表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/19

花見

「えーっ、今更それはないだろ。」

思わず大きな声が出た。

「お前が女の子を紹介するって言うからOKしたんだぜ。」

「本当、悪いと思ってるよ。だから朝早くからこうして電話してるじゃないか。

でもさぁ体調悪いっていうじゃ仕方ないじゃん。」

佐藤は一応申し訳なさそうな声を出した。


今日は、佐藤が勤める出版社主宰の花見兼仮装パーティー。

毎年恒例で、参加するには異性同伴が条件。

僕はそういう席が苦手で嫌でずっと断ってきた。

ところが今年は大学時代からの友人である佐藤が幹事で手伝ってほしいと

頼み込まれ、断りきれなかった。


僕は38歳。イラストレータ。でもあまり売れていない。

父親が残した家に一人で住んでいるから生活には困らないというだけ。

住んでいるのは吉祥寺。といっても井の頭公園の先に古ぼけた家。

ファッションセンスの無さはイラストレータとしては致命的とも言われている。

昔、物好きな編集者と結婚していたことはあったが、

3年前に離婚してからは、女性とはまったく付き合いがない。

今日のパーティーも佐藤が手配した女の子と行く予定だった。

ところが佐藤から「その子が急に来れなくなった」と連絡があったのだ。

僕が着る天使と女性用の妖精のコスチュームは既に手元にある。

「妖精の似合う女の子をなんとかしてくれ。六時半集合だからな。頼むぞ。」

そう言い残すと佐藤は電話を切った。


「無茶言うなよ」時計を見るともうすぐ10時。佐藤の顔をつぶしたくは

なかったが、別れた女房以外に連絡できる女性なんてなかった。

あと6時間で、この僕と一緒に仮装パーティーに行ってくれる物好きな

女性を見つけるなんて無理だろ。


そのとき玄関のインターホンが鳴った。

「武蔵野家政婦サービスです」

黒縁メガネに白いマスクの女性が写った。

「家事は家政婦にやってもらえばいいんだよ。

仕事に集中できれば効率があがるだろ。

料金以上にお前が稼げばいいんだからさ。」

と佐藤と言われ、2回分のお試しキャンペーンに申し込んでいたのを

すっかり忘れていた。そうか今日だったか。


「鈴木涼音と申します。よろしくお願いいたします。

本日は台所周りの片付け、リビングのお掃除、夕飯の準備と

聞いておりますが、それでよろしいでしょうか?」

彼女は僕に名刺を渡しながら、流れるように説明した。

「それでは早速始めさせていただいてよろしいですか?

