1章③
「…っはぁ〜」
彼女の姿が見えなくなると、俺はため息を付き脱力した。ガチガチに緊張していたみたいだ。女の子と挨拶しただけでこんなにエネルギーを使うのか…先が思いやられるな…
「…ん?」
ニヤニヤ。
人心地ついた後隣を見ると、仁美がいやーな笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「…なんだよ」
「いやーテンパってたね。まーくんがあんなにテンパるところ初めて見たよ」
顔から火が出そうです。仲のいいやつに普段見せない(しかも情けない)ところを見せるとすごく恥ずかしいよね。
「うっせぇうっせぇ!ていうか人のいるところでまーくんって呼ぶなよ!」
しかも成瀬さんの前で!これからどんな顔して会えばいいんだ…
「あはは…ごめんごめん。これからは気をつけるよ」
頬を書きながら申し訳なさそうに謝ってくる仁美。金輪際呼ばないのが一番簡単なんだが、そうする気はなさそうだ。ったく…
「でも、確かに重症そうだね。挨拶するだけであんなことになっちゃうなんて」
「そうだよな…まあでもあんな情けない感じでも挨拶出来たってことが大事なんだ!」
「え、今まで美月ちゃんと挨拶さえしたことなかったの?」
「うっ…」
「…マジ?」
「会釈くらいは…」
まあ会釈してることが伝わったかは定かじゃないがな!向こうはしてくれなかったし。
「えー!?いくら事情が事情だからってそれは酷くない!?もう2学期だよ!?」
仁美の当然の指摘に俺は何も言えない。そんなことは自分でよく分かってる。今まで何度成瀬さんへの失礼な態度に自分を攻めたか。でも言い訳をしても始まらない。俺は決めたんだ。
「…変わりたいんだ…」
「まーくん…」
顔を上げて仁美を見る。
「変わるって決めたんだ!」
俺はもうあんな失礼なことはしたくない。いくら女の子が苦手だからって、傷つけるような行動は男としてどうかと思う。
「…そうだね。よし、分かった!」
「仁美?」
「私がひと肌脱いであげよう!」
そう仁美が高らかに宣言する。なんだ?あんまりいい予感はしないぞ。
「おい仁美?これは俺の問題だから自分でなn「遠慮しなさんな!まーくんは大船に乗ったつもりでいてな!」おーい俺の話を聞けー」
ダメだ。こうなってしまっては仁美を止めることは出来ない。
「作戦決行するときは声をかけるからちょっと待っててね!じゃあ私は教室行くね!じゃねー」
「おい!変な気起こすなよ!ていうか決行する前に俺に内容を伝えてくれ!」
遠ざかる背中に声をかけるが、ありゃ聞こえてないな。やべぇよ、何をさせる気だよ…まあ考えても仕方ないか。
1人になってしまった俺は今から部室に行ってもしょうがないので教室へ向かうことにした。
…ていうかあいつ忘れ物取りに行ってなくないか?
☆ ☆ ☆
教室に着いた俺は、クラスメイトに挨拶を済まし自分の席に座ってボーっと過ごしていた。同じクラスである光希はまだ来ていない。サッカー部の朝練かな。
ちなみに成瀬さんと挨拶が出来たという自信からか意外とすんなり女子とも挨拶出来るようになっていた。挨拶をするとちょっと驚かれたけどね…その反応がちょっと悲しかった…まあ成瀬さんと比べれば他の女子に挨拶することなんか造作もなかったね!
「挨拶出来たんだな…」
つい独り言のようにつぶやき、教室の廊下側一番後ろの席に座る女の子に目を向ける。
そう、成瀬美月その人だ。
実はクラスも一緒だったりするのだ。これで会話はおろか挨拶すらなかったって逆にすごいよね。
しかし、やっと最初の一歩を踏み出すことが出来たんだ。しかも挨拶もろくにしない俺は嫌われてるもんだと思ってたが、よく聞こえなかったけど挨拶も返してくれたし、そこまで嫌われてもなさそうか?なんにしても、これからはクラスメイトとして、そして、部活仲間として仲良くなれればと思う。
「…ん?成瀬、美月。みづき…?」
グルグルと彼女のことについて考えていると頭の中に何か引っかかるものがあった。昔の夢を見たせいだろうか。
「そういえば、あの子の名前って…」
この前見た、初恋の女の子との夢を反芻する。夢を見るまでは、おそらく当時好きだった女の子が転校したしたな~程度で記憶しているくらいだったと思う。だけど、見た夢の内容が今でも思い出せるってことは、これは過去の記憶なのかもしれない。
ーーーーまーくん!はやくはやくー!
ーーーーまってよみっちゃん!
そうそう、みっちゃんって呼んでたな。俺は女の子と町を駆け回っていた。
ーーーーじゃああたしおよめさんね!まーくんがだんなさん!
ーーーーわかった!
ままごと遊びで夫婦になったりもしていた。2人で遊んでいるときはいつでも笑顔だ。
ーーーーおおきくなったらけっこんしようね!
ーーーーうん!
結婚の約束までしていたみたいだ。まあ当時はあんまり結婚の意味が分かってなかっただろうけどな。
ーーーーあのね…あたしてんこうしなくちゃいけなくなったの…
ーーーーえ…
ーーーーおてがみかくから!まーくんもかいてね!
ーーーーうん!ぜったいかく!みっちゃんのこと、わすれないからね!
そう、最後は2人の別れのシーンだった。俺は転校の話を聞いてショックを受けている。女の子は泣きながら忘れないでねと繰り返していた。何で転校していったんだっけ?思い出せないけど、まあ親の転勤とかかな…
夢はそこで終わった。夢を見た後、その前後のことを思い出そうとしてみたけど、特に印象的なことを思い出すこともなかった。夢が現実であったことだったのかもあまり実感がわかなかった。なぜいきなりこんな夢を見たのかが不思議なくらいだ。
まあそのみっちゃんが成瀬さん何てことはさすがにあり得ないよな。
「……ぇ」
たしか成瀬って名字ではなかった気がする。
「…こえてる?」
でも成瀬さんがみっちゃんだったらクラスも一緒、部活も一緒で同じ楽器、これってすごいこt「ちょっと!」「はい!?」
間近での大声に急速に現実に引き戻される。するとそこには、なんと成瀬さんが立っていた。何この状況…今叫んだのは成瀬さんなのか?
周りを見てみるとみんなが驚いたようにこちらを見ていた。そりゃそうだ。今のが成瀬さんのものなら、普段ほとんど喋らない奴がいきなり叫んだんだ。そりゃ驚きもする。
その叫んだ本人である成瀬さんはハッとして周りを見回し、注目されていることに気づくと若干頬を染めた。
「…ちょっと来て」
「え、あ…え?」
「いいから」
みんなからの視線を嫌ったのか、成瀬さんは俺の腕を掴み教室を出て行こうとする。いきなりのことでどうしていいか分からない俺は、なす術もなく連れて行かれるのであった…