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竹庭  作者: 小川すみれ
3/4

 裏切られた。

 全ての思考が勢いよく弾け飛んでいく。

 紫都(しづ)さまに見つかった。

 焦りと困惑が私の息を食い止める。

 裏切られた。

 怒りと悲しみが激しくぶつかり合う。

 紫都さまの姿が、あそこに、あそこに。

 強烈な恐怖と警戒心が私の腰を浮かし、逃げる体勢を作り上げる。

 紫都さまはどこだ。紫都さまはどこ。

 忙しく入り混じる人と人。ぐちゃぐちゃに歪む騒音。

 いない。さきほどまであそこに立っていたのに紫都さまの姿がどこにもない。瞬きをする間もなく消えてしまった。見間違いだろうか。あれは竹林の音と白く高い塀が見せたまやかしだろうか。

 けれど、おばあさまが言ったことは決して幻聴などではない。おばあさまは確かに、私を紫都さまのもとへ連れて行くと言った。

 二人は紫都さまの味方だったのだ。お参りに行き清水を飲んで山菜をとった穏やかな日々は偽物だったのだ。

 なぜ知っているの。

 なぜ私を紫都さまのもとへ連れて行くの。

 なぜ。

 なぜ!

 信じていたのに!

 目の前が真っ赤になるという感覚を初めて味わった。言葉にしようのない激情に涙があふれる。声などでなかった。

 ただ一度だけおばあさまを視界に入れて、それから背を撫でる手を払いのけるように私は走り出した。おばあさまが私を呼ぶ声が聞こえたけれど、今はその声さえも腹立たしく感じた。

 人をなぎ倒すように突き進む。道をあけて。道を。道をあけろ!

 流れに逆らって、焼けつくような喉を押さえながら私は走る。波に揉まれてうまく進めない。藁笠がさきほどから人にあたっては頭からずれ、視界を遮る。邪魔だ。

 ――日焼けは後が辛い。カヤ、じいさんが編んだ笠をつけていきなさい

 邪魔だ。こんなもの。こんなもの、捨ててしまえ!

 感情に任せて藁笠を剥ぎとる。

 ――カヤちゃんに新しい履物よ

 こんなもの!

 地団太を踏むように脱ぎ捨てた下足。よろけた拍子に人にぶつかり、泣き声のような何かが私の口から少しだけ漏れた。

 何もかもが憎い。二人との思い出も、和やかだったな日々も、私の事情など何も知らずに笑顔で道行く人さえも、憎くてしかたがない。

 ただひたすらに進んで進んで、走っては泣いて、水を掻くように突き進む。

 真昼間、大の女が顔も隠さずに涙を流す様のなんと見苦しいことか。

 すれ違う人はみな何事かと目を丸くしてこちらを見てくるものの、声をかけてくる者はひとりもいなかった。

 奇妙なほど木の葉が騒がしい。まるで物の怪が私を追いかけているようだ。まるで紫都さまが私を捕まえに来ているようだ。

 ――遠くへ行きましょう

 夢の中のミヤコ様を思い出す。

 ――履物を脱いで、笠を捨てて、遠く遠くへ隠れるのよ

 藁笠はもうない。下足も。軽くなっているはずの頭が、なんだか藁笠を取る前よりも重く感じるのは何故だろう。それから身体も。鉛のようだ。くらくらする。前へ進めば進むほど全身のだるさが増していく。

「だから言ったでしょう? 外は地獄なのよ」

 耳元で女の声がした。

 振り向く間もなく背中を強かに押されるような衝撃を受け、足が地を離れる。ふわりと浮き上がり、誰かに背後から抱きつかれたまま地面に倒れ込もうとする身体。

 竹の葉の音。さらさらと涼やかな音色。

 次の瞬間、硬く乾いた大地がどろりと溶けだし、この身が深い深い闇の中へ落ちていく。黒い沼の底へと、いつまでもいつまでも。後ろにいる誰かが私の腰を抱いたまま、私をゆっくりと静かに影の奥へと引きずりこんでいく。音もなく、遥かなる深層へ。

「やっとつかまえた」

 耳元で懐かしいヤエの声がした。


 ◆


 柔らかい草の感触。霞にのって鼻腔をくすぐる甘い香り、白い花弁。仰向けに横たわったまま動かない私の顔を覗き込むヤエの黒い瞳。

「やっと見つけた、カヤ。ずっと探していたのよ」

 ヤエだ。久しぶりに会った。

 どうしてヤエがここにいるの? ここはどこ? 私はどうなったの?

