1章②
「…で?さっきのは何だったの?」
一緒に登校していると、仁美がそう言ってきた。さっき?
「さっきってなんだ?」
「なんかさっきブツブツつぶやいてたじゃん」
げっ、さっきのちょっと声に出てたのか。気をつけよう。
「見ててちょっと気持ち悪かったよ」
本当に…気をつけよう…
「見てないで声かけてくれよ…」
「いや同類と思われたくなくて」
なんだろう、まわりが俺を積極的に殺しにくるんだが。
「で、なんだったの?」
あまり腑には落ちないが、もう過ぎたことか…
「仁美」
「ん?」
「俺はこの2学期から変わることにした」
「変わる?どゆこと?」
俺の言っていることを掴みかねているのか怪訝そうな顔をする仁美。よろしい、ならば堂々と宣言しようじゃないか。
「俺は!女の子と!普通に喋れるようになる!そして彼女をつくる!!」
ドーーーーン!と効果音でも付きそうな勢いで宣言する。決まったな…
「勢いはあるけど内容はしょぼいね」
「…」
ひたすら冷静に返されてさっきの勢いは一瞬で消え去ってしまった。まあ彼女云々はともかく前半はショボすぎるよな…
「うーん。女の子と普通に喋れるようになって?彼女をつくる?でも私と普通に喋ってるじゃん」
「え?」
「ん?」
しばし仁美と見つめ合ってしまう。
「まーくん」
「うん?」
「私」
「うん」
「女の子」
「うーん…」
「なんでそこで悩むの!?」
思わず唸ってしまった。そうなんだよなぁ…仁美って女の子なんだよな…
「仁美とは結構普通に喋れるんだよな。色々とアレだし変に意識しないで済むからかもしれん」
「アレだしって何!?こんなにか弱くて可愛い女の子なのに!」
憤慨したようにこちらを見る仁美。
「自分で可愛いって言うなよ…しかもお前がか弱いって?」
「なによ!」
「か弱い女の子は背後に忍び寄って背中に張り手をしたりはしない」
「記憶にございませ〜ん」
すっとぼけたようにそっぽを向きやがったこいつ。こんなやつがか弱いなんて言えるはずがない。まあ、可愛いのは否定しないが…
実際仁美は客観的に見て可愛い部類に入るのだ。整った顔立ちにクリッとした目、髪はセミロングで後ろでまとめポニーテールにしている。ポニーテール最高…おっと本音が出てしまった。全体的に小さめだが(母性の象徴も…これ以上はやめておこう)それも一部の人にはストライクだろう。学年での人気も高いらしい。
「まあ、女の子と喋れなくなる前から仲がいいからな。一緒にいる時間も長かったし」
もう友達と言うより相棒って言った方がしっくりくるかも。
「そこそこ長い付き合いだもんねー。でも気付かなかったなー。まーくんが女の子と喋れなくなってるなんて」
「うるせ。俺はこれからワンランク上の俺になるんだ!」
「はいはい。まあ頑張ってね」
うわー適当ー
☆ ☆ ☆
仁美とあれこれ話してるうちに学校が見えてきた。
「まだ朝礼までは少し時間があるな…」
「あ、私部室に忘れ物しちゃったから取ってそのまま教室行っちゃうね」
部室か。特に用事もないがかといってやることもないから付いてくか。
ちなみに俺と仁美は吹奏楽部に所属している。(光希はサッカー部だ)楽器は俺がサックス、その中でもアルトサックスという楽器を担当している。かなりメジャーな楽器ではあると思う。サックスと言った時に一般的に思い浮かべるのは大体アルトサックスかテナーサックスだろう。バリトンサックスとかソプラノサックスとか色々あるんだけどね。
仁美は打楽器系を主体にしてたまにピアノを担当している。本職はピアノだけど吹奏楽ではピアノってあまり使われないからな。
