1章⑫
「…土田君はどうして楽器を始めたの?」
「え?」
「楽器を始めた理由」
この気まずい状況をなんとかする改心の一手を捻り出そうとしていると彼女の方から話を振ってくれましたとさ。ありがとう成瀬様…!
「あ、あぁ。…そうだなぁ、仁美の影響かな」
「…三枝さん?」
「そう。あいつの家、お爺さんが喫茶店をやってるんだけど、所謂ジャズ喫茶?って言うのかな。店の中に演奏出来るスペースがあって定期的に演奏イベントをやってるんだ」
何でも元々音楽好きだったお爺さんが、定年退職を機に家を増改築して喫茶店を併設したらしい。仁美はそのお爺さんの影響で、小さい頃から音楽に触れていたんだそうだ。
「んで、仁美と仲良くなった俺はその演奏イベントに連れて行かれるようになって、音楽に興味を持ったって感じかな」
「……」
「いやぁ、中学時代は仁美によく連れ回されたなぁ。まだ音楽に興味がないときからイベントがある度に一緒に聴きに行くぞって引っ張ってかれてさ」
「……」
「あいつはもうその時には結構ピアノ弾けてたから飛び入りで演奏に参加したりして。それがまた意外に様になっててかっこいいんだよなぁ」
「…三枝さんとは随分仲がいいのね」
あれ?ちょっと昔を懐かしんでいる間に、成瀬さんの機嫌が悪くなっているような気がするぞ?
「ま、まあね。仁美とは仲が良いっていうか腐れ縁って感じかな。中学時代はずっと同じクラスだったし、妙に気が合ってさ」
「…ふーん…」
何だろう、周りの空気がどんどん冷えていっている気がする。成瀬さんは能力者なのかな?
「三枝さんとだけは砕けて話してるし」
「き、気を使わなくて済むからかな」
「私と話すときは挙動不審なのに」
「それは自分でもどうかと思ってるので、今後直していく所存であります!」
「仁美って下の名前呼びだし」
「そ、それは…」
「自分のこと『まーくん』って呼ばせてるし」
「俺はやめてって言ってるんですぅぅぅぅ!」
「私もまーくんって呼ぼうかしら」
「もう勘弁してください!!」
あ、でも成瀬さんに『まーくん♡』って呼ばれるのはちょっといいカモ…っじゃねーよ!!
「はい!この話はおーわーりー!おーわーりーまーすー!」
「ふんっ」
プイッとそっぽを向く成瀬さん。今のはちょっと可愛かったな。美人な人の可愛い仕草ってギャップがあってイイヨネ…
「と、というか成瀬さん、仁美の家の喫茶店のこと全く知らなかった?『ムジカ』って名前なんだけど」
「…ごめんなさい。知らないわ」
「そうなんだ。この街で音楽やってる人なら大抵は知ってるんだけど」
喫茶『ムジカ』。それが仁美のお爺さんの店の名前だ。お爺さんの好意でほとんど無料で演奏イベントを行えるから音楽やってる人には重宝されている。
「私、この春県外から引っ越してきたから」
「え!?そうなの!?」
コクリと頷く成瀬さん。でもそれなら店のことを知らないのも納得出来る。
「…そっか。…じゃあまた今度行ってみるといいよ。店の雰囲気いいし、仁美のお爺さんも結構いい人だし」
「…ええ。そうするわ」
どうして引っ越してきたのか理由を聞きたかったが、そこまで踏み込む勇気はまだ俺にはなかった。
「っともうそろそろ俺の家の近くだね」
「……」
気付けば自分の家まであと少しのところまで来ていた。
…あれ?そういえば成瀬さんはどこまで一緒に来るんだろう?




