序章
夏休みも明けたというのにうだるような暑さが続く9月頭。
休み明けということで始業式を行っただけの学校を早々に後にし、この灼熱地獄の中の唯一のオアシスである行きつけの喫茶店で、俺はテーブルの向かいに座る親友の光希に外の暑さにも負けない熱弁をふるっていた。
「だから!俺は昔はモテてたんだって!」
「……」
俺の気迫のこもった叫びに親友は、呆れ9割、疑惑1割の表情で黙ってこちらを見ている。なんだよその顔は。
「なんだよなんか言えよ」
「……冗談だろ?」
「なんで否定されんの!?」
お前は昔の俺の何を知ってるわけ!?
「将也。お前俺が昔のことを知らないのをいいことに過去を改ざんするなよ?」
「ひでぇ!」
やめて!俺の黄金時代をなかったことにしないで!
っと、自己紹介が遅れた。
俺の名前は土田将也。15歳で高校一年だ。B型魚座で、まあ外見は中肉中背の平凡な見た目だ。
ちなみに、目の前のこいつは滝本光希。同じ高校に通う同級生である。親友とは言ったが付き合いは高校に入ってからだからまだ半年も経っていない。妙に気が合うんだよなこいつとは。
外見は…男の俺が見ても否定できないイケメンである…
「…チッ」
「なんで唐突に舌打ちした!?」
イケメンとか爆発すればいい。ってそうじゃなくて!
「ていうか!俺がモテてたってことなんで頭ごなしに否定するんだよ!」
「だって普段のお前を見てるとな…」
「うっ…」
光希の言葉に言葉がつまってしまった。思い当たることがあり過ぎる…
「お前がクラスで女子と喋ってるところなんかほとんど見ないし、俺が女子と喋ってると絶対会話には入ってこないし」
「ぐはっ」
「この前なんかお前席が隣の女子に落とした消しゴム拾ってもらったとき、テンパり過ぎてお礼すらちゃんと言えてなかったじゃねえか」
「……」
あの日の夜は情けな過ぎて部屋で男泣きしたわ。
「あと、あれもあったな。この前の」
「もうやめてぇ!」
これ以上俺の黒歴史を暴露しないで!
「…でもお前三枝とは普通に喋ってるよな」
「仁美?まあ…なぁ」
「しかも名前呼び捨てだし」
うーんあいつなあ…
「まあ付き合いもそこそこ長いしな。ていうか今は仁美のことはいいんだよ!」
論点はそこじゃない!
「ん?今までの話にテーマなんかあったか?」
「俺が昔モテてたって話だよ!」
俺が叫ぶと光希はああ、と得心がいったように頷いた。
「そういえばそんなこと言ってたな。ていうかそのモテてたってのはいつ頃の話なんだよ?」
「小学校低学年の時だな」
「……」
「いやーあの時代は本当素晴らしかったね!結婚の約束なんかしちゃったりした女の子もいたしな!アハハハハ!」
嬉々として話していると光希はなんとも言えない微笑を浮かべた。
「…なあ将也。悪いことは言わないからもうその辺でやめとけ。これ以上はお前の心が壊れる」
「アハハハハハハハ…ハハハ…アハ…はぁ…」
分かってたんだ。高校一年にもなって小学校時代のモテてた話なんかすることの痛々しさは。それでも話さずにはいられなかったんだ!
「だってっ!全然モテないんだもんっ!」
「女子とまともに喋れさえしないしな」
「ぐはぁっ」
K.O.!WINNER KOKI!
「くそ…お前は俺に追い打ちをかけて楽しいのかよ…」
恨みがましく睨むと、光希はバツが悪そうに頬をかいていた。
「悪い悪い。別に追い打ちをかけるつもりじゃなかったんだが…ていうかなんでいきなりこんな話をしたんだ?」
会話が一通り終わると光希がそう聞いてきた。確かに唐突な話だったかもな…
「…夢を見たんだ」
「夢?」
そう、俺は昨日の夜夢を見た。幼いながらに結婚の約束までして、転校していってしまった女の子との夢だった。正直夢を見るまではほとんど忘れていたことだった。思えばあれが初恋だったなぁ。
「ふーん…初恋の女の子との思い出ね。」
「今まで思い出すことなんて全くなかったのに急に夢に見たからなんか気になってさ」
「なるほどな。あまりに女の子と接することが出来ないから初恋の女の子とのことを思い出したのかもな。まあ、そろそろ変わらなきゃいけないってお前も焦ってきてるんじゃねえの?」
確かに…このままでは本当にまずい。普通に女子と喋れるようになりたいし、それに…
「彼女も欲しいしな…」
「今こそ変わるときだぞ将也!」
「おう!」
よっしゃ!やる気が出てきたぜ!
「俺は彼女をつくる!」
そう高らかに宣言すると、光希はいい笑顔で、
「とりあえず女子と目を見て話すところからだな!」
「本当にお前は俺の心を折るのが得意だな!」
いきなり出鼻を挫かれたが、俺は変わろうと心に誓ったのだった。
しかし、この時の俺はまだ知らない。この夢は、2人の女の子との再会を暗示したものだったんだということを…