「俺もついてくよ、どうせ暇だし」
「そう?じゃあ行こー」
校門くぐり、部室に向かう俺と仁美。部室は校舎を横断したところにあるから少し時間がかかる。
やっと見えてきたかと思ったら部室から出てくる女の子が目に留まった。その女の子が誰かを認識した時、俺は無意識に身構えてしまった。
「あ、美月ちゃんだ。朝練してたのかな?」
成瀬美月。それが彼女の名前だ。この名前を知らないやつは俺の学年にはいない。それほど彼女は色んな意味で目立っている。
テストでは常にトップをとり、運動も出来る。まさに完璧超人だ。さらに特筆すべきはその容姿である。非の打ち所がないレベルの整った顔立ち、ロングの黒髪はシルクのようにツヤツヤと輝いている。仁美が可愛い部類なら彼女は美しいという表現が似合うだろう。おおよそ高校生とは思えない大人びた雰囲気を持つ彼女は本人にその気がなくても人を寄せ付けないオーラを放っている。
実際彼女が教室で人と話しているところはあまり見ない。俺でなくても彼女に話しかけるのは気後れしてしまうだろう。
しかし、その彼女は俺と同じ吹奏楽部の部員で、担当楽器はアルトサックス。つまり俺と同じパートなのだ。
これまでの部活は、あまりいい雰囲気とは言えなかった。彼女は自分から話す方ではないし、俺は話せない。先輩がいるからパート内の空気は致命的に悪くなったりはしないものの、一年は全く会話をしない。先輩方もさぞ扱いに困っただろう。この経験も、俺に何とかしないとと思わせた1つの要因になっている。
「おーい美月ちゃーん!」
仁美はそう叫びながら走って彼女の元へと向かってしまった。よくそんな気軽に話しかけられるな…
体が本能的に踵を返して教室に向かおうとしてしまうが、踏みとどまった。せっかく変わると決意したのにこんなことじゃダメだ。
俺は仁美たちの元へと向かうように軌道修正した。
会話をする2人の元へ向かうと、成瀬さんはこちらに気付いたようで顔をこちらに向けた。こちらに気づいたと感じた俺は動揺してしまい言葉に詰まる。
「……」
彼女はジッとこちらを見ている。その表情からは何を考えているのかはうかがい知れない。ていうか、ちょっと恐いんですけど…
何も言えないでいると仁美も俺が追いついたのに気付いたようでこちらを振り返った。
「あ、まーくん。やっぱり美月ちゃん朝練してたんだって」
「…まーくん?」
「ちょっ!バカお前!」
「あ」
2人の時以外は呼ばないじゃなかったのかよ!?よりによって成瀬さんの前で!
詰問するように仁美に目を向けるとごめんごめんと目線で伝えてきた。いきなり出鼻を挫かれたよ!
恐る恐る彼女に目を向けなおすとこちらを見ているのは変わっていなかったがさっきと雰囲気が変わっていた。ていうかちょっと怒ってる…?
早くも心が折れそうになるが…まだだ!まだ俺は負けない!俺は変わるって決めたんだ!
今にも折れそうになる心を何とか立て直し俺は口を開いた。
「お、おはよう!成瀬さん!」
「……っ!」
「うぇっ!?」
ダメだ、音量を間違えた。仁美は突然の俺の大声での挨拶に変な声が出ていた。成瀬さんも面食らって目を見開いている。彼女の動揺するところ初めて見た、ちょっと新鮮。
俺が軽く現実逃避をしていると、固まっていた成瀬さんは若干頬を染め目を逸らし、
「…はよう」
何かを呟いた。
「え…?」
「…っ!もう行くわ。じゃあね三枝さん」
「あ、うん美月ちゃん。また部活でねー」
よく聞こえなくて聞き返そうと思ったら、早口にそうまくし立て足早に行ってしまった。
俺は去っていく彼女の姿を見ながら呆然と突っ立っていた。
…今、挨拶された…?