 分からない。頭がぼんやりして何も考えられない。なんだかとても疲れてしまった。起き上がる気も出ないくらいに。

 それはまるで心にぽっかりと穴があいてしまったような感覚。

 十七になって初めて、私は強い怒りと悲しみの後にはむなしさがやってくることを知った。

 風が私のおくれ毛を揺らす。それと一緒にヤエのおくれ毛もふわりと揺れる。

「あの忌々しい老いぼれたちめ。どうせ紫都さまの差し金でしょうけど、腐っても鯛ね。遠縁とはいえ、やはり紺の者は侮れないわ。たった二足の履物と一つの藁笠であなたの居場所を簡単に隠してしまうんだもの」

 何かよく分からないことを私に話しかけてくるヤエ。全くと言っていいほど頭が働かず、彼女の言葉が右耳から左耳へと流れていく。

 全身がだるい。花の甘い香りがする。少し寝てしまおうか。

「からだ、つらいでしょう?」

 私の頬をなでながら、彼女がくすりと上品に笑った。

「でもカヤが悪いのよ。私はちゃんと外はよくないのだと教えたはずよ」

 おっとりとした口調で私に語りかけるヤエ。

 ヤエ? 本当に?

 いいえ、彼女はヤエではない。ヤエはこんな柔らかい喋り方はしなかった。

「あなたは自分が思っているよりも脆いのよ、カヤ。アヤカシの瘴気に侵されやすいの。人よりもずっとね」

 彼女はいつも凛とした喋り方で、こんな口調ではなかった。

 では誰なのか。親しげに私に話しかけてくるこの人は誰なのだろうか。

「あの竹庭の中にいればこんなにつらい目にあわなくてもよかったのにね」

 ああ、この喋り方はミヤコ様のものだ。頬をなでるこの指づかいは、かつて私の手を優しく包んだミヤコ様のものだ。

「けれどもう大丈夫。カヤが名さえ教えてくれれば、あなたはもうあの竹庭にいる必要もなくなるの。ねえ、だから教えて、カヤ、あなたの名はどう書くの?」

 ――あなたの名はどう書くの

 それは何度も夢できいた言葉だった。

 竹の葉の音が響き渡る世界で、黄色い目をした蛇がこちらをじっと見ている中、ミヤコ様が何度も私に問いかけてきた言葉だった。

 ああよかった。ミヤコ様は生きていたのだ。私はもう紫都さまに怯える必要がなくなる。

 これで安心していられる、私はそう思って深い息をつき、それから名乗ろうと口を開いたときだった。

 ふと、霞がかかった思考が次第にはっきりとしてくる。身体が強張っていくのは恐怖のせいか、それとも驚きのせいか。

 どうしてミヤコ様がヤエの姿をしているの? ミヤコ様はヤエだったの? それともヤエがミヤコ様だったの?

 むせかえるほどの甘い香り。本能が何かおかしいと私に告げる。

「ミヤ、コ、さま」

 私の口から掠れた声が漏れた。

 あなたはヤエに何をなさったのですか、そして、名を教えた私をどうするおつもりですか?