旦那様は、どちらにいらっしゃっても構いません。

お聞きしたいことがありましたら、お声をお掛けします。

また旦那様のほうで何かありましたら、なんなりと

お申し付けください。」

マスクの隠されていたからよくわからないが、ニッコリ笑ったようだ。

「じゃあ、よろしくお願いします。」

僕が離れると彼女はリビングを片づけ始めた。


書斎に戻ると佐藤からメッセージが届いてた。

「女の子をパーティーに誘う心得」なんてタイトルがついている。

「そんなもん書いてる暇があったら相手を探せってぇーの」

僕は文句を言いながらもメッセージを読み進めた。

「まず相手を褒めて場を温める。

最初は名前、次に容姿。特に目はポイント。

それからパーティーの紹介。軽く、サラっと。

最後に決めセリフ。

自分をイケメンだと思い込んで、バシっと一言。

『嫌なこと全部、忘れさせてやるよ!』」

「本気かアイツ」呆れて声が出た。

よく見るとその下に改行がいくつもあって最後に一言。

「これを1000回繰り返せば、1人くらい捕まるだろ。」

「そんなことしてたら、俺が警察に捕まるって」

僕はメッセージに毒づいた。


とはいえ、他の方法があるわけでもない。

まずは声を掛ける相手を見つけなくては。そうだ家政婦さん。

メガネとマスクで顔はよく分からないが、声からすると若そうだ。

妖精の仮装をしてくれるとは思えなかったが、さっきの調子なら、

声を掛けても、そんに酷い断り方はしないだろうと考えた。


書斎を出ると彼女はキッチンを片付けていた。

僕は佐藤のマニュアルに従って声をかけてみることにした。

「鈴木さん。涼音っていい名前だよね。」

「そうですか?『すず』の繰り返しで。私、嫌いなんです。」

振り向きもせず、彼女は冷たく言った。

しまった。地雷だよ。気温が5度は下がった気がした。

「声かかわいいよね。二十代かなぁ。」

「ありがとうございます。先月高校卒業したばかりの18歳なんですけどね。」

ヤバい、さらに墓穴が広がった。僕は食い下がる。

「そのメガネ外してくれたら、目もかわいいと思うんだけどなぁ。」

「ありがとうございます。見えてなくてもほめていただけるなんて光栄です。」

温めるどころかカチンコチンの冷凍状態。

痛いくらい空気が冷えているのを感じた。

相変わらず彼女は手を止めることなく、食器を棚に詰めている。

「今晩、空いてる?出版社主催の花見兼仮装パーティーがあるんだ。」

「予定はありませんけど...」

興味のなさそうな声。すぐに断らなかったのは重ねて運んでいる皿に

気を取られているからだろう。

「親友が幹事でさ。行かなきゃいけないんだけど女性同伴が条件なんだ。

助けると思って来てくれないかなぁ。」

それを聞いて彼女は呆れたらしい。

「旦那様、そういう場合は『君だから来てほしい』って言わないと。

人数合わせって言われたら、だれでも気を悪くしますよ。」

手を止めることなく、上の段に食器を詰め始めた。

怒らせてしまった。仕方ない最後決め台詞、それだけ言って諦めようと思った。

呼吸を整えて自分をイケメンだと信じ込んで...と。

「嫌なこと全部忘れさせてあげるよ」

自分でもビックリするほどスンナリ言えた。

「えっ?」

初めて彼女の動きが止まった。

「これまであった嫌なこと全部忘れさせてあげるよ」

もう一度、オーバーなくらいゆっくり、気持ちを込めて彼女に言った。

「本当ですか?」

彼女手を止めたまま聞き返した。

「本当さ。保証する。だから頼むよ。」

それを聞いた彼女はちょっと考えてから、こう応えた。

「かしこまりました。夜10時までならお供します。」


タクシーで会場についたのは集合時間ギリギリ、

悪魔に着替えた佐藤がイライラしながら待っていた。

僕を見つけると佐藤が声をかけた。。

「森野、遅いぞ。女の子どうなった?」

そのまま佐藤が固まった。

佐藤が驚いたのも無理はない。僕も最初見たとき息を呑んだ。

マスクとメガネを取った涼音はかわいい顔をしていた。

切れ長で奥二重の目、鼻、口がバランスよくおさまった

卵形の顔は髪をまとめているのでさらに小さく見える。

それが細い首に乗り、妖精の水色コスチュームからは

細い腕と脚にすらりと伸びている。

「井の頭には本物の妖精がいるのか?」

涼音は佐藤の言葉に照れ笑いを浮かべながら、

「こんな靴を履いた妖精なんていませんよ。」

と自分のスニーカーを指さした。

「大丈夫。フェアリーさんには、お似合いの靴を探させますよ。

有田、杉本、このフェアリーさんを手伝ってやってくれ。」

森の小人の衣装を着た男女が現れ、涼音を会場の奥に連れて行った。

僕は佐藤に連れられ、招待客の受付を始めた。


次第に人が集まってきた。広い庭のあちこち設けられたテーブルに人の輪が

できている。穏やかな音楽が流れ、ライトが大きな桜を浮かび上がらせていた。


「パーティーって、こんなもんか?」

招待客の受付が終わると、僕は佐藤を聞いた。

「こんなもんって?」

「静かで穏やかなのはいいけど。これで嫌なこと全部忘れられるのかよ?

