表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/19

養子

妖精と長く付き合っていくためには、その距離が大切。

ベタベタしていても長続きするとは限りません。

ときには距離を取ることも大切です。


その日、訪ねてきた涼音に智美が声を掛けた。

「よぉ、大丈夫か? 昨日は大変だったようだけど。」

涼音の反応は悪かった。

「それが、ちょっとおかしいんです。」

「どうした?どっか痛むのか?」

「私じゃなくって旦那様です。

様子が変なんです。なんかヨソヨソしくて。」



一方、僕は佐藤に相談していた。

「涼音ちゃんとの距離がわからないってどういうことさ」

佐藤も僕の相談に困惑した。

「これまで親子のつもりだったんだ。それがこうなっちゃって。

僕があの子とこのまま一緒に暮らしちゃいけないと思うんだ...」



「何でそんなことで旦那様は悩むんですか?」涼音は不満顔だ。

「好きだから一緒に暮らすで、いいじゃないですか。」

「そうは簡単にいかないのよ。」と智美。

「恋人になりたい隆文としては涼音と一緒にいたい。

でも保護者としては自分は恋人にふさわしくないと考えてる。 」

「面倒くさいですねぇ。」

涼音は口ととがらせた。



「客観的に僕があの子にふさわしいと思うか?

20歳も年が離れてる。親子でも不思議じゃないんだ。

それに僕はお金持ちじゃない、見た目だってさえない。

フェアリーはあんなにかわいいし。20歳にもなっていないし、

他の男と付き合ったこともない。

ショボくれた中年親父が何も知らない若い女の子を騙した、

そういうことじゃないのかな。」

「何だい、モテない君が急にモテてビビってんのかよ。

結局お前は、どうしたいんだい?」

佐藤は突き放した。



「自分がどうしたいのかも、まとまらないんだろうな。

隆文だけで解決するかなぁ、この問題。」

智美は天を仰いでつぶやいた。

「昨日みたいに強引に来てくれればいいのに。」と涼音は口を尖らせた。

「あらぁ。そんなに格好よかったの。」と智美がひやかすと、

「へヘへ」涼音はモジモジしながら俯いた。

「惚れた?」と聞かれると照れくさそうに笑ってうなずいた。

「前からちょとずつですけどね。」

智美は呆れた。

「あんなオッサンだよ。

あなたが60の頃には80のヨボヨボだ。」

「私、介護でも何でもします」

「仕事だって不安定だよ。いつまで続けられるかわからない。」

「私が働いて支えます。」

「いい男は他にもいっぱいいるよ。」

「私、旦那様がいいんです。旦那様だけがいいんです。

旦那様じゃなきゃ嫌なんです。」

涼音の目は真剣だった。

「こりゃあ重症だね...」

智美は頭を抱えて、しばらく考え込んだ。

やがて顔を上げると電話を掛けた。

「隆文、ウチに来てくれる?」



「隆文は、この部屋初めてだよね。」

智美は意外な言葉で切り出した。

「ちょっと手狭になって探してたんだけど、

やっと西荻にいい物件が見つかったんだ。

駅から10分、南向きで日当たりバッチリ。いいでしょう。

それで広くなったから、若い男でも呼び寄せようかと思ってたんだ。

でも同居するのは家族じゃなきゃダメなんだって。

そこで考えたんだけどさ...」

ここで智美は言葉を区切った。

「私は涼音を養子に迎えます。

これからは林涼音さんです。

なんて爽やかな名前。本人にピッタリ。

何ぼぉっとしてるの、ここは拍手だよ。」

僕も驚いたが、隣で聞いていたフェアリーも呆気に取られている。

「これなら涼音と離れて暮らせるだろ?」

と智美に言われてやっと気が付いた。

「ありがとう。そうしてくれると助かるよ。」

「20歳で産んだ子を実家で育ててたってことにすれば、

周りも納得するだろうと思うよ。」

僕は「それは」と言いかけて、言葉を飲み込んだ。

「彼女を大学に行かせてほしいんだ。学費は僕が出すから。」

僕が頼むと

「うん、そうだね。分かった。」

智美も了解してくれた。



「なんで二人だけで決めちゃうんですか?」

それまで黙っていた涼音が声を上げた。

「なんで智美さんと暮らさないといけないんですか?

今のまま旦那様と一緒に暮らしたいのに。」

「その気持ちがあまりにも大きいからよ。」

智美が諭すように言った。

「今、隆文は涼音と一緒に暮らすことを受け止めきれない。

涼音は一途過ぎて自分を止めらない。

今のままじゃ一緒に暮らしても、いつか隆文が逃げ出すことになるんだよ。」

涼音は助けを求めるように僕のほうを向いた。

僕が首を横に振ると、フェアリーは泣き出した。

「なぜなんですか...一緒にいたいだけなのに。

旦那様、好きなだけ居ていいって言ったのに...。

何で二人だけで決めるんですか。私のことなのに。

旦那様も智美さんも勝手すぎます。」

僕はフェアリーに語りかけた。

「僕が今の君を受け入れられるないのは情けないと思う。

でもフェアリーには大学に行って、社会で働いて外の社会を

見てきてほしい。その上で選んでほしんだ。

他の人を選んだとしても喜んで受け入れるし、

僕を選んでくれたら本当にうれしい。

今のまま何も知らないで僕を選んでほしくはない。

それまでの間、別々に暮らしてほしいんだ。」


「期間はどれくらいですか?」

フェアリーが聞いた。

「大学4年間、社会で3年間」と僕は答えた。

「入学は早くても来年です。8年も別に暮らすんですか?」

フェアリーは涙声だった。

「その先も続けていくために、少しペースを落とすだけだと

思ってもらえないかな。」

フェアリーはしばらく黙っていたが顔をあげてこういった。

「それなら週に何回かは旦那様の家に行ってもいいですか?

恋人だからおかしくないですよね。」

僕はうなづいた。

「あと結婚指輪を先にください。離れて暮らしていても

寂しくないように。」

僕はもう一度、うなづいた。それから彼女に尋ねた。

「僕と恋人としてお付き合いしてくれますか?」

フェアリーはコクリとうなづいた。



家に帰ってもフェアリーは不機嫌だった。

呼びかけても「何ですか?」と冷たくにらんでくる。

怒ったフェアリーは、いつもより

数段速く動き、何もしゃべらなくなる。

そうなると彼女が感情をぶつけてくるか、

機嫌を直すか、とにかく待つしかない。


夕食、一緒のテーブルに座っても何もしゃべらない

たまらずフェアリーに話しかけた。

「あのね、フェアリー。

納得いかないのも無理はない。僕の勝手なお願いだと思う。

でも理解してほしいんだ。

決して君の損になるようなことはしない。」

「そんなの分かってますよ。」

拗ねている。

「私のこと考えてくれてるのはよく分かってます。

私が不満なのは、それを私と話をするんじゃなくって

智美さんと決めたっていうことです。」

「智美ちゃんとは、あの場で話しただけだよ。」

「だから余計に腹立つんじゃないですか。

私はずっとそばにいたのに、旦那様のことちっとも分からなくて。

智美さんは何も話をしなくても通じ合えるなんて。

なんだか私バカみたい。」

これは時間が掛かりそうだ。


そのとき、ふと思い出した。

「そういえば昨日、これ渡そうと思ってたんだ。」

書斎から持ってきて用意していた袋を渡した。

「何ですか?」

「ドアプレート。フェアリーと知り合ってもう直ぐ1年だろ。

何か記念にって思ったけど何も浮かばなくって。

フェアリーの部屋のドアに付けたらどうかなと思って、

作ったんだ。」



幅20cmほどの板にFairy's Nestと文字。その下に

妖精が大きな鳥の巣の中でうつ伏せに寝ている絵を描いた。

「絵は旦那様が描いてくれたんですか?」

「うん。智美ちゃんのところに持っていくといいよ。」

「これがあるところが私の寝床ってことですよね。」

ちょっと考えたフェアリーがニマっと笑った。

「ありがとうございます。大切にしますね。」

と頭を下げた。もう鼻歌をうたっている。

そんなに態度が変わるほどのものかと不思議だったが、

放っておいた。



その夜、寝室で本を読んでいるとフェアリーがノックした。

「旦那様、ドア開けてください。」

ドアを開けると、パジャマ姿のフェアリーが両手に荷物を抱えて立っていた。

「はいはい、どいてください。」

フェアリーは自分の枕をベッドに置き、

本棚の空いている所に目覚まし時計や色紙や妖精の人形を置き始めた。

「どうしたの?」

「今日から私もここに寝るんですよ。

もちろん旦那様と一緒に。」

「えっ?」

「もうドアプレートも付けたんですから。

ここが私の寝床です。

ずっと一緒にはいられないですけど、

通い同棲ってことで我慢します。

恋人なんだから、それくらいいいでしょ?」

それだけ言うとベッドに飛び乗り、横になった。

「さぁ早く寝ましょ。」

「いや、あの」

言い淀んだ僕をフェアリーがジロッと睨んだ。

やれやれ。フェアリーの隣で横になる。

「離れて暮らしても何も変わらないですよね。」

「あぁ、変わらないよ。」

独り言のように小さな声でこう言った。

「旦那様、背中から抱っこしてください。」

僕は彼女に腕枕をして背中から抱っこした。

「私がお願いしたら、いつでもこうしてくれますか?」

「約束するよ。」

「へへ、ありがとうございます。

安心しました。

それじゃあ、おやすみなさい。」

すぐに小さな寝息を立て始めた。

フェアリーは少し甘い匂いがした。



それから1年が経過した。

吉祥寺の駅に行くとフェアリーがこちらを見つけて走ってきた。

「合格おめでとう。これで僕の後輩だね。」

「ありがとうございます。がんばったんですよ、私。」

ファアリーは胸をはった。

桜はまだ3分咲き。井の頭公園は人影がまばらだった。

「今日から一週間、たっぷり甘えさせてくださいね。」

「分かってるよ。」

「私の手を握って、愛してるを30回、好きだよも30回、

きれいだね、かわいいねは50回、毎日ですからね。」

「まるで体育会系の合宿だね。」

「年末からこれまで、ずっと会えなかったんです。

私も我慢したんですから、それくらいやってください。」

そういって少しふくれた。

「そういえば、母さんからこれ預かったんです。」

今ではすっかり林涼音が板につき、智美ちゃんを母さんと呼ぶのも当然になっていた。

「会ったらなるべく早く旦那様に渡すようにって。

何が入っているのか知らないんですけど。」

フェアリーが紙袋を取り出した。

中にはこんなカードが入っていた。

「涼音へ まだ孫の顔なんて見たくないからね。

隆文へ 結婚前の娘を孕ませたらぶっ殺す。」

一緒に入っている箱は避妊具らしい。

僕たちは顔を見合わせて笑った。

並んで歩き出す。彼女の手を握ると握り返した。

「そういえば駅でおばあさんに声かけられたんですよ。

『あら若いのに、もう結婚されてるのね』って。」

「結婚指輪のせいだね、きっと。」

「そのおばあさんが言ったんです。

『何の苦労もなく大きくなったって顔ね。

ご両親に感謝しなくっちゃね。』ですって。

私、そんなにのほほんとしてるますかね?」

僕は黙ってフェアリーの肩を抱きよせた。

「でも『何の苦労もなく』っていうのは、その通りだなって

思うんです。」

「だけどフェアリー...」

そう言いかけた僕の目の前にフェアリーはポンと飛び出した。

「2年前、私、このあたりで天使に会ったんです。

ちょっと太った中年の天使でした。その天使が言ったんです。

『嫌なこと全部忘れさせてあげるよ』って。

そのおかげで、それまでの嫌なこと全部忘れちゃったんです。

楽しいことしか覚えていないんです。

だから今は本当に苦労知らずなんですよ、私。」

そういって笑った。

僕はフェアリーを抱きしめた。

「今年も一緒に桜見ようね」

彼女は僕の腕の中で黙ってうなづいた。

来週には桜が見頃になりそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