 逃げたいのに身体がびくともしない。私の頬を撫でるその手が恐ろしくてしかたがないのに、まるで金縛りにあったかのように動けない。

 そんな私の気持ちなど知らず、ヤエの姿をしたミヤコ様は感心したように私を見おろして、頬から首へ、そして鎖骨へとその指を滑らした。その感覚が薄気味悪く恐ろしげで、意図せず息を止めてしまった。

「カヤの体って本当に染まりやすいのね。心配なくらいに。少しだけ紫都さまのお気持ちが分かったわ」

「し、ずさまの、お気持ち?」

 身体よ、動いて。お願い。

「ふふ、私があなたのことを知るずっと前から彼はあなたのことを知っていたわ。私が紫都さまにカヤのことをお話ししたというのは、幼かった私の嫉妬心から生まれた嘘」

 私より紫都さまのほうが先にカヤを知っていたのが気にくわなかったのよ、と笑う彼女。

 四肢に力が入らない。その手を振り払いたいのに、しびれたような感覚がするだけで、まるで私のものではないかのように言うことを聞いてくれない。

「はじめは紫都さまがそこまで気にする子がどんなものかを見てみたかったっていうのが始まり。ただの好奇心よ。それで、次には紫都さまとカヤが仲良くなれば私はもっとカヤのそばに居られるんじゃないかと思ったわ」

 揺れる瞳。怖い。まともに呼吸ができなくて、声の出し方も忘れてしまいそうだ。

「けれど次第に独り占めしたくなったの。あなたを私だけのものにしたかった。そうよ、カヤ、名を教えて。カヤという字はどう書くの。教えて。私たちの絆をより強くするためよ、お願い」

 ヤエの姿をしたミヤコ様が不気味に目元を和らげる。さあ、とくちびるをなぞってくる指にぞっとした。

 鼻腔をくすぐる甘い花の香り。震える息。白い花弁、霞。

 竹の葉の音。

「ミヤコ」

 初めて聞く声だった。男性の澄んだ声。ぴた、とミヤコ様の手が止まる。

「それ以上その子をいじめるのはやめなさい」

 涼やかな音が聞こえた。生まれてから何年も聞いてきたあの竹庭の音だ。

「あら、いじめるだなんて心外だわ。それより成人の儀はどうなさったの?」

 わずかに緊張を孕んだ様子でミヤコ様がすっと立ち上がる。

 さらさらと竹林が鳴り、不思議と身体が楽になって行く。

 指先が動いた。もう少し。もう少しで腕を動かせそう。

「儀式は後で行うことにした。それよりも早くその子から離れなさい、ミヤコ。それともきみの瘴気で殺す気じゃないだろうね?」

 風に揺れて花たちがざわめく。甘い香りが薄くなった気がした。

「邪魔しないでくださいな。私とカヤは名の契約を結ぶの。そうすればカヤももう苦しむことはなくなるのよ」

 警戒心の見え隠れするミヤコ様の声を聞きながら、私はうめき声を小さく漏らして自らの腕を引きずった。そして両腕に思いきり力を入れて上半身を持ち上げる。こんなに身体とは重いものだったか。

 やっと座ることができた私の視界に映ったのは、一面に広がる白い花、霞――そしてその中にいるのは、蛇だ。黄色い目の。

 いいえ、あれは蛇ではなく夢で見た青年。片方を前髪で隠しているけれど、きっとそう、その黒い髪の向こうには蛇のような黄色い瞳と鱗のような模様があるのだ。

 紫都さま。

 竹庭の主。

 彼がどうしてここに? 私を殺しに来たの? ミヤコ様は生きていたのに? ミヤコ様はどうしてヤエの姿をしているの? 契約って? ここはどこ?

 訳が分からなくなって私の目が白黒するばかりで、焦りも不安も恐怖も何もかもが膨らんでいく。

「その子を物の怪にするつもりか」

 咎めるような鋭い声にヤエの姿をしたミヤコ様がたじろいだ。

「来ないで。カヤ、早く名を教えて」

 ぜいぜいと肩で息をする私をミヤコ様が焦ったように立たせ、紫都さまから隠そうと背後へと押し込んできた。微々たる力にさえ足がもつれて転びそうになる。けれど竹の葉の音を聞くたびに身体は軽くなっていくのはなぜだろうか。