あの決め台詞だけであの子、誘って来たのに。」

そういえば涼音の姿が見当たらない。

「そうかお前、初めてだったな。大丈夫、心配するな。

もうすぐショータイムだ。」

佐藤はニヤリと笑り、奥に消えていった。

僕は涼音を探して会場を歩き回ったが見当たらない。

涼音を連れて行った森の小人達に聞こうにも、彼らも見当たらなかった。

「怒って帰っちゃったかな?」

不安に思い始めたときだった。

急に音楽が静かになり、照明が暗くなった。

「それでは みなさんお待ちかね。これからがパーティーの華。

It's SHOWTIME!」佐藤の声が響いた。

ステージの幕が落とされ、強烈な照明が舞台に浴びせられる。

まぶしくて何があるのかよく見えない。

激しいサンバのリズムが響き、歌が流れ始めて

舞台の上がフロートのように段になっているのが見えてきた。

それぞれの周りには軽快に動くダンサー、

その隣で滅茶苦茶に踊っている仮装した男女が見える。

その中にさっきの森の小人たちもいる。

最上段に目を移すと、いた。涼音がダンスをしている。

周りのダンサーの動きほど軽快ではないものの、腕を振り、

ステップを腰を動かしている。

長い腕と脚がしなやかに動く。素人にしてはなかなかのものだ。

そのままサンバが3曲流れ、ステージがタップダンスに変わった。

僕のテーブルに涼音がやってきた。

軽く息を切らしている。大きく笑っている。


いつの間にか佐藤が僕の隣にいた。

「お前に、お手本見せてやるよ」と僕にささやくと、涼音にこう聞いた。

「フェアリーさん、まだ名前を聞いて無かったよね?」

「鈴木です。鈴木涼音です。」

「スズネって、どんな字を書くの?」

「涼しい音色です」

「なるほどねぇ。目もかわいいけど、声も印象的だもんね。

まるで高原を吹き渡る爽やかな風のようって」

佐藤の大げさな言葉に涼音はちょっと呆れ顔だが、まんざらでもなさそうだ。

「バレエか何かやってた?」

「いえ。なぜですか?」

「姿勢がキレイで動きもシャープだから、何かやってたのかと思ったよ。

君のおかげでステージが華やかになったよ。

来てくれて、どうもありがとう。」

「いえ。お招きいただき、ありがとうございます。」

「ところで来週、別のパーティーがあるんだけど。どうかな?

連絡先教えてもらえる?」

「ちょっと待ってください」

そういいながら涼音はバッグの中を覗き込んだ。

佐藤は僕に向かってドヤ顔。僕は肩をすくめるしかなかった。

やがて涼音が顔を上げた。

「これが会社のパンフレットです。今ならお得なキャンペーン中です。」

佐藤はパンフレットを受け取ると、肩をすくめて去って行った。

涼音が愉快そうに笑った。


突然クラッカーの音が響き、金や銀それにピンクの紙吹雪が降ってきた。

音楽はインド調になり、ステージでサリーを来たダンサーが踊り出す。

テーブルの周りにも色とりどりのサリー姿のダンサーが何人も現れた。

踊るたびにスパンコールがキラキラと輝く。

戸惑っていた人たちもダンサーに誘われ次第に踊り出し、

やがて会場の全員が踊っていた。


佐藤の二次会を誘いを断り、家に帰ると10時を少し過ぎていた。

涼音を駅まで見送る。途中の桜並木が満開だ。

「きれいですねぇ」

桜吹雪の中でステップを踏みながら、涼音は嬉しそうに笑った。

家に来た時の服に着替えていたが、軽やかなステップは

妖精の姿の時と変わらない。

「来年もこうして見れるといいなぁ」

涼音は微笑んだ。

「そういえばマスクもメガネもしていないね。」

「あれは仕事用です。ホコリだらけの家も多いんです。」

と笑った。


駅が見えると涼音は僕のほうを振り向いて礼をいった。

「ここで結構です。どうもありがとうございました。」

「嫌なこと忘れられた?」

「はい」と大きくうなづいた。

「じゃあまた来週」

「それじゃあ」

彼女は小走りで駅に向かっていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