2章⑱
「オーケー。俺が会話してみるから成瀬さんは後ろにいて」
「……」コクリ…
無言で首を縦に振り同意してくれる。…よし…
ギギギッと音でもなりそうなほどゆっくりと振り向く。と、そこにはいつの間にか立ち上がってこちらを向いている男がいた。やはり俯いていて顔は見えない。
「……」
「……」
ゴクリと喉を鳴らし相手の出方を待つが、男は立ち尽くすばかりで動こうとしない。成瀬さんは後ろでブルブル震えながら腕にしがみついている。
痺れを切らした俺はこちらから切り出してみることにした。
「…な、なんでしょうか」
「…ないんだよ」
こちらから切り出すと遂に男がしゃべりだす。
「…な、何がですか」
「…メスが」
「…メスならそこにあ、ありますけど…」
目だけ動かし、男の足元を見る。そこには何本ものメスが転がっている。
「…だから、ないんだよ」
「いや、ありますって」
「…いっぽん、足りないんだよ」
「い、一本…?」
だから、さっきから本数を数えていたのか…?
「さっきから、いっぽん…にほん…て数えてるのに何度数えてもいっぽん足りない…何度も…何度も、なんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんども」
なんどもと言いながら近づいてくる男。ひぃぃぃ!あかん!これあかんやつ!
さっきから後ろ手に扉を押しているが開く様子がない!逃げ場がなくどんどん詰め寄られる!
このまま突っ込んでくるのかと思いきや俺たちの手前1mほどのところで止まった。なんどもと連呼していた声もピタッと止まる。
「……」
「……」
無言で相対する俺と男。男はまだ俯いている。俺の心臓の音が張り裂けそうなくらい響いていた。腕がさっきからギリギリと締まっているが、今はそれどころじゃなかった。
「俺のメスをとったやつ。誰か知ってるか…」
「い、いや…知りません、けど…」
「それはな…」
ガバッッッ!!!!
「お前だよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
「ぎゃあああああぁぁぁ痛ああああぁぁぁぁぁぁl!!!!!!」
バタンッッッ!!
勢いよく顔を上げ絶叫する男。その顔にはメスが深々と突き刺さっていて、焼けただれ、皮膚がめくれている。絶叫とそのおぞましい光景のダブルコンボで絶叫してしまう俺。ただ、その恐怖に迫る勢いで俺に迫るものがあった。それは…痛みである。
「っ~~~~~!!!」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!やばい!千切れる!腕が千切れるぅぅぅ!」
その細腕のどこにそんな力が眠っていたのかと思うほどの握力で俺の腕を握りつぶさんばかりに握る成瀬さん。やばい!気を逸らさないと本当に腕が無くなる!
と、そこで気づく。後ろのドアが開いてる!さっきの大きい音はドアが開いた音だったのか!
「成瀬さん!ドアが!ドアが開いてる!これで、すs、ち、ちょっと成瀬さん!」
「………ッッ!」
ドアが開いたと聞いた瞬間、成瀬さんは俺の腕をつかみながらダッシュを開始!
「あ、あぶ!成瀬さ!ちょっ!」
またもやどこにそんなパワーが眠っていたのかという勢いで俺を引っ張りダッシュする彼女に、俺は必死に転ばないように踏ん張る。腕をつかみながら走っちゃダメ!
バタンッッッ!
「ぐわぁぁぁ!!!!」
「……ッ!」
走っている途中で横合いからいきなり登場するお化け!それを見てさらに加速する成瀬さん!俺はもはや転ばないのに必死で何がなにやら分からない!
「せ、せめて!普通に走らせてえええええぇぇぇぇぇ…」
結局成瀬さんは出口まで走り切り、俺もなんとか生きて帰れたのであった…アトラクションって命にかかわることもあるんだね…
☆ ☆ ☆
「……」
「……」
戦慄!恐怖の館をクリアした俺たちは出口近くのベンチに腰を下ろし、茫然自失となっていた。
「…な、何とかクリアできたね…」
「…もう二度と入らないわ…誰よ、こんなアトラクション作ったの…」
成瀬さんは俯き恨めし気に呟いている。確かにもう二度と入ろうとは思わない。というか、小さい子には確実にトラウマもんでしょ…たく君のあの様子もうなづけるよ…
「何はともあれ、これで罰ゲーム完了だね」
「ええ、お疲れ様」
「うん」
二人で健闘を称え合う。不思議な一体感というか、そういうものが生まれた気がした。同じ戦争を切り抜けた二人、みたいな。
「でも、成瀬さん、最後はすごかったね」
「え?」
「いや、最後のダッシュというか、パワーというか。とても普段の成瀬さんからは想像できないような力だったから」
そう言うと、成瀬さんの顔が急激に赤くなる。
「…最後のあれは…忘れてくれるとありがたいわ…」
やだかわいい。
「俺の腕が千切れるんじゃないかってくらい握られてさ。あと、転ばないようについてくの大変だったな~」
「…もう!土田君!」
「あははっ。ごめんごめん!」
顔を赤くしてテンパる成瀬さんが可愛くてついからかってしまった。怒ったようにそっぽを向く成瀬さんもまた可愛いです!
「…でも」
「ん?」
「私の前に立ってくれた土田君はかっこ良かったわよ」
「えっ」
そっぽを向いていた成瀬さんがこちらを向きそう宣った。可愛すぎる笑顔とその言葉に言葉が出なくなる。か、顔が熱い…!
「…ふふっ。顔真っ赤」
からかうように言ってくる成瀬さん。俺は恥ずかしくて目を逸らすことしかできなかった。
「…っ。よし!罰ゲームも終わったし光希たちと合流しようか!」
「そうね」
恥ずかしさをごまかすように立ち上がる。しばらく成瀬さんの顔は見れないな…
「というか、あいつらどこだろう?てっきり出口で待ってるもんだと思ってたんだけど」
「そうね…あ、三枝さんからメールがきてるわ」
「…あ、俺にもきてる」
確認すると仁美からメールがきていた。内容を確認すると、
「『がんばれ!』…」
どういうことだ…?
「三枝さん、出てくるのを待ってるのもなんだから、滝本君と遊んでくるだって」
あー、そういうことか…。
「土田君にはなんて?」
「え?…まあ、同じような内容だったよ」
「そう。じゃあ集合までは二人と別行動ってことね」
「そうだね。もうちょっと休んだら他のところ行ってみようか!ちょっと俺飲み物買ってくるね!成瀬さんは休んでて!」
「ありがとう。お言葉に甘えるわ」
その言葉を背中に聞きながら、ベンチを離れる。俺の戦いはまだまだこれからってことだな!
先ほどの成瀬さんの笑顔を思い出しながら、足取りも軽やかに飲み物を買いに走る俺であった。