「ミヤコ、やめなさい」

 彼女の肩越しに見える、夢のときのように無表情の紫都さまを目の前にして私はどうするべきなのだろうか。正解が分からない。

「嫌! カヤは私のものよ! 来ないで!」

 叫ぶミヤコ様を初めて見た。いつも静かに笑うミヤコ様が大声をあげて敵意を示す姿を初めて目にした。

 彼女が後ずさるたびに私も後ろへと追いやられる。花を一輪、踏みつぶしてしまったけれど気にしている場合ではない。

 そのあいだもじっとミヤコ様を見ていた紫都さまは、ゆっくりと私へと視線を移したあと、再びミヤコ様へと眼差しを向け、形のよいくちびるで何か言葉を紡いだ。そして何の感情も示さないまま自らの顔の前で何かを横へ払うしぐさをした。

 それは小蝿でも払うかのように些細なもので、とてももの静かな動作だった。

 花たちのざわめきがおさまり、白い景色にさらさらと涼やかな音が響き渡る。

 そしてその空間を切り裂く絶叫。

「ミヤコ様?」

 ただならぬ声に驚き思わずミヤコ様の肩を掴んで彼女を振り向かせれば、よろけた拍子にこちらへ振り向いた顔。ひ、と悲鳴が漏れた。ぞっとする背筋、凍りつく体。

 合うはずの目線が合わない。ヤエの顔が崩れていく。細かい砂が落ちていくように、なだらかにその目鼻立ちを変化させていく。

 私の目と鼻の先で一体何が起こっているのだろう。この顔の無い、得体のしれないものは何だろう。のっぺらぼうだ。目も鼻も口も何もない。真っ白な仮面をかぶっているような。

