2章⑯
…ピチャン…ピチャン…
…カツッ…カツッ…カカカカ…
「大丈夫…大丈夫よ~成瀬さん。全然怖くないよ~」
「………」
…カカカカ…カカカ…ガタンッ!
「………ッ!」
「痛たたたたっ!大丈夫!音だけだから全然怖くないよ!」
俺たちは今ほとんど明かりがなく真っ暗な通路をゆっくりと進んでいた。時折照明があるものの数が少なく光も弱いため、視覚はほとんど頼れない。ただ、入って少しして、暗闇に慣れると周りのものが少し見えてくる。通路の両側には棚があり、棚には薬品が置かれているようだ。
「病院が舞台というだけあってそれっぽいものが置いてあるね!」
「………」
そう、この戦慄!恐怖の館は廃病院が舞台になっている。通路に薬品棚が置いてある病院なんてないだろうが、そこはまあアトラクションの都合というやつだろう。
「ていうか病院なのに館ってなんかおかしいよね」
「………」
…カタ…カタカタ…カタカタカタカタ……ドンッッ!!
「………ッ~!」
「痛い痛い!オッケー大丈夫成瀬さん!音だけ!何もないよ!」
視覚が塞がれるとやはり聴覚が鋭敏になるようで、先ほどから強弱をつけて効果音で恐怖を煽ってきていた。まだお化け的なものは出てきていない。なかなか焦らしてくるな…
「オッケー成瀬さん。一旦落ち着こうか!」
隣にいる先ほどから無言の成瀬さんはどういう状態かというと、
「…こんな場所で、い、一秒だって落ち着けるわけないでしょ…」
目を瞑り、ガチガチに固まり震えながら俺の腕を両手で握りしめていた。先ほどから驚くたびに両手で俺の腕を握りしめるから痛い痛い。俺の腕、ここを出るまでに千切れちゃうんじゃなかろうか…。
入る前の順番待ちのときには、服の端っこをつかまれずっと無言、俺が話しかけても「…ええ」とか「…そうね」とか上の空な返事しか返ってこない。恐らく罰ゲームをやり遂げるという一念のみで動いていた。もう尊敬の念しかない。
いよいよスタートということでアトラクションに入ったら、ガッと腕が握りしめられた。かなりの力で。ずっとこんなに力を込めてたら最後まで持たないんじゃないかな…
「まあまあ。一回深呼吸しよう。その状態じゃ最後まで持たないよ」
「……分かった」
コクンと素直に頷き深呼吸する成瀬さん。ナニコレカワイイ。ちょっと子供っぽい成瀬さんヤバイ。
「…というか土田君は随分落ち着いてるわね」
深呼吸をして少し落ち着いたようである成瀬さんがそう宣った。
「まあ、ね。まだお化けも出てきてないし、今のところ大丈夫みたい」
正直な話、俺も怖いことは怖いんだけど、成瀬さんの怖がり方を見るとなんとなく冷静になれるのと、驚くポイントで毎回恐怖より痛みが勝るんだよね…
「まあ、休憩はさみながら行こう。いざとなったらリタイアもできるし」
このアトラクションには限界が来た人用に随所にリタイヤ用通路が設置されていた。それが必要になるほど怖いっていうことなんだろうね。
「…罰ゲームだし、できれば最後まで行きたいわ」
少し落ち着いたように見えはするが、まだ震えている成瀬さん。なのに、罰ゲームをやり遂げようとするとは…凄まじい根性だ。
「…よし!それじゃあ最後まで頑張ろう!俺の腕につかまってていいから」
成瀬さんのためなら腕の一本や二本使えなくなっても大丈夫だ!
「…ありがとう。土田君意外と頼りになるのね」
「い、意外とね。意外と頼りになるでしょ俺」
意外とか~…。今まで成瀬さんに頼りにならないと思われてたのかな俺…
「ふふっ冗談よ。意外となんて思ってないわ」
「そ、そう?ははは…」
楽し気に笑う成瀬さんに俺もつられて笑ってしまう。こんな状況なのになぜか穏やかな空気が流れた。
「じゃあそろそろ行こうか。他のお客さんが後ろから追いついてくるかもしれないし」
「ええ。行きましょう」
ガシッと腕をつかまれ準備オーケー!俺たちは再び歩き始めるのだった。