の流れから分かるように突っ込み気質で大変いじりがいのある先輩である。
「すいません村山先輩。先輩がボケを全て拾ってくれるから調子に乗っちゃうんですよ」
「それはそれで失礼な気がするが…まあいい」
良かった。許してくれたみたいだ。
「ていうかお前本当にボケただけなんだよな?名前完全に忘れてたとかじゃないんだよな?」
…………
「イヤダナァセンパイ。ソンナワケナイジャナイデスカ」
「おい今の間はなんだ。その片言はなんだ」
先輩の追及をボケでヒラリヒラリとかわしていく俺。さあどう煙にまいてやろうk「もう部室に来ていたのか土田!」
来ちゃったよ…