2章⑰
「………。………」
「…つ、土田君。あれ…」
「…うん」
少し先に人影がある。暗めのスポットライトに照らされ、俺たちに背を向けてしゃがみこんでいるため全貌は見えない。何かしゃべっているようだけど、まだ少し距離があるからか、なんと言っているかは聞き取れない。
「順路は…あの扉か。となると、あれの隣を通るしかないね」
「…そ、そうみたいね」
人影の隣を少し行ったところに扉があった。恐らくあそこが順路だろう。
「だ、大丈夫大丈夫。今までもクリアしてきたんだからいけるよ」
先ほどの休憩が良かったのか、成瀬さんのガチガチ度合も少し薄れ、音による脅かしやいきなり死角からお化けが出てくる脅かしも(俺の腕をこれでもかと言わんばかりに握りしめながらも)なんとか突破することができた。
ただ、今回は最初からお化けが見えている。今までとは違う種類の演出に否が応でも身構えてしまう。
「そ、そうね。…大丈夫。私はこんなところでは死なないわ」
「思い出して成瀬さん。これアトラクションだから。死ぬわけないから」
だいぶSUN値が削られているのか、生死を語りだす成瀬さん。大丈夫かな…ちょっと限界が近づいてるっぽい。
「ゆっくり近づいてみよう」
「ええ…」
恐る恐る近づく。近づくごとにその後姿がだんだんハッキリと見えてくる。あれは、男…か?体格からしてそう思えた。それと、あの服装は…手術着っていうのかな?緑色の服を着ている。しゃがみこみ、俯き何かごそごそとやっているようだ。手元が動いている。動かすごとにカチャカチャと音が聞こえる。
「……ん。……ほん」カチャカチャ…
「…なんて言ってる?」
「ちょっとまだ聞こえないわね…」
「もうちょっと近づいてみようか」
ジリジリと近づいていく。しゃがみ込んでいる男はこちらに見向きもせず、ずっと同じ行動をとっている。
「…いっぽん…にほん…」カチャカチャ…
かなり近くまで来てようやく聞き取れるようになった。これは…
「何か数を数えてる…」
「…そうみたいね…下に何があるのかしら…」
もうすでにかなり近くまで来ているため、覗き込めば見えそうだ。ただ、男はずっと俯いているからか顔に影がかかり見えない。
「ちょっと見てみようか」
「き、気を付けてね」
恐る恐る覗き込むように手元を見てみる。あれは…
「いっぽん…にほん…さんぼん…」カチャカチャ…
「…メス?」
「メス?」
さっきから男が数えているのはメスのようだった。スポットライトの光が反射してキラキラ光っている。
「みたいだね…病院に、手術着を着た男。まあそうなるとメスか…」
「確かに違和感はないわね」
「でもさっきからなんでずっと本数を数えてるんだろう?」
「さあ…そういう演出なんじゃないかしら」
さっきからメスの本数を数えてるだけで、こちらに全くアクションを仕掛けてこない男。不気味さを演出してるだけなんだろうか…?
「まあ、動かないんなら特に気にする必要もないよね。順路はこの扉みたいだし、行こうか」
「そうね…」
なんだかんだかなり進んできてるし、今更こんな演出ではビビらないね!
さあ、次はどn「なあ…」
心臓がドクンと跳ねる。ドアを開けようと腕を上げたポーズのまま固まってしまう。逆の腕もギュッと締まった。
「……」
「……」
「……成瀬さん」
「……何?」
「今。何か言った?」
「何も言ってないわ」
ですよね。だってかなり低い声だったんだもん。成瀬さんの訳がない。
「……土屋君こそ何か言った?」
「いや、俺もn「なあ…」……」
再び発せられた声に黙り込む俺たち。地の底から響いてきたような低く、くぐもった声が聞こえる。出所は後ろ。
「…いやいやいや。何も聞こえなかった!行こう!成瀬さん!」
こんな状況で呼び止められて後ろを振り向く奴なんているのか?いや、いない。俺は無視して先へ進もうと扉にかけた手に力をこめる…が、
「…あ、あれっ?」
「ど、どうしたの…?」
「ひ、開かない…」
「え…じょ、冗談でしょ?」
「いや、本当に…」
ぐっ、ぐっと手に力をこめるがびくともしない扉。まるで何かに押さえつけられているかのような…
「他に道ってなかったよね…?」
「た、たぶん…」
いや、なかったはずだ。と、いうことは…。
「ま、まさか…。こういうイベントってことかな…?」
「……」
「後ろの奴と会話しなくちゃならないっていう…」
「…なあ…」
まるでそれで正解だと言わんばかりにちょうどいいタイミングで呼びかけてくる声。ちらと目だけ動かして成瀬さんを見ると、何も言わず正面を向いて固まっていた。ここは俺がしっかりしないと…!