1章⑪
練習が終わった後、例のごとく絡んでくる東条を受け流し、俺は1人帰路についていた。成瀬さんとはあのロングトーンの練習以後会話していない。別に、あんなことを言われて傷心しているとかそういうことではない。「…ねぇ」…いや、ちょっとはあるか…面と向かって、全然ダメって言われちゃったからな…あれは「ちょっと…」俺じゃなくても結構な衝撃を受けるんじゃないだろうか。
…いや、今はそんなことは問題じゃない。俺はーー
「ねぇ!」「ぅえい!?」
間近から発せられた大声にビックリして変な声か出てしまった。な、何だ!?
声のした方を振り向くとそこには仏頂面の成瀬さんが立っていた。今の聞かれた…?恥ずかしい…
「あなたっていつもぼーっとしてるわよね…」
「い、いや今日はなんか考えることが多くてさ…いつもぼーっとしてるわけじゃないんだけど…」
「あと私が話しかけるといつも変な声出すわよね」
恥ずかしいぃぃぃぃぃぃぁぁあああああ!!
「気にしないでください…」
「…まあいいけど」
成瀬さんはため息をつき、それきりジッと俺を見たまま押し黙ってしまう。一方の俺も、何故声をかけられたのか分からず、何を喋ればいいのかも分からずに彼女を見つめることしか出来ない。道のど真ん中で一定の距離を保った男女2人が見つめ合っているという奇妙な光景がそこにはあった。なんぞこれ…
「ま、まあ、立ち話もなんだし、歩きます…?」
「…何で敬語なの?」
「いや!あ、あのっ…何でだろうね…」
まさかここで、本能的に自分が下だと認識して敬語になってしまったなんて口が裂けても言えない。
「ま、まあとにかく歩こうよ!」
「…分かった」
俺がそう言い歩き出すと、成瀬さんは腑に落ちていないような顔をしながらも歩き出す。
こうして、女の子と2人で下校するという高難易度イベントがいきなり発生してしまった。胃が持つかな…
☆ ☆ ☆
「へぇ〜、小学生の頃から楽器やってるんだ」
「そうね。だから楽器を始めてもう5,6年にはなるかしら」
日が沈みかけて、徐々に暗くなってきている帰り道を2人で歩く。最初はぎこちなかった会話も徐々に弾み始めた。まだ気後れする気持ちはあるが、成瀬さんはどんな話題にも丁寧に返してくれるため、俺も落ち着いて話が出来るようになってきていた。
「だからあんなに上手いんだね。音もすごくき、綺麗だし」
あ、ダメだ。綺麗って単語を発するのが恥ずかしくて噛んじまった…
「…っ。そ、そうね、たくさん練習したから」
ん?成瀬の顔がちょっと赤い…?夕日のせいかな?
「つ、土田君は高校から音楽を始めたの?」
「そうだね。高校入学を機にって感じかな。まだまだ全然上手く吹けなくて」
「そんなことないわ。最初と比べたら徐々に良くなってきてる」
「そ、そうかな?」
「ええ」
やったぜ!褒められた!これで勝つる!
…でもなぁ。
「まあでも。やっぱりまだまだ精進が必要だね!今日も成瀬さんに指摘されちゃったし!」
「……」
たははー、と、おどけた雰囲気を出しながらそう言うと成瀬さんは気まずそうに黙ってしまった。
やばい!せっかくうち解けてきたのになんで気まずくなるようなこと言っちゃうかな俺はぁ!
一気に冷えてしまった空気に、なんて言っていいか分からず黙り込んでしまう。せっかく仲良くなれそうだったのに…どうすれば…考えろ俺えぇぇぇ!