 人間というものは理解できない何かに出くわすと、全身の毛を逆立てて凍りつき強烈な恐怖を感じたまま声さえ出なくなるらしい。

「カヤ!」

 男とも女とも取れない声が私の名を呼ぶ。

「名を教えて! 早く!」

 人間とは思えない何かが私の肩を勢いよく掴む。

 私は首を振った。凍りついたまま、ただ首だけを横に振った。涙ながらに嫌だ来ないでと叫び続けた。

「カヤ、どうして逃げるの?」

 ミヤコ様が戸惑ったように私の肩をつかむ。けれどこちらはもう正気ではなかった。真正面に顔のない物の怪がいるのだ。怖くて怖くて、ただ来ないでと繰り返すだけだった。

 そしてだんだんと変化していくミヤコ様の容貌。それは私と瓜二つの顔へと音もなく、しかし声と共に変化していく。

 どういうことか分からない。私が目の前にいる。先ほどまでヤエだったのっぺらぼうが、私の声を使って私の名を呼び、私の瞳で私を見つめる。

「カヤ、お願い、離れていかないで」

 一人にしないで、と。

 私に抱きついているのは誰だ。

「ミヤコ」

 紫都さまが彼女を呼ぶ。涼やかな声。

「嫌よ! 私は何も悪いことはしていないわ!」

 私の胸をかりて、ぽろぽろと涙を流す私の姿をしたミヤコ様。心なしか触れられた部分が浸みるようにじくじくと痛い。

「私はただカヤを幸せにしたかっただけよ! あなたなんかに渡さないわ! この命を賭しても!」

 ぎゅうっと締め付けられるようにして抱きしめられれば、うっとうめき声が喉から漏れた。

 紫都さまが一歩踏み出すごとに、ミヤコ様が来るなと牽制する。一触即発の空気を醸し出しながら言葉を放つ二人を目の前に、私はどうすればいいのかわからない。

「ミヤコ、まさか……!」

 紫都さまが硬い声を出す。それは緊迫した雰囲気を孕んでいた。

 甘い香りが強くなり、音もなくざわめきはじめる白い花々。

「来ないで! 知ってるわ、どんなに私が頑張ったところであなたになんかに敵いやしないって! でも!」

「やめなさい」

「それでも! さようなら! さようなら、紫都さま!」

「ミヤコ!」

「あなたがカヤと私を巡り合わせてくれたこと、感謝しております!」

 何が何だか分からずおろおろと視線をさまよわせる私を、ミヤコ様はさらにぎゅっと力を入れて抱きしめる。

 痛い。触れられた部分が浸みるように痛い。

 白い花が小刻みに震え出し、それに合わせてばくばくと音を立てる私の心臓。

「ミヤコ! その子から離れなさい!」

 彼女の肩越しに、紫都さまがどこか焦った様子で両手の指を組み合わせて何かを作っているのが見えた。

 痙攣したように揺れる花々。その動きはだんだんと大きなものとなり、どこか焦ったように、何かを急きたてるようにザワザワと音を生んでいく。

 怖い。何が起こっているの?

 焦ったような紫都さまが口もとを細かく動かして何かを呟きながらこちらへと走ってくる。

 怖い。何が起こるの?

 花に呼応して震える体。

「ごめんねカヤ」

 耳元で、頼りない声が聞こえた。ミヤコ様の涙でぬれたか細い声が。

 身動きが取れない。恐怖で荒くなる息。

 怖い。私はどうなるの?

 私を力強く抱きしめるミヤコ様は今、どんな表情をしているのだろうか。

「私はただカヤと友だちになりたかっただけなのよ」

 早口で紡がれる言葉。まるでもう時間がないかのように、彼女は隙間なく私をその腕に閉じ込めた。

「大好きよ、カヤ」

 白い花弁がその白さを増していく。

「カヤ、カヤ」

 甘い香り。

「私はあなたを」

 耳を支配する花々のざわめき。

「幸せにしてあげたかっただけなのよ」

 震える大地。

 壊れてしまう程に抱きしめられた体に、息がつまる。

「連れていくな! ミヤコ!」

 そして次の瞬間私たちを襲ったのは、息などできないくらいの強烈な風だった。

 太陽が落ちてきたのかと思った。そう勘違いしてしまう程に花は()ぜ、目の前は白く染まり、すべてを薙ぎ払ってしまうような力を全身に受けた。

 目の前で何かが破裂し、真っ白な世界の中でこだましたのは、耳鳴りするほどの甲高い音。それはまるで絶命する瞬間の女の叫び声のようでありながら、一方で何かが割れるような繊細な音だった。

 胸をえぐられるような鋭い痛みがする。その次に襲ってきたのは地面に叩きつけられる衝撃。あの驚いた顔は紫都さまのものだろうか。そんな表情、初めて見た。

 カヤ、と銀色の花が咲き乱れる世界でミヤコ様が穏やかに語りかけてくる。

 カヤ、と走り寄ってきた紫都さまが私の手を取り泣きそうな顔をして叫んでいる。

 胸の痛みを中心にして、再び重く重くなっていく全身。苦しい。息ができない。

 死ぬのだ。

 私はもう、死んでしまうのだ。

 ただなんとなく、そう思った。

 カヤ、と紫都さまと瓜二つの容姿をしたミヤコ様が目もとを和ませて、風に髪を遊ばせている。

 カヤ、とミヤコ様に瓜二つの容姿をした、しかし黄色い片目を持った紫都さまが泣きそうな顔をして私を抱き寄せる。

 涼やかな竹の葉の音。ミヤコ様の愛らしい笑い声が聞こえる。

 ――私はあなたを幸せにしてあげたかっただけなのよ

 ミヤコ様が呟いた最後の言葉。

 ミヤコ様、あなたは何者だったのかしら。

 あなたは何をしたのかしら。

 ――カヤ

 初めて会ったあの時から、私は幸せだった。

 お屋敷の片隅で彼女とこっそり会って笑いあったあの頃。

 すきとおった初夏の風のようなミヤコ様を見るたびに私は幸せだったのだ。

 疲れた。体がだるく、瞼が重い。息苦しい。眠ってしまいたい。

 カヤ、と美しい銀色の世界でミヤコ様が私に微笑む。

 名を教えて、あなたの名はどう書くの、と声がする。

香耶(かや)と、申します」

 これでずっと一緒ね、と声がする。